第11話 制裁
8月、茹だるような暑さと蝉の声。
恭子と菊は、その日の朝も通学路で待ち合わせて、一緒に学校へ向かう。
校門に差し掛かると、その脇に地味な服装、首からカメラを下げている大人たちがいるのに気付いた。
2人は何も言わず、黙って校門を通っていく。
富士子は、すっかりクラスでの存在感を失っていた。
みのり、さおり、くるみは彼女をすっかり避けていたし、他の生徒も腫れ物に触るような態度で接している。
それを、富士子は歯がゆく思っていた。
――でも、南原先生も味方につけたし、まだアタシが負けたわけじゃない。西園寺を地獄に突き落として、東条さんを手に入れる機会を伺えば……。
そろそろホームルームが始まろうという時間であるが、クラス担任の南原はまだ来ない。
そこへ、全校放送がかかった。
『北波さん、北波富士子さん、校長室までいらしてください』
「え? なに……?」
クラスの視線が一斉に富士子に注がれる。
彼女はわけがわからないまま、校長室に向かった。
そこに入ると、南原が土気色の顔をしてうなだれている。
「北波さん、南原先生。君たちはとんでもないことをしてくれたな」
校長の顔は怒気で真っ赤に染まっていた。
富士子が動揺して南原の顔を見るが、彼は目を合わせようともしない。
「な、何のお話ですか?」
「校長室に、こんなものが届いていた。送り主は不明だがね」
校長が取り出したのはUSBメモリだった。
それをノートパソコンに差し込むと、動画ファイルが複数入っている。
そのうち1つを再生すると、そこには廊下に立って話し込んでいる、富士子と南原の姿が映っていた。
それを見た瞬間、富士子の肝が冷えていく。
富士子から渡された小切手を見て、南原が喜んでいる様子が音声付きで収録されている。
「南原先生、教師ともあろうものが、生徒から金品を受け取るなんて……」
苦々しい顔をする校長に、南原は「だったら、カネに困らないように、もっと給料上げろよ……」と呟いた。
「なにか言ったかね?」
「いいえ、なんでも……」
南原は表向き猛省しているように顔をうつむけて、話を聞き流す態勢である。
――なにしろ、こっちには北波からもらった小切手がある。何も怖くない。
彼は、口元がにやけないように我慢するので精一杯だった。
校長の怒りは、富士子にも向けられる。
「北波さん、君は西園寺恭子さんに嫌がらせをしていたようだね?」
「知りません」
富士子は降りかかる火の粉を払うために、頭をフル回転させて言い逃れを考えていた。
「とぼけても無駄だ。私はこのUSBの中の映像をすべてチェックした。君の悪事もしっかりおさめられていたぞ」
また映像を再生すると、今度は恭子の席を映すように視点が固定されているカメラに、富士子の姿が映っている。
彼女が恭子のセーラー服を水浸しにした、あの映像であった。
そう、これは菊が匿名で校長室に送りつけた証拠である。
その動かぬ証拠を見せつけられ、富士子は全身が汗でびっしょりと濡れた。
「いや……あの……これは……」
しどろもどろになった富士子を睨み、校長はさらに続ける。
「校門の前にカメラマンがいるのには気付いていたかね? アレは週刊誌や新聞、テレビ局のマスコミだ。どうやら、同じ証拠を同時に送りつけた人間がいるらしい」
もちろん、菊の仕業である。
校長としては、もはや看過できない状況になっていた。
「君たちは、この白藤女学院の伝統と誇りに傷をつけた。取り返しのつかないことをしてくれたな」
「は、申し訳ございません。私の首で償えるものではありませんが、のちほど辞表を提出させていただきます」
南原は深々と頭を下げ、あっさりと教職を手放すことにした。
――こんな面倒事に関わってられるか。北波には悪いが、一抜けさせてもらうぜ。
早々に置いていかれた富士子は、1人取り残されて焦っている。
彼女は、さすがにそんな簡単に学歴を捨てるわけにはいかない。
校長にこってりと絞られ、ガミガミと説教されたあと、ふらふらと頼りない足取りで教室に戻った。
――これは、西園寺の仕業? でも、あいつにこんなことができるの?
混乱したまま、教室に入ると、クラスメイトたちの視線が突き刺さる。
「あ、あはは……校長のやつ、わけわかんないこと言っててさ……」
誰にともなく言い訳めいたことを口にするが、教室の緊張はなぜか解けない。
「えっとぉ……なんかあった?」
「北波さん、スマホ持ってる? ちょっと『ロバミミ』を見てみたら?」
さおりが冷徹な口調で、スマホの画面を見つめていた。
富士子は首を傾げながら、SNS『ロバミミ』を開く。
「えっ、ちょ……なにこれ!?」
SNSのトレンド欄に、またもや自分の映像が流れていた。
顔にモザイク処理、声も加工されていたが、SNS上では「上場企業の社長令嬢のやらかし」と、しっかりバレている。
匿名のアカウントが公開している映像は大量に引用されて拡散されており、もはやこの流れを覆すのは不可能だった。
「い……いやぁぁぁ!」
悲鳴を上げてスマホを床に投げ出す富士子。
クラスメイトの視線は冷たく、もう彼女をかばい、味方するものはいない。
「もう許して……」と頭を抱えてうずくまる富士子を、菊が感情のない目で見つめていた。
「あれが、『賢い選択』の末路、か」
これで、恭子の笑顔を脅かす者はもういない。
菊は静かに、勝利の余韻を噛み締めていた。
一方の南原。
彼は教職を辞して校門から出ていき、学校の前でマスコミの取材攻撃を浴びたが、あっさりと富士子との共犯関係を認める。
彼女の悪事を、立て板に水のごとくペラペラと喋り、記者が拍子抜けするほど真相を暴露して解放された。
彼にとってはすべてが他人事、もう関係のないことなのだ。
「さてさて、そんなことより、カネをっと……」
富士子から渡された小切手を持って、スキップするような足取りで銀行に向かう。
彼女の父親がなにかする前に、現金化して逃げ切らなければいけない。
しかし、彼にも誤算があった。
「小切手に不備がありますね」
銀行員にそう言われ、「は?」と耳を疑う。
「そんなわけないだろ、これは正真正銘、北波富士子からもらったもので……」
「署名が偽造されています」
なんと、この小切手、富士子の父親が発行したものではなく、富士子が勝手に父親の名前と金額を書いたものだった。
つまり、小切手を現金に換えることができず、仕事も先ほど辞めてしまい……。
銀行に、南原の怒りと絶望の叫びがこだましたのである。
〈続く〉
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