第4話 加速する悪意

「――っていうかさあ、あの西園寺とかいう女ウザくなぁい? アンタたち、よく今まで我慢できたね?」


 とあるハンバーガーチェーン店。

 放課後、北波富士子とその取り巻きになった女生徒が、買い食いをしている。

 富士子の他には3人の生徒がいて、水泳部で日焼けしたみのり、眼鏡をかけた無表情のさおり、1人曇った表情でうつむいている少女くるみという名前だ。


「北波ちゃん、話がわかるぅ~。私も東条さんにベッタリしててうっとーしーなぁ~とは思ってたんだよねぇ。東条さんが怒るから言わなかっただけでさぁ」


 ハンバーガーにかぶりついたみのりが頬にケチャップをつけながら笑っていた。

 隣に座っていたさおりがみのりの頬を紙ナプキンで拭う。


「それで? 北波さんはこれからどうするつもり?」


 さおりの眼鏡越しの視線は冷徹であった。彼女は恭子や菊にも、富士子にも味方する気はなく、ただ傍観者に徹している。仮に富士子に嫌がらせに加担するように命じられても拒否するだろう。

 富士子はニヤニヤと笑いながら、しなびたフライドポテトを食べていた。


「西園寺のことはたっぷりと可愛がろうと思ってるよ。東条さんから離れるまでね」


 富士子は菊を手に入れるために意固地になっている。

 軽蔑されようと、嫌われようと、彼女はもう止まれない。

 それはもはや、菊に対する好意が歪んでいるのか、本人にもよくわからなかったが、富士子はあまりそれについて深く考えていなかった。ただ、加害する愉悦に浸っている可能性もある。

 富士子の隣に座らされたくるみは、ただ怯えたような目でチラチラと富士子を見ていた。

 みのり、さおり、くるみは小学校からの仲良し3人グループである。

 みのりは水泳部、さおりは文芸部、くるみは家庭科部と、成長するにつれて3人の部活も性格もばらばらになってしまったが、それでも絆はずっと続いていた。3人の共通点として、東条菊に憧れを抱いているのを、富士子につけこまれたのだ。

 みのりは富士子に意気投合し、くるみは引きずられるように仲間に引き入れられてしまった。さおりは中立として富士子を見定めようとしている。


「はい、じゃあこれから西園寺を可愛がるプランを考える会議をしま~す」


 富士子は社会科のノートを取り出し、後ろの1ページを破って会議のメモ帳にした。

 4人はハンバーガーやポテト、ドリンクなどを並べ、顔を突き合わせて「会議」をしている。


「可愛がる、って急に言われてもねぇ。さおり、なんかいいアイデアあるぅ?」みのりがぽりぽりと頬を引っ掻いた。


「私は手を出す気はないわよ。加害者になったら面倒だし」


「え~、さおりちゃんズルーい。ここは4人で仲良く地獄に道連れだよ」


 富士子がニヤリと笑うと、どうにも冗談では済まない雰囲気がある。さおりは肩を竦めるのみであった。


「じゃあ、くるみちゃん、だっけ? なんかいい考えない?」


「わ、わたし……?」


 急に富士子に話を振られ、くるみは身体が硬直する。


「え、えっと……あ、家庭科部で作ったお菓子をおすそわけ、とか……?」


「くるみぃ、それ普通に優しいじゃん」


 みのりが呆れたような笑みを浮かべた。でも、こういうところがくるみらしい、とさおりもかすかに口角が上がる。

 くるみのアイデアを聞いた富士子は、「いいね、それ!」と明るい声を上げた。


「マンガで読んだことある! お菓子の中に裁縫の針を仕込むんでしょ!? いや~、くるみちゃんも、なかなかえげつないこと考えるね~! すごーい!」


「えっ……。わ、わたし、そんなつもりじゃ……」


 純粋な善意を曲解されて困惑したくるみをよそに、富士子はメモ用紙にアイデアをどんどん書き足していく。


「お菓子……お菓子……なるほど、中に色々仕込めて面白いかも。なんかスマホで毒草を調べてそれを仕込めばいい感じじゃない?」


 加熱していく富士子に、他の3人は「え、えぇ……?」とドン引きしていた。


「い、いやぁ、北波ちゃん……。毒はちょっとやりすぎかなぁって……」


「下手したら命に関わるし、あなたも無事じゃすまないでしょ、それ」


「平気、平気。お腹が痛くなる程度の毒にする。それに、アタシはほら、カネを握らせれば大抵のやつは黙るからさ」


 罪悪感が欠片もなく、ヘラヘラと笑っている富士子を見て、3人は「とんでもないやつに目をつけられた」と内心頭を抱えたくなっている。

 富士子はそんな3人を見て、「あ、そうそう」と笑った。だが目が笑っていない。口元だけがゆっくりと吊り上がる。


「アタシを裏切ったら、どうなるか分かってるよな? ……なーんちゃって! ほらほら、どんどん食べて食べて! ここはアタシがおごるからさ!」


 ……その目は冗談を言う人間のものではなかった。

 さおりは隣に座っていたみのりの席をちらっと見る。

 みのりは、3個ものスペシャルバーガーをテーブルに乗せていた。彼女の今の手持ちでは払えない。完全に富士子の財布を頼りにしていたのだ。

 青ざめた顔のみのりは、「……ご、ゴチになりまぁす……」と引きつった笑いを浮かべていた。


「それじゃ、まずは近くで手に入る毒草を調べよ~。死なない程度のやつね」


 富士子はスマホの画面とにらめっこをしている。他の3人はそっとお互いの目を見合わせていた。


「――いや、やべぇよ、あの女……」


 帰り道、富士子と別れた仲良しグループの3人は、背中にびっしょりと汗をかいている。セーラー服が背中に張り付く不快感よりもなお、富士子に対する恐怖のほうが強くて、身体の震えが止まらない。


「ど、どうしよう……わたし、こわい……」


 くるみはプルプルと小刻みに震えながら、今にも泣き出しそうなほど、目に涙をためていた。


「あーっ、泣かないでよ、くるみ……。どーしよー、さおりー!? 私も怖くなってきたっ!」


「あのね……最初に北波さんに声かけたのはあなたでしょ、みのり」


「だぁって、あそこまでヤバい女だと思わなかったんだって! ごめんってばぁ!」


 面白半分で富士子に絡んだみのりは、死ぬほど後悔している。

「本当は西園寺さん、いい人だったのに……」と、くるみの目が涙の膜で揺らいでいた。

「このまま黙ってたら、私も共犯者になるかも……」と、さおりはスマホを見つめている。

 3人は途方に暮れながら、黄昏時の通学路を歩いていた。3人共、家が比較的近い。


「とりあえず、あとでLIMEで会議しよっ! あの女、どうにかしないと私らもマジでヤバイしっ!」


 それぞれの家に帰っていく3人。家族には到底話せない、子供が抱えるには重すぎる「秘密」を抱えて……。


〈続く〉

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