第25話 予期せぬ依頼


 その日、《ハート・ラボ》は夕方の面談が終わり、

 外はすでに薄暗くなっていた。

 蛍光灯の光が机の上を照らし、

 真司は今日のセッション記録を整理していた。


「今日の青年、がんばってましたね。」

 真由がファイルを閉じながら微笑む。

「ええ。少しずつ、自信を取り戻している感じです。」

「先生、最近ほんとに楽しそうですよ。」

「そう見えますか?」

「はい。……以前よりも、柔らかい表情してます。」


 ふと、真司のスマホが震えた。

 新着メールの通知。

 クライアント連絡専用アドレスに届いたものだ。


 件名には、こう書かれていた。

 ――〈ご相談:再依頼について〉


 添付ファイル付き。

 差出人の名前を見た瞬間、

 真司の指先が止まった。


 ――“水城真由香”。


 記憶が蘇る。

 《ハート・ラボ》開設初期に担当したクライアント。

 重い失恋の後、自己肯定感を失っていた女性。

 支援を終えたとき、

 「もう恋はしばらくいいです」と笑っていた人だ。


「先生?」

「……いや、少し懐かしい名前で。」


 真司はメールを開いた。

 本文には、短い一文だけ。


「あの時の先生と、もう一度お話がしたいです。」


 その文字を見つめながら、

 背中に小さなざわめきが走った。


「再依頼、ですか?」

 真由がのぞき込む。

「はい。以前のクライアントから。」

「珍しいですね。」


 真司はうなずきながらも、

 なぜか言葉が喉に詰まった。


「……水城真由香さん。覚えてますか?」

「いえ。私はその頃、まだ大学院でした。」


 真由は少し首をかしげた。

「再依頼って、何かあったんでしょうか。」

「分からない。でも、何か“未完”のままだったのかもしれません。」


 モニターの光が、二人の顔を照らす。

 外では風が強まり、看板がかすかに鳴っている。


「受けますか?」

「ええ。……でも、今回はあなたにも同席してもらおうと思う。」

「私が?」

「彼女にとって、俺は“過去の支援者”だ。

 だからこそ、第三者の視点が必要になる。」


 真由は真剣な眼差しでうなずいた。

「分かりました。先生のフォロー、します。」


 静かな約束のあと、

 二人の間に新しい緊張が流れた。


 ――“再会”は偶然ではない。

 《ハート・ラボ》が動き出すとき、

 過去もまた扉をノックしてくる。


 真司は深く息を吸い、画面を閉じた。


(つづく)


📘次回(第26話)

「再訪・水城真由香」

かつてのクライアント、真由香が再び《ハート・ラボ》を訪れる。

彼女が口にしたのは“恋の再生”ではなく、

まさかの――“支援者への想い”だった。

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