スローライフSRPG完全クリアするまで帰れません!?
羽鳥水捺
序、『扉』
「チゼル」
〝 私 〟を呼ぶ声に振り返る。振り返ってもそこには誰もいない。ただただ目の前に雄大な自然が広がっているだけだ。
(ここ、どこだっけな)
風にざわめく木の葉の音。湿っぽい風に、ここが砂浜だと言うことに気が付く。あたりを見渡すと南の島のような透き通った青い海が広がっていて、一歩足を進めると、ぎゅっと、砂がつま先で固められて面白い感触がした。
(海に来たのなんて久しぶり)
心地よい波の音。感触を確かめながら歩くのが楽しくて散歩を始めることにする。砂浜はキラキラとしていて、鉱石のかけらのようなものがたくさん落ちていた。ひとつ、目に留まった小さな石を拾い上げる。白っぽい砂浜には似つかわしくない黒っぽい石。陽の光に透かされてその石は、銀色にきらめいた。
(好きな人の『瞳の色の石』を見つけたら、両想いだったっけ)
誰かに教えてもらった恋のおまじないを思い出す。でもそんな恋愛事とは縁遠い人生だ。
(夢の中まで恋愛に縁遠いなんて、寂しすぎる)
夢、と認識してはっとした。そうだこれは夢なのだ。砂浜と、海と、山。太陽は高く雲はゆったりと流れている。まるで、あのゲームみたいだ。
スローライフ、自然の豊かな町で、自分らしく生きられる場所。
「今日は何をしよう」
意識して声に出すと、気持ちがいい。ワクワクと期待感に溢れて、スキップをしたくなる。
畑には野菜がそろそろ収穫できるはずだ。釣りをして過ごしてもいいし、おしゃれをして町の人に会いに行ってもいい。充実した毎日を、自分が選んで過ごすことができるなんてなんて素敵なことだろう。
「そうだ、だってここはゲームの世界!」
重労働もあるけれど、疲れはすぐに回復する。煩わしい人間関係はない。努力がそのまま結果につながる世界。
(でもどうしてゲームの世界にいるんだっけ、そしてこのゲームって……)
懐かしさがこみ上げてきて、目の奥につんとした痛みが走った。胸が締め付けられてうまく息ができない。
(……に行きたくないな)
当時の胸のつかえを思い出して、苦しい。でもこんな時、いつも行く場所があった。
(今日もいるかな、会えるかな)
辛い時、苦しい時、会いたくなった人。あの扉の向こうきっといる。
「どうしたの、かんな」
そう言って優しく迎えてくれる人。かんな、と呼ばれて、世界がぐにゃりと歪んだ。
自分の名前を呼ぶ人の落ち着いた、優しい香りがする。まるでふわふわのお布団のような。
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