第32話


 それは、空気にわずかな土の匂いが午後の熱を孕んで立ち上ってくる、そんな時分のことだった。


 畑の様子を見ていたアルトとセリカは、整備されつつある道の先――まだ“道”と呼ぶには頼りない荒れ地の向こうから、異物のような気配が近づいてくるのを感じ取った。


 軽やかとは言い難い、引きずるような足取り。規則性のない呼吸音が、風に乗って断続的に届く。


 やがて最初に姿を現したのは、腰に双剣を提げた青年―ランド―だった。鎧の継ぎ目は歪んでいた。


 続いて、槍を杖代わりに地面へ突き立てながら歩く、背の高い男―クルーザ―。歩幅は大きいが、その一歩一歩に無理が滲む。


 最後に、最も遅れて現れたのは、巨剣を背負ったまま黙して進む大柄な男―プラド―。だった。表情は読めず、しかし全身から疲労の重みだけが圧となって漂っている。


 三人とも、その姿は冒険者というより、戦場から辛うじて這い戻ってきた敗残兵に近かった。

 身につけている鎧などはボコボコになっており、身体に痣がアチラコチラに。誰ひとりとして無傷ではない。


「……た、助かった」


 ランドが掠れた声を絞り出すように言い、そこでようやく肩から力が抜けたらしかった。視線が揺れ、膝がわずかに折れる。


 その様子に、駆け寄ったアルトが状況を読み取って声をかける。


「……その怪我。道中で、何かあったんですか?」


「ああ、あったも何も……」


 ランドは苦笑し、喉を鳴らした。


「ここへ来る途中でな、妙なゴーレムに出くわしてな。普通のゴーレムじゃなかった。動きはやたらと機敏で、しかも硬ぇし、力も強ぇし。三人がかりで一体は倒したが……他にも居てよ。命からがら、逃げてきたってわけだ」


 語られる言葉の端々から、戦闘の凄惨さが否応なく滲み出る。

 その一方で、アルトの胸の奥には、冷たいものがすっと落ちていった。


 ――間違いない。

 それは、自分が使役しているゴーレムだ。


 ゴーレムはアルトの命令通りに動き、人間などに危害を加えたりしないが、もし人間や魔獣が襲ってきたら自分の身を守る為の反撃をするように命じてはいる。

 いわゆるロボット三原則である。


 きっと、この三人はゴーレムを敵と思い戦いを挑んだのだろう。


(しかし……まずいな)


 畑仕事などが一段落したこともあって、他のゴーレムは稼働させていなかった。もし、先のゴーレムがアルトのものだと解ったら……。


 その動揺を出来る限り表に出さないように、アルトは表情を変えず、ただ静かに頷く。


「それは……災難でしたね。とにかく、今は休んで傷を癒やしてください。水と、食べ物なら用意できますよ」


 “罪滅ぼし”という言葉は、胸の奥に押し込めたまま。


 もしゴーレムの所有者だと知られれば、怪我の責任や賠償の話に発展しかねない。その現実的な判断が、アルトの口を堅く閉ざさせた。

 そしてセリカもまた、アルトの一瞬の間と視線から察し、何も言わずに心中で箝口令を敷く。


 申し訳ない気持ちで差し出したのは、焚き火で焼いたばかりのジャガイモと、汲みたての水。

 飾り気のない、質素そのものの食事だった。


 当然のように、


「……なんだ、これ」


 不満を滲ませた声を上げたのはランドだった。


「おい」


 すぐさま、クルーザが低い声で制す。


「こんな状態で、出してもらえるだけありがたいだろう。黙って食え」


 そのやり取りをよそに、無骨な大剣使い――プラドは、何も言わずにジャガイモを一口齧ったまま、ぴたりと動きを止めた。


「……美味い」


 短い一言。しかし、その声音には確かな驚きが滲んでいた。


「なんだ、この水は……」


 続けて、クルーザが一気に飲み干して空っぽとなった木杯を見つめる。信じられないものを見るような目で。


「透き通った味に……身体の奥まで、すっと染みていくようだ」


 ランドもまた、ジャガイモを咀嚼するうちに、自然と口元が緩んでいくのを止められなかった。傷だらけの顔で、どこか拍子抜けしたように笑う。


「はは……なんだこれ。こんな美味いイモ……食ってきたもので一番美味いかもしれねーな。しかも、なんか身体の疲れが少し引いていく感じがする。なあ、正直に言っていいか? これを食えただけでも、ここまで来た価値はあったぜ」


「ああ」


 クルーザも頷く。


「こんな芋と水は初めてだ。俺たちがボロボロだから、普段より美味く感じているだけかと思ったが……いや、それを差し引いても、これは本物だ」


 その言葉を聞いて、アルトは誰にも気づかれぬよう、小さく胸を撫で下ろした。

 少なくとも――今この場は、無事に切り抜けられたようだった。

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