7章 夜にひそやかに彷徨いし精なるものが渇きし地を潤したのならば
第15話
イーヴェル辺境の乾いた風の中で、アルトは空を仰いだ。雲ひとつない青。次に周辺を見渡す。地平の向こうまで続く、痩せた土。生命を孕む気配のない、不毛の大地が広がっている。
畑を耕さねばならない。だが、畑は水を欲しがる。それは人間も同じだった。
後回しにしていた、生活や農業に用いる用水の確保に改めて本腰を入れた。
しかし、先の通り、見渡した限りの範囲では痩せた大地が広がるだけ。川の一本も泉も水たまりもなかった。
この土地に流れる川は、村から少し離れた丘の下を曲がりながら流れている。これまでゴーレムに桶を担がせて何往復もさせてきたが、それでは焼け石に水だ。
地面を掘れば水は湧くよな。なんかそういうテレビ番組を見たことがあるし、そういうものだろう。
そんな素人考えをアルトは即座に実行した。
ゴーレムたちは持ち前の力で地面を抉り、あっという間に三メートル、五メートルと掘り進む。
だが、どこまで掘っても、どこを掘っても乾いた土と石ばかり。水の気配など一滴もなかった。
「……あの、アルトさん。無計画に掘りすぎですわ。土地が穴ぼこだらけで、大変お見苦しいですわよ」
「あっ……そうだな……」
セリカの冷ややかな声が気味よく響いた。
アルトは苦笑し、額の汗を拭う。
掘っても水が湧かないのであれば、
次の案として、川の流れを引き込むことを考えた。だが、それを聞いたセリカは眉をひそめる。
「ゴーレムを使ったとしても、かなり大規模ですし、時間が要しましょう。それに無理に川の流れを変えたら、地形が崩れてしまって、大規模な災害を招いてしまいますから止めた方がよろしいですわよ。以前、私の父……いえ、知り合いが、それをして周囲の土地が崩壊してしまい、そこに住まう人たちに大変ご迷惑をお掛けしたとのことです」
セリカの語る“経験してきたような失敗談”に、アルトは思わず肩をすくめた。
「……やれやれ。俺がいた世界なら、蛇口をひねれば水が出てきたんだがな」
アルトがぼやくように呟いた。懐かしむような、諦めを含んだ声だった。
日本にいた頃の便利すぎる日常――無機質なステンレスのシンクと、磨かれた蛇口から流れ出る清水。その光景を思い出し、苦笑いが漏れる。
いま思えば、あれは夢のような奇跡だった。
この世界でも都心部の一部では上下水道が整備されているらしいが、都から離れれば井戸や川から水を汲み上げ、瓶や桶にためるのが常。
もっとも、このファンタジーの世界に相応しく、魔法の力を借りる手段もある。
魔石と魔法の巻物を組み合わせた〈水生成の魔道具〉――いわば、この世界のウォーターサーバーだ。
ただし、便利さには常に代償がある。
一リットルの水を作るために、現代の価値でいえば一万円近い魔石や巻物を消費する計算になる。
使えば使うほど、自分たちの首を絞めるような行為。
“喉の渇きを潤すたびに財布が乾く”、そんな冗談にもならない状況だ。
魔獣を倒せば魔石は得られる――だが、それも無限ではない。
ゴーレムにも使わねばならず、余剰など無いに等しかった。
アルトは乾いた唇を指でなぞりながら、ふと空を見上げた。
どこまでも青く、どこまでも遠い。
水の気配ひとつないその空が、皮肉なほどに美しかった。
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