元勇者、我が子と国道沿いをうろつく

threehyphens

第1話 2025年・冬・ファミレス

 夜の国道は渋滞中の車のせいで、光の洪水こうずい状態になっている。

 道沿いの大きなパチンコ屋の隣。

 そこには一階建て、赤い屋根の、ファミリーレストランの店舗があった。

 それなりに込んでいるそのファミレスの窓際ボックス席に、黒髪の親子が向かい合って座っている。

 彼と彼女はガラスコップ入りの水をちびちびと飲みながら、料理の到着を待っていた。

 父親は50代、娘は10代中盤か後半といったところだろうか。

 二人とも令和日本の常識では考えられない服装をしている。


「……ねえ。お父様」

「うん? どうした娘よ」

「私たち、周りの人たちから、それとなく見られている気がしますわ。

 ひょっとして私たちの服装って、変なのかしら」

「あー……少しな。

 ワシもこの世界は久しぶりすぎて忘れておったが、ワシの白い全身タイツや、お前の足首まであるフリルたっぷりのドレスっていうのは、ここでは少し目立つんじゃ」

「それなら着替えてくればよかった……」

「なあに、致命的ちめいてきなマナー違反ではない。

 どうせ飯食ってすぐ帰るだけじゃし、気にするな、娘よ」

「……分かりました」

「うむ。……。……ムッ? まだ聞きたいことがある顔をしておるな。

 なんじゃ、言ってみなさい」

「それじゃあ、あの……窓の外の、あれ。あのきらきらしたものはいったいなんですの?」


 娘はそう言って、窓の外に目を向ける。


「もう真っ暗な夜ですのに、

 地上に魔宝石のような光が沢山あふれていますわ」

「ん……? んー、アレはな、魔宝石ではなく車の渋滞じゃよ。

 この国道は大都会につながっとるもんで、朝晩は通勤通学で結構混むんじゃよな」

「では、あの、夜空に向かってまっすぐに伸びている美しくて神秘的な光は?」

「パチンコ屋のサーチライトじゃな。

 わしもなぜあれが空に向かって光っているのかよう知らんが、たぶん集客目的だよ」

「集客。……パチンコ……クルマ……」

「何もわからんお前に何をどこから説明したらいいものか……。

 パチンコはおいといて、クルマっていうのはさっきワシとお前が乗っていた乗り物のことだ。

 お前はずーーっと青白い顔で寝とったから覚えてないか?

 ……車とは。

 魔法じゃなくて、ガソリン……液体? 燃料? の、爆発する力で動かす乗り物である。この場所には魔法はないし、馬や移動用ドラゴンもいないのでな」

「魔法がない……ドラゴンさえも?

 意味が分かりませんわ」


 娘はそう言って、黄色い目を瞬かせた。そう、黄色だ。カラコンでもこんな色にするのは無理なのでは? と思わせるような黄色一色なのが、さほど明るくはない夜のファミレスの照明でもわかる。


「いったいどういうことですか?

 ここは、この場所は、わたくしたちの住む『希望の国』のある場所とはまったく別の世界ということですの?」

「……そういうことになる……」

「……。……それは、かなりとんでもない話だと思うのですけれど、お父様はどうしてそんなに落ち着いていらっしゃるの?」

「むしろ『こっち』がワシの生まれ故郷だからじゃ。

 あれは忘れもしない西暦2025年の冬……なんの変哲もない平民の若者だったワシは、創世の女神様に呼ばれて、この世界からあちらの世界にさらわれた……」


 父親はそう言って、過去を思い出すような表情をしながら窓の外の渋滞を見ている。


 父親は黒目黒髪で、せ形の40代くらいの中年男性だ。

白いピチピチの全身タイツと金色のゴツいドラゴンの頭がついたベルト、トゲ付き肩アーマーとマント、金色のイボ付き腕輪などを着用している。

 明らかに不審者のよそおいだが、不思議とその格好がしっかりと似合ってもいた。センター分けに整った髪と、立派すぎる口髭くちひげのせいかもしれない。


 娘のほうはというと、首元から足先まで体がロクに見えないほどのフリルだらけのドレス姿で、ながい黒髪の前髪部分をおでこの大きなリボンでまとめ上げている10代の少女だ。

 タチの悪いコスプレのようだったが、不思議とこの少女にはよく似合っている。その瞳がきれいな黄色だからかもしれない。


 変な格好の変な二人だが、変な格好の人間程度なら現代日本の割とどこにでもいるので、客も店員も二人のことをチラチラ見つつもそれなりにスルーしていた。


 娘はぼんやりとした顔で父親から目をそらし、黄色い瞳で国道の大渋滞を眺めている。

 それを見た父親は、深刻そうなため息をついた。


(……むう。天真爛漫なわが娘とは思えないほど元気を失っているな……。

 ……。……当たり前か。

 婚約者のケニー君に裏切られて婚約破棄をかまされたあげく、

 希望の城が魔族の大群に乗っ取られ、国ごと亡ぶ様子を見てしまっていたわけだし……)


 父親は娘を見ながら、小声で「メニュー画面」とつぶやく。

 ……すると、つぶやいた父親だけにしか見えない形で魔法のテキストウイウンドウが現れた。


(……名前……アンジェリカ。

 職業……無職。前はきさき見習いだったのになあ。

 お妃様になるための勉強はいろいろあって大変そうだったのに、婚約破棄をされるとただの無職になるのか……。

 可哀そうに、無職のアンジェリカ……。

 むう……状態異常を示す項目に『ひんし』と表示されておるな。

 体に傷はないと思っていたのだが、元婚約者からの精神攻撃で心に瀕死ひんしの深手を負っているとかか……?)


 などと、父親が色々と考えながら娘を見ていると、娘ことアンジェリカが黄色い目を細めて父親をにらみ、「ジロジロ見ないで。どうせお父様の固有魔法ユニークスキルを使っていらっしゃるんでしょう?」と口元をとがらせた。


「ムウッ、気づかれたか。すまん」


 父親は礼儀正しく娘から目をそらした。

 目をそらした父親を見て、娘がすねた風にため息をつく。


「それはもちろん、気づきますわよ。

 さっきブツブツつぶやいていらっしゃいましたし……。

 お父様の魔法は、本当に便利ですわよね。

 口に出さないと発動しないのが致命的ちめいてき欠点ですけれど」

「うるさいぞい」

「それにしてもお父様ってば、こんなに豪華そうな飲食店に入って、お金は足りますの?」


 アンジェリカはファミレスの内装ないそうを見まわしながら不安そうな顔をする。


「私たちの世界に呼ばれる前は平民だったんでしょう?

 お父様のことだから、平民時代は考えなしの一文無いちもんなしだったんじゃないの?」

「失礼なことを言うでないわ。

 心配するな、アンジェリカよ。財布はちゃんと持ってきておる……」


 父親はそう言って、白い全身タイツの首部分をびよんと伸ばし、胸の中に手を突っ込んで、あらかじめしまっておいた財布を出した。マジックテープをベリベリ言わせながら中身を開く。


「見よ、これはワシが異世界召喚される前に、自宅に置き去りにしていた財布である。

 ……。

 ……。……ギリ、5000円札が入っとるな。

 ま、ファミレス2人分くらいならなんとかなるじゃろ……」


 父親はそう言って、白い全身タイツの首部分をびよんと伸ばし、ベリベリ財布を胸元にしまった。

 アンジェリカは嫌そうな目で、ベリベリ財布のせいで不自然にモリモリに盛り上がっている父親の胸元を見る。


「……お父様、なんでそんな不気味な場所に物をしまっておりますの?」

「なぜならば、この戦闘用スゴノビららくらくアーバンタイツにはポケットがついておらんからじゃ」

「ならバッグでも用意すればよかったでしょうに……」

「ワシ本当は財布をズボンの尻ポケットに刺す派なんじゃよ。

 バッグとかをブラブラさせるのは、動きを制限される感じがして嫌なんじゃ」

「そんなワガママをおっしゃって……いつか盗まれますわよ……」


 そんな会話をしていると、配膳はいぜんロボットが食事と伝票でんぴょうを届けてきた。

 父親が空気を変えるように明るい声を出す。


「……さて。お前もワシも、今はボロボロじゃ。

 もう長いことマトモなものは何も食べていなかっただろう?

 ワシなりに栄養のありそうなものを選んでみた。これを食べなさい」


 父親はそう言って、配膳ロボからオムライスの皿を取って娘の前に置いた。デミグラスソースのたっぷりかかったやつだ。

 ついでに机の上にある箱からスプーンとフォークも出して、それを娘の前においてやる。

 アンジェリカはそれをぼんやりと見た後に……うつろな表情で目を伏せた。


「……お腹……全然すいてないわ……」

「……まあ、無理もないか。

 人類大敗北に婚約破棄……いろんな辛いことがあったから、とてもそんな気分にはなれないよな。

 しかし、このままではお前の体が持たん。頼むから食べてくれ」

「……。

 ……。

 ……。……わかりました」


 アンジェリカは意を決した様子でオムライスとにらみ合った後、妃教育を受けた淑女しゅくじょらしく上品な手つきでフォークとスプーンを手に取った。

 父親は(……アッ! 異世界のファミレスの料理なんて食べ方がわからないか!?)と一瞬慌てたが、そんな心配は無用のようだった。

 外交にたずさわる者は、どんな食べ物を出されてもそれらしくカトラリーを使って食べる訓練を受ける。

 そして、妃にとって外交は大切な仕事の一つだ。

 だから、妃見習いだったアンジェリカにとって、この程度の試練は問題ない。


(皮付きみかんみたいな果物とか、パイナップルみたいなゴツい果物を優雅にフォークとナイフで切り分けて食べる練習とかさせられてたもんなあ……さすがアンジェリカ。

 家ではワシの悪影響を受けてしゃべり方も部屋の片付けもだいぶ適当なのに、必要な時にはしっかりとふるまうことができる。

 えらい子だ……)


 と、父親が安堵あんどしたのもつかの間、彼女はすぐにその手を止めて、疲れた様子でため息をついて、食べるのをやめてしまった。

 彼女はフリフリのドレスのせいでわかりづらいが、酷く痩せている。

 ……これは、元居た場所の食料事情が悪かったせいだ。

 父親は異世界の戦場にてグロい見た目の魔物どもを倒しては肉をモリモリかじってなんとか戦える体を維持していたが、貴族の娘であるアンジェリカにそんなことはできなかった。

 少し前には王族の誰かが餓死がし同然の死に方をしたらしいと父親は聞いている。

 それくらい、社会の状態が悪くなっていたのだ。

 支配者階級ならではのコネみたいなものさえ消し飛んでいた。


 彼らの住んでいた世界は、もうほとんど滅んでいたのだ……。


(……イカン!!

 アンジェリカは固形物を食べるのもしんどいレベルの体になっておるのか!!

 しばらく会えない日が続いていたし、婚約破棄騒ぎの時には元気にオンオン泣いて騒いでおったから気づかんかったわ!!!!

 栄養素部分を欲張らずにおじやとかを注文すべきだった!)


 父親は慌てて立ち上がり、注文用のタブレットを手に取った。


「ドッ、ドリンクバー! ドリンクバーを頼もう!!!! 大奮発だいふんぱつじゃ!!!!」

「ドリンクバー……? なんですの、それ」

「ドリンク飲み放題の素晴らしいサービスのことじゃ!!

 ……ヌオッ! 平日夜355円!?

 ほとんど使ったことがないから知らんかったわ! 210円とかだった記憶が……あ、それはランチタイム限定……なるほど……」


 彼はワーワー騒ぎながらもとりあえず娘一人分のドリンクバーを注文して、タブレットを充電台に戻して、ドリンクバーコーナーにすっ飛んでいった。


(弱っている娘でも飲めるもの……栄養がありそうなもの……!

 ムッ、炭酸系はなんかヤバそうな気がするな、刺激とかあるし。

 子ども時代のアンジェリカは炭酸水を飲んで「みずがいたい」とか言って泣いていた気がするし……いやでも、死んだ妻はつわりの時、炭酸水以外のすべての水分を拒絶しとったような気がするな。栄養失調はつわりとはまた話が違うか? ……ええい、ようわからんくなってきた……無難にリンゴジュースとかでいいか……)


 ゴチャゴチャ考えながらもリンゴジュースを選び、アンジェリカの目の前に置いた。


「……」


 アンジェリカは「いらないのに」と言いたげな顔をしたが、父親の熱視線に負けて、そろそろとリンゴジュースに手を伸ばす。

 一口飲むと、味が気に入ったようで少しだけ微笑んで、二口、三口とゆっくり続きも飲み始めた。

 どうやらジュースのおかげで元気が出たようで、スローペースながらに食事も再開する。

 それを見て、父親はテーブル横の紙ナプキンをシャシャっと二、三枚とって、目元を強く強く抑えた。


「……ウ……ウッ……ウウウウッ……」

「……お父様、どうして泣いていますの?」

「いや、なんでもない……なんでもないんだ。

 お前がちゃんとご飯を食べているのを見たら……安心した……」


 父親は鼻をすすりながら追加の紙ナプキンを取った。ファミレスの紙ナプキンの吸水力など知れているので……。


「変なお父様。ご飯を食べるなんて、人間なら普通のことじゃありませんの」

「親ってそういうものなんじゃよお。

 だからこそ、ここ最近の食糧事情の悪化は本当に本当にキツかった……子どもが飢えるのは、自分が飢えるよりもキツい……」

「……。……わたくしばかり見てないで、お父様もお食べになって」


 アンジェリカは照れ臭そうに、ふいっと父親から目をそらした。


「早く食べないと、そのどうやって食べたらいいのかわからないヘンテコな料理が冷めてしまいますわよ?」

「それもそうだな、食べるとしよう」


 父親はウンウンうなずいて、涙ぐみながら20年ぶりのサバの味噌煮定食をかきこんだ。


(……嗚呼ああ、味噌! 味噌!! 味噌の味!!!!

 そして、魚……異世界の海は大体魚霊族のナワバリだったり魚が泳ぐどころじゃない酸の海になっていたから、絶対に食べられなかったシーフードグルメ……魂に染みるわい。最近は「日本食が懐かしい」とか言えるレベル以前のゲテモノ食生活が続いておったから、感動もひとしおじゃのう……)


 久しぶりの好物を、しみじみと噛みしめる。

 いや、嚙みしめたのは最初の一口めだけで、あとは「味などみていないのではないか?」と人に思わせるようなペースで猛然もうぜんと食べ始めた。……彼もまた異世界食糧難の被害者の一人なのだ。

 ガツガツ食らう父親を見て、照れて怒ったような顔をしていたはずのアンジェリカもいつのまにかほっとした笑顔になり、そこからは穏やかな食事の時間となった。


(こんなに平和な時間を過ごすのは久しぶりじゃ……。

 あっちの世界の人類が終了してしまったのは誠に残念なことじゃったが、

 それもまあ仕方ないというか……荒廃こうはいしすぎて誰も休むどころじゃなかったから、そりゃ負けるわって感じだったんじゃよな……。

 今はこっちの世界で少しでも娘を休ませて、元気にしてやらねば……)


 父親はつらつらとら考えごとをしながら窓の外に目を向ける。

 外では国道の大渋滞が少しだけマシになり、だんだんと車が流れるようになってきていた。


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