18,905,500円の贖罪 ――ペイバック・クエスト――
然々
第1話:クレカ地獄
「……何に、使ったの?」
母の声は、氷みたいに冷たかった。
仁科零、25歳、無職。部屋の隅で固まる俺の目の前には、
テーブルに並んだ明細書が積み上がっていた。
【課金履歴:GUILD∞HEAVEN】
【総額:18,905,500円】
母は何も言わない。ただ、右手の震えで感情を伝えていた。
俺は頭をかきながら、できるだけ軽く笑ってみせた。
「……いや、必要経費? ほら、強い装備とか……」
「強い装備?」
「うん、現実じゃ俺、何も持ってねぇけどさ。
ゲームの中じゃ、ちょっとした王様なんだよ。世界ランキング2位なんだよ!世界だぜ、国内じゃ1位だよきっと!」
母の手からペンが落ちた。コトン、と静かな音。
次の瞬間、顔が上がった。涙も怒鳴り声もない。
ただ、沈黙が痛かった。
「……零。それはお金になるの?仕事は?いつになったらやるの?」もはや怒る気力もないのだろうか、力無くそう語りかけた。
返す言葉が見つからない。
「う……うるせぇな!!こっちだってゲームで日本経済回してんだから!す…す…少しくらい課金したって…少しくらい…!」
零は扉を強く閉め自室へ戻っていく。
部屋の時計がコチコチと進む音だけが、やけに鮮明だった。
逃げたかった。あの画面の中へ。
ログインして、またあの世界で戦って、称賛されて、数字が増える感覚で全部忘れたい。
俺は震える指でスマホを掴み、アプリを開いた。
いつものログイン画面。いつものタイトル。
“GUILD∞HEAVEN”
——でも、その下に、見慣れない文字列が浮かんでいた。
【同期処理中:現実残高との連動を開始します】
「は?なんだこりゃ?」
画面がぐにゃりと歪んだ。
指先が吸い込まれるように沈み、世界が黒に塗りつぶされる。
気づくと、俺は真っ白な空間に立っていた。
地面も壁もない。距離感も温度も、何も感じない。
ただ一つ——声がした。
「——おめでとうございます、仁科零さん♡」
その声は妙に明るく、耳に残る。
目の前に、スーツ姿の女が立っていた。
金髪ショート、黒縁眼鏡、書類を抱えた姿はどこか事務的だが、
口元だけは不自然なほど柔らかい。
「ようこそ、《GUILD∞HEAVEN》の内部世界へ。
ここはあなたが“支払うべき場所”です」
「……は?」
「これまで親御さんに使わせた金額、18,905,500クレジット。
現実換算で一円=一クレジットです。
こちらの世界で、きっちり稼いで返していただきます♡」
彼女はパチンッと指を鳴らした。
空中に浮かんだディスプレイに、赤字が点滅する。
【口座残高:−18,905,500C】
「な、なんだよそれ! バグか?!」
「いえいえ、正常です。バグじゃありません。
むしろあなたの人生の方が、少しバグってるようですね♡」
「おい、誰だよお前……!」
「わたし? “リース”。この世界の案内人です。
あなたの課金データの管理と返済を監督する立場にあります♡」
リースはにっこりと笑い、タブレットを取り出して言う。
「ではまず、あなたのステータスを確認しておきましょう」
【仁科零/Lv.1】
【攻撃:弱・強】
【装備:なし】
【残高:−18,905,500C】
「……いや、弱と強って何だよ!?」
「二択です♡ 贅沢禁止ですから」
「……!ふっざけんな!!」
「ふざけてるのは、親のクレカで18,905,500円使ったあなたですよ♡」
リースの笑顔はあくまで優しい。
でも、その優しさの奥に、現実より冷たい刃が見えた。
次の瞬間、白い世界が割れた。
眩しい太陽、埃っぽい空気、遠くで鐘の音。
草原の真ん中に、俺は転がっていた。
背中に痛み。鼻先に土の匂い。
リースの声がどこかで響く。
「さあ、始めましょう。
10年が経つたびに、現実では1時間。
返済まで——およそ、21万年ですね♡」
「…………は?夢だろ?これ。」
「いいえ、これは現実ですよ。今まで仕事にも行かず、無自覚で自堕落でクズみたいな生活していたんですから、これから親御さんへ償ってもらいます♡それいけ!ペイパーック!」リースは笑顔でハートマークを作る。
「あっ…あと……」
笑顔のまま、リースはスーツのポケットから電卓を出し、
ピッ、ピッ、と叩いて見せた。
「安心してください。利息はつきません♡
……いまのところは、ですけど……。」
風が吹いた。草の匂いと共に、現実感が押し寄せる。
これがチュートリアル? いや、違う。
——俺の人生、再スタート。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます