30.灯里ちゃんの相談(後編)

 数日後。


 パンツを盗まれたという報告を聞いて陽菜と一緒にさっそく翔の家に向かう。

 今は灯里ちゃん以外いないらしく、すぐにベランダに案内された。


「やっぱり突然消えてる」

「カメラの置き場所変えてみても効果なしかー」


 二人が録画した画像を見ている間に俺が設置したカメラを回収する。

 SDカードを抜き取りスマホに挿して中身を確認するとそこには堂々とパンツを盗む男の姿が映っていた。


「バッチリ撮影出来たぞ」

「は?」

「はい?」


 二人ともきょとんとした顔でこちらを見ている。

 こうして見ると本当に姉妹みたいだな。


 映像を見せると灯里ちゃんと陽菜は驚いた様子だった。


「あたしのスマホには何も映ってないのに……」

「どういうことだ、説明しろ、お兄ちゃん!!」

「苗木君じゃないんだけど……」


 灯里ちゃんは困惑した様子で自分のスマホの動画を見直している。 

 陽菜はポーズを決めたまま動かない。

 きっと解答編が始まるのを待っているのだろう、かわいいやつめ。


「犯人はスマホを遠隔操作する魔法を使ったんだ」

「スマホを……?」

「灯里ちゃんはスマホをロックしていないので誰でも操作できる」

「でも触った痕跡は……」

「それこそが遠隔操作魔法のメリットだよ、直に触ったら痕跡が残る可能性があるけど魔法にはそれがない」

「でも動画が残ってたよ? 普通なら消すんじゃないの?」

「陽菜は賢いなぁ」

「あばばー」


 良い質問なので、ご褒美にアゴをタプっておく。

 目を閉じて気持ちよさそうにしているのがかわいい。


「もし撮影していた動画が消えていたら、痕跡がなくても不審に思うよね?」

「何かあると疑いますね」

「だから遠隔操作して消しゴムマジックを使ったんだ」

「はい?」

「おお、なるほどね」

「お姉ちゃんは分かった?」

「完全に理解したね」

「灯里ちゃん、陽菜のそのリアクションはまったく理解できてない時だから」

「ネタバレ禁止ー」


 陽菜が抗議してるけど気にしない。

 解答編の途中で遊びだすものは排除されるのだ。


「マジックってことは魔法なんですか?」

「いや、スマホにそういうアプリがあって映像内にあるものを消せるんだ」


 よくCMとかでもやってるしテレビでも使っていることがある。

 詳しい人なら修正されたことに気づくのかも知れないけど俺たちレベルでは無理だ。


「でもどうして真琴さんのカメラには……」

「このカメラには無線通信機能がないんだ」

「それが何か?」

「多分犯人は電波を発するか受け取るか出来るものを機械か魔法で検知している」


 今のカメラはどれも遠隔から動画を確認したりデータを送ったりできる。

 それはとても便利なんだけど反面として電波を使う。

 発信源を特定することが出来るならカメラを見つけることが出来てしまう。


「でも撮影されていることが分かればやめるのでは……」

「犯人はおそらく自分を賢いと思っているタイプだと思う」

「お兄ちゃんみたいに?」

「陽菜も賢いと思ってるタイプだよなぁ」

「いひゃい」


 かるくほっぺたをつねっておく。

 話の腰を折る悪い子はお仕置きだ。


「多分灯里ちゃんの裏をかけると思ったんだろうな」


 侵入前に調べたらスマホがあることが分かったので何かしようとしたんだろう。

 そうしたらロックがかかっていないことに気づいて編集で誤魔化せると思ったに違いない。


「ほら、スマホのロックって大事でしょー」

「ほんと、陽菜さんの言う通りだった」

「うんうん、これに懲りてお姉ちゃんの言う事を聞こう」

「でもどうして何度も来るんですか? ばれやすくなるだけですよね?」

「ガン無視!?」

「良い質問だ」


 ショックを受けた陽菜が腕の中に飛び込んできたので軽く抱きしめつつ姿勢を改める。

 ここからはちょっと怖い話になる。


「この男に見覚えある?」

「……ないです」

「ないよ」

「うん、陽菜に見覚えがあったら大変なことになるからね」


 その場合、相手をヤーヤーヤーしないといけなくなる。


「おそらく男の方は灯里ちゃんをよく知っている、だから何度も来たんだ」

「だから、がつながってないような」

「灯里ちゃんが美人なのが一つ、何度も狙いたくなるということだね」

「む」

「はい」

「カメラを誤魔化せると気付いたのが一つ、証拠として残るからこそ撹乱できる」

「はい」

「最後に灯里ちゃんのパターンが一定だったこと」

「え?」

「相手は灯里ちゃんの性格をある程度知ってるんだと思う、だからパターンが一定=原因特定に至っていないと考えた」

「そんな……」

「たしかに灯里は怪しいことがあると何度も試すね」

「それはそうだけど」

「今回パターンを変えたので、もうこないか後一回くるかだと思う」

「あ、そうなんですね」


 少し安堵した様子の灯里ちゃん。

 ただ犯人がまだしつこく来る可能性は残っているので、ここでつぶしておきたい。


「だからこういうのを仕込むのはどうだろうか?」


・・・


 後日。


「真琴さんばっちりでしたよ」

「おお、よかった」


 家に来た灯里ちゃんがそう報告してきた。

 かなり興奮しているのでよほど嬉しかったのだろう。


「やっぱりスマホ操作してたみたいですぐに来ました」

「その手の男は小心者だからね」


 スマホを操作してるならついでに開いているアプリとかも見るはず。

 そこにメッセージを残しておいた。

 証拠はある、警察に訴えられたくないなら指定の時間・場所に来いって感じ。

 実際に来るにしろ無視するにしろ二度とパンツを盗むことはないはず。


「会ってすぐ土下座で謝罪していました」

「まあそうだろうけど翔に謝っても仕方ないと思うんだけど……」

「あたしだけでしたけど?」

「は?」

「兄貴は来てない」

「翔のやつは妹の一大事に動かなかったのか!?」


 あくまで翔が一人で犯人と対面しそれを灯里ちゃんがカメラで見る予定だった。

 それなのに灯里ちゃん一人が行ったとか襲われたらどうする気だったんだ!?


「兄貴には何も言ってない」

「どうしてだよ、襲われたかもしれないんだぞ!?」

「いったんそれは置いて続き話していい?」

「え、あ、いいけど……」


 落ち着いたトーンで話を進めようとする灯里ちゃん。

 もしかして助けを求められないぐらい険悪な仲になっていたのか?

 あのシスコンが何をやらかしたのか気になるけどまずは話聞くか。 


「パンツはすべて返すしパンツのお金と慰謝料も支払うとのことなので解決しました」

「警察とか行かなくてよかったの?」

「しょせん高い布なだけですし、返ってきたなら構いません」


 この割り切り方がすごい。

 普通ならもっと怒るものだと思うけど、まあパンツのお金と慰謝料が返ってきたならいいのか。


「使用済みパンツ」

「下ネタはやめなさい」


 不要でも返してもらわないと何に使われるかわかったもんじゃない。

 まあ速攻でゴミ箱だけど。


「洗えば一緒ですよ」

「洗えば」

「一緒?」


 言葉の意味が理解できなくて陽菜と顔を見合わせる。


「ちゃんと漂白しますよ」

「「まだ使うの!?」」

「破れたわけじゃないですし」

「「いやいやいや、捨てよう」」

「息ぴったりですね」


 まさかの再利用だと!?

 あのおっさんが何に使ったか分からないのに使うとかありえないだろ!?


「悪いことは言わないから捨てなさい」

「だってもったいないですよ?」

「灯里、それはやめようよ」

「陽菜さんまで……」


 さすがに陽菜から本気のトーンで言われたのはだいぶ効いたようでかなり悩んでいる。

 昔からお金にシビアな子だったけど、まさかそこまで悩むことだとは思わなかった。


「わかりました、捨てます」


 まるで魂が削られたかのような苦い顔でそう答える灯里ちゃん。

 そこまで嫌なのか。


「よし、これにて一件落着」

「まだ翔の話が残ってる」


 陽菜が話を締めようとしたけど、ここからがある意味本番だ。

 なぜ翔に黙っていたのか、そこまで関係が悪化してると言うなら仲を取り持たないと。


「単純なことだよ、兄貴にパンツ泥棒のことを言ったらきっと相手に報復する」

「まあそうだろうね」

「お兄ちゃんもするもんね」

「茶々入れない」

「いひゃい」


 口を開いた灯里ちゃんが言ったのは翔の行動の予測。

 そしてそれは間違っていない。

 ノコノコ来た相手を殴るぐらいするだろう。


「一発殴るどころか再起不能まで追い込むかもしれない」

「まあ……そうかも」


 ボクシングしてるからある意味殴り慣れてるはずだけど手加減できないかもしれない。

 あいつはシスコンだしな。


「それで兄貴が逮捕されたりしたらたまったもんじゃない」

「ああ……」


 たしかにパンツ泥棒と殴ることは別物だ。

 殴ることでパンツ泥棒の件を許したつもりでいたら傷害罪で訴えられるという落ちもありえる。 


「だから言わなかった」

「なるほど……」

「うんうん、翔さんの愛が重すぎるんだね、私もお兄ちゃんの愛が重いからよく分かるよ」

「愛じゃなくて暴力沙汰の話な?」


 陽菜がニコニコしながら聞いてるけどそんな内容だっけ?

 どう考えても怖い話だと思うんだけど。


「うちの周りはシスコンしかいないから困るね」

「単に可愛がってるだけだろ」

「それをシスコンって言うんですー」

「そんなこと言う子はほっぺタプりの刑だ」

「あばばー」


 シスコンなんだけど改めて言われると恥ずかしいな。

 まあどこの家もこんなものだと思うし翔も同じ気持ちだろう。


「でもこれからは翔にも相談してほしい、ストッパーが必要なら俺も一緒に聞くから」

「私経由でもいいよー」

「……わかりました」


 若干不満そうな顔だけど仕方ない。

 今回はたまたま大人しい人が犯人だったけど、もし乱暴な人なら連れ去られたり襲われたりしたかもしれない。

 パンツどころの騒ぎじゃない事態になったかもしれないんだ。


「じゃあそろそろ帰りますね」

「ああ」

「またねー」


 足早に部屋を出ていった。

 いやー、なんとか解決できて本当によかった。

 しかしパンツが消えるのが現代技術によるものと言うのは面白かった。

 魔法が存在するから魔法を使ったとばかり思っていたけど組み合わせれば新しいことが出来るんだな。

 もっと柔軟な発想力を持つようにしないと。


 そういえばやけに陽菜が静かだな。

 隣にいる陽菜を見てみるとじっと俺を見ていた。


「何考えてるの?」

「いや、魔法と現代技術の組み合わせで新しいことができるんだなって」

「お兄ちゃんはもし私のパンツ盗まれたらどうする?」


 何考えてるの?は前置きだったらしく返事を無視して質問してきた。

 まあ陽菜のパンツが盗まれたらやることは一つだろう。


「そりゃあ警察呼ぶよ」

「へぇー」


 疑いの眼差しで俺を見てくる陽菜。

 おかしい、普通の反応しただけなのになぜそんな目で見られるんだ。


「その時を楽しみにしてるね、お兄ちゃん」 

「楽しみにすんな!?」


 満面の笑みでこちらを見ている陽菜が印象的だった。

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