第4話 遠くにあるボール

ミズキちゃんは幸いにも軽い脳震盪で翌週の試合から復帰していた。


私の方は肘外側側副靭帯の断裂だった。


「バスケをしているんだね。残念だけど、これまでの動きに戻るには、おそらく1年はかかるでしょう。」


「……………そうですか…。」


担当医の言葉に自分でも意外ながら冷静に返していた。

ミズキちゃんと目指したかった全国大会は、挑戦することなくこの時点で断たれた。


入院時の相部屋の病室は、私以外は50代以上の女性で、たまに家族と談笑している声は聞こえていたが、基本的には静かではあった。


入院中はミズキちゃんやアイナがお見舞いにきてくれた。ミズキちゃんは脳震盪を起こしていたはずだったが、そんなそぶりは見せることはなかった。


「退院したらリハビリ頑張ろうね!できることから少しずつやっていこう。私も一緒に付き合うから。」


ミズキちゃんは優しくも力強く応援してくれた。

ミズキちゃんの言う通りにアイナにパスすれば、無理矢理リングに向かって突っ込むこともなく、ミズキちゃんに怪我をさせることはなかった。

イヤミくらい言われても良いのだが、前向きな言葉をかけられると、返って心に刺さる。


アイナとは、バスケ以外の学校で起きたことをきっかけに他愛のない話で盛り上がった。


「ヒカリちゃんは若いから、黄色い声が聞こえてくると心躍るわ。元気もらっちゃう!」


同じ病室のおばさんに聞かれていると思うと、あとあと恥ずかしくなるようなことがしばしばあった。


だが、アイナとの会話はバスケや怪我の話に近づこうとすると、会話の歯切れが悪く、アイナの言動からは何か思うところがあるのが伝わる。


夜、カーテンで区切られた一人の空間で静かに過ごしていると、ふとあの時の瞬間が蘇り、特に頭がコートに打ちつけられる音、肘の靭帯が切れる音が何度も耳に響く。


(ミズキちゃんの言う通り、アイナにパスすれば良かったのかな…。)


何度も思い返すたびに涙が溢れるのがわかると、布団を深く被り、鼻をすすりながら、寝ようということだけに意識を傾けるようにしていた。



右肘の手術は成功し、無事2週間程度で退院することができた。

新人戦は現地で応援できる体ではあったが、会場に向かおうかと思っても、脳から命令が遮断されるように、足が向かなかった。


新人戦の結果はバスケ部員からではなく、教室の男子の会話から「すごいよな、女子バスケ準優勝だって。」と耳に入って知ることになった。


(さすがミズキちゃんだなぁ…。)


退院後はリハビリの日々であった。

退院しても少しでも肘を動かそうものなら激痛が走る。


(この腕、元に戻るんだろうか…?)


そう思うと目に涙が溢れてくる。

日に日に痛みは和らいではいたが、2月の冷たさも相まって肘はみしみしとした硬さを感じ、脳からの指令がスムーズに伝わらず、右手の動きはぎこちなかった。


いつでも触れる様にと、部屋にはバスケットボールが置いてあるが、物理的な距離以上に遠い位置にあるように思えた。

左手ではもちろん扱えるのだが、なかなか手が伸びなかった。



退院後1ヶ月ほどで、ジョギング程度は始めて良いと医者から言われた。

左手だけならボールを扱うこともできるため、ボールハンドリングの練習くらいならできる状態ではあった。


「良かった、もう腕つりは取れたんだね。見学だけでもいいから顔を出してよ。」


ミズキちゃんからはよく誘ってもらっていたが、体育館に向かっての足取りは重く、部活には顔をださなかった。


アイナとは学校でたわいのない笑い話はしても、どちらからも避けるようにバスケの話は一切することはなかった。

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