第二話「新世界の思想」

『犯罪者をブスにする救世主、現る!』

『この人、マジで神じゃね?』

『いや、神っていうより……クズ?』


ネット上では、賞賛の声が並んでいる。


昼人はスマートフォンの画面をゥゥクに向けた。


「クズ……クズ呼ばわりが気に入らないが。

 僕はもう全世界的に「クズ」になってるみたいだ。

 悪人に罰を与える神様ってところかな」


醜神ブスガミのゥゥクは疑問を抱いた様子だった。

「崇められているのはいいが、なぜクズなんだ?」

ゥゥクの声は低く、しかし、どこか愉快そうでもある。


昼人は肩をすくめる。

「わからない……。そういえば、人気俳優の藤原竜也さんが『自分のところにはクズの役ばかり来て困る』ってテレビで話してたのを見たことあるけど……」


「藤原竜也か。いい男だよな。

 なぁなぁ、あいつもブスにしようぜぇ、昼人!」


昼人は苦笑し、首を横に振った。


「ゥゥク。君は何か勘違いしてないか? 言っておくが、僕はイケメンに対する妬みでブスノートを使ってるわけじゃあないぞ。悪人のくせに顔が良いってだけで、ちやほやされる奴が気に食わないだけさ。そういう世の中の不公平を正すのが、神としての僕の務めなんだよ。非モテのひがみだとでも思ってたら、大間違いだ」

「そうだったのか……」

「僕は全国模試一位で東大首席だからね。

 意外とモテるんだよ、ゥゥク」


――そう、男は顔(だけ)じゃない……ッ!


容姿に似合わず、自信家の昼人。

ゥゥクはそれが面白くないようで、話題を変えた。


「まぁ、藤原竜也は男前だし、いつまでも老ける様子が無いけどなァ……ともかく、あいつは別に悪人じゃないから、お前もブスノートに名前を書いてブスにしたりしないってことか」

「そういうこと。『カイジ~人生逆転ゲーム』『デスノート』『るろうに剣心』『藁の楯』『Diner ダイナー』『22年目の告白-私が殺人犯です-』とか、色々クズの役柄で出演してるけど……いや、あの作品では別にクズじゃなかったか……とりあえず、藤原竜也さんがクズなのはドラマや映画の中での話だからね。既婚者だけど、今のところ(※2025年11月1日現在)不倫もしてないみたいだし……」


その瞬間、室内で流れていたテレビのニュースが切り替わった。

「番組の途中ですが、全世界同時生中継です」

何気なく目を向けた昼人は、息を呑む。



「なんだ、この美男子は!?」



昼人が驚くのも無理はなかった。


テレビの画面に映っていたのは、

眼鏡をかけた絶世の美青年である。


青年は口を開く。

「私はHです」


え、Hだって……!?


昼人は叫んだ。

「なんでこいつ、自分が性的な事柄に関する興味・欲求の度合いが他人よりも強い傾向にあることを、いきなり全世界同時生中継で暴露し始めたんだ???」


青年の後ろに、メイド姿の可愛らしい少女が現れる。

少女はHな青年の耳元で何かをささやいた。

二人の距離が――近い。


昼人はむっとして、引き出しからノートを取り出した。


「クソッ、あんだよ。公衆の面前だってのに……。

 美男美女でイチャイチャしやがって。

 気に入らないぜ……!」


隣にいたゥゥクは、

(悪人じゃなくてもノートに書くんじゃないか……)と思った。


画面の中で青年が咳払いをする。

均整のとれた所作。

何気ない動きすらもサマになっていた。


「失礼。Hというのは私の名前です。

 もっとも、偽名ですので。

 私をブスには出来ませんよ――クズ!」


ノートにペンを走らせていた、昼人の手が止まる。


(そうだ……!)


ブスノートでブスにするためには、

顔を知った上で名前を書かないといけないのだ!





昼人は思わず、黒い表紙のノートを取り落とす。

「なんでこいつ、ブスノートの条件を知ってるんだ!?」


Hは昼人の疑問に答えた。

「それはですね、推理というやつです。推理ついでに言うと、クズ……あなたは日本の関東地方に住んでいますね?」


大正解である!


「ど、どうして、そこまで……?」

「今回起きた一連のクズ事件において、最初にブスにされたのは……タクシー運転手のかたわら空き巣・強盗を繰り返し、ついには殺人を犯した白井丸タク男、通称・白タク。彼のニュースは、実は日本の関東地方でしか報道されてなかったんですよ」


「馬鹿な……!?」

そんな、都合の悪い話があるなんて!?


「ということで。私の要請を受けて、ICPOは先進各国から総勢1500人の捜査員を日本に派遣することを決定しました」


再び、メイドの少女がHに近づいて耳打ちする。

Hは眼鏡を指で押し上げて、言った。


「すみません、嘘つきました。正しくは150000人です」

「15万人も!?」


Hは淡々と続ける。

「ちなみに、クズ崇拝者のサイトを作ったのも私です。犯人の名前を「クズ」で定着させる絶好の機会だったので」


「てめぇ!」昼人は怒鳴り、テレビにつかみかかった。


「クズはお前だろうが!

 他人の名前をオモチャにしやがって……!

 絶対、その綺麗な顔をブスにしてやるからなッ!」


昼人は、窓の外にテレビをぶん投げた。



がっしゃああああん!!!



ゥゥクは天を仰ぐ。


「あーあー、もったいねぇ。

 あの大型液晶テレビ、398000円だろ?」


「おっ、今日もいい天気だな」

昼人は聞こえないふりをした。



☆☆☆



どうやら、Hの宣戦布告は終わったらしい。


(なんで、わざわざテレビ中継したのかわからないですけど)


生中継を終えて――

メイドのウメシュは首をかしげた。


(あの人たち……)




「どうやってテレビ越しに話してたんだろ……?」

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