瞑想が趣味な俺は幼馴染たちとの関係に迷走する

不動さん

序章

プロローグ

 瞑想…いや、精神統一とでも呼ぶべきか。

 俺は目を閉じ、深い呼吸を繰り返す。

 雑念を払い、ただ無になる。


 世界の全ての理から解放され、ひたすら集中するこの瞬間こそが、俺にとっての至福の時間だ。


 せわしない日常の中で、俺、風間新之助かざましんのすけ――高校二年生の変わり者――が唯一、心の安らぎを見出せる場所。


 部屋の隅に座布団を敷き、背筋を伸ばして座る。

 外の喧騒は遠く、ただ自分の鼓動だけが響く。


 俺は昔、天才、神童と呼ばれていた。

 幼い頃から知識を貪り、賞を総なめ。

 大人たちから将来を約束された存在だった。


 だが、そんな輝かしい日々は、小学生の頃、ある悲惨な事件で終わった。

 実の母を失ったあの日から、俺は自ら天才の看板を下ろしたんだ。


「お兄ちゃ~ん!  いつまで部屋に籠ってるの~?  ご飯まだ~?」


 リビングから、甘ったるい声が飛んできた。

 目を開けると、夕暮れの柔らかな光がカーテン越しに差し込んでいる。


 どうやら、愛しの義妹が夕食をねだっているらしい。


(やれやれ)


 俺は内心でため息をつきながらも、口元に小さな笑みが浮かぶ。

 あの子は、俺にとってかけがえのない家族だ。

 餓死させるわけにはいかない。


 ゆっくりと立ち上がり、部屋のドアノブに手をかける。

 足取りは軽やかだ。

 キッチンに向かおう、と足を踏み出す。


 プルルルルル!


 突然、机に置いていたスマートフォンが震え出した。


 リビングへ一歩踏み出したところで、タイミング悪く鳴る。


(こんな夕刻に、誰だ?)


 学園生徒会長の天野あまの会長からの緊急連絡なら、もっと早いはず。

 友人なら、学園で済ませるか、昼間に掛けてくる。


 まさか、親父の実家から…いや、それもありえない。

 眉をひそめ、画面を確認する。


「……親父?」


 表示された名前は、父――風間新太郎かざましんたろう

 現在、私用で海外を飛び回っている男からだ。


 国際電話なんて、珍しい。

 胸に嫌な予感がよぎる。


 すぐに通話ボタンを押す。

 耳に当てると、渋く低く響く声が流れてきた。


『新之助、久しぶりだな。元気か?』


「どうしたんだよ、親父。保奈美ほなみさんに愛想尽かされたか?」


 冗談めかして返すが、向こうは無言。


(マジかよ!?)


 頭の中でパニックが渦巻く。


(家族崩壊?  義妹の保衣美ほいみに、どう説明すりゃいいんだ!? )


 想像するだけで胃が痛い。


「親父、何があったかは聞かないが、保奈美さんにちゃんと謝れよ……」


『彼女とは何も問題ない! ただ、ちょっと意見がぶつかっただけだ』


「珍しいな。親父と保奈美さんが喧嘩なんて、初めてじゃないか?」


 中学の頃、親父が再婚した保奈美さん。

 誰もが羨む絶世の美女だ。


 金色の長い髪、透き通るような白い肌、優しい笑顔。

 あの強面の親父がよく落とせたよな、と周囲は口を揃えた。


 だが、二人が結ばれた理由は、俺の母の死と繋がっている。

 保奈美さんも、同じ事件で夫を失っていたんだ。


 ――あの事件の裏には、まだ語られていない真実がある。


 惚れていたのは事実だが、再婚は保奈美さんやほいみを守るためでもあった。


 俺も、あの二人を大切な家族だと思っている。

 崩壊なんて、絶対に許さない。


「まあ、意見の衝突だけなら、すぐ仲直りできるだろ。頼むから離婚だけはすんなよ?  ほいみに悲しい顔させたくないんだ」


『当たり前だ!  ほいみちゃんを泣かせるわけないだろ!』


 親父の声が一気に熱を帯びる。

 相変わらず、ほいみには親バカ全開だな。

 俺は苦笑しつつ、本題を促す。


「で、わざわざ国際電話で何の用だ?」


『……』


 親父は、また沈黙。

 

 いつもなら、歯に衣着せぬ意見をぶつけてくる親父が、何度も言葉を詰まらせるなんて……


 想像が膨らみ、俺の眉間に皺が寄る。


 それ以前に、親父は今、どこにいる?  ヨーロッパ?  アジア?

 時差を考えると、向こうは深夜のはずだ。


『新之助、お前に…大事な話がある』 


 急に重い口調。

 俺の背筋がピンと伸びる。

 冗談抜きで、真剣だ。


「何だよ、急に畏まって。本当に変なもん食ったのか?」


『……』


「親父?」


『新之助、落ち着いてよく聞け――お前に、『婚約者』を選ばないといけなくなった』


「……はぁっ!?」


 一瞬、頭が真っ白になり、耳を疑った。


(婚約者?  俺に?  高校二年生の俺に!?)


 電話の向こうで、親父の息遣いが聞こえる。

 俺はスマホを握りしめ、呆然と立ち尽くす。

 夕暮れの部屋が、急に狭く感じられた。


 こうして、風間新之助の周りを巻き込む、壮大な婚約騒動の幕が、静かに上がったのだった。


 ******************************


 次回:婚約の話は突然に!? お楽しみに!

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