フィッシング詐欺にあったやつの話

@dice-k0111

1日目:僕という人間。

僕は、しがないサラリーマン。年齢は30歳。

数年前までは彼女もいたが、ここ数年は音沙汰もない。

ほしいとは思うが、マッチングアプリを頑張るほどの気力はなく、出会いがあるような趣味もなければ、人に自慢できる特技もない。

親は「希望をもって生きていく子になってほしい」と”生希いっき”と名付けたらしいがそんなものとは程遠い生活になっている。

好きなことといえば、仕事が終わってから家に帰り缶ビールをあけながらゲームをすること。

たまに連絡を取るくらいの友達はいるが、特に遊びに行くわけでもなくお互いの近況報告程度である。


なんとか大学を卒業するくらいの頭はあったようで、平均程度の収入はあるが、ゲームへの課金のせいで貯金は全くない。いや。無駄遣いのせいではなく日々上がる物価のせいということにしておこう。

もちろん、貯金もしないといけないとは思っているが、一向にたまる気配もない。

テレビの中の人や、Youtuber、起業家、実業家のような華やかな生活を送る人たちに憧れはするが、そこまで頑張る気もなければ、アイディアもなく、ただグダグダな毎日を送っている。


毎朝、同じ時間に起き、満員電車に揺られ、8時20分には会社に到着する。

8時30分の始業を迎え、朝礼のあいさつとともに、自分の机に座り仕事を始める。

残業もたまにはあるが、基本的には定時退社。

残業の多い月の給料日は楽しみだが、残業がある日はテンションが下がるので、総合するとプラマイ0くらいである。


仕事が終われば、そそくさと荷物をまとめて、同僚に軽く挨拶をし、帰宅する。

たまに非日常的な刺激が欲しいと思うが、そんなことが都合よく落ちているわけもなく、ただ同じ毎日を繰り返している。


そんな生活を送っているので給料日前ともなれば、財布の中はすっからかん。

よくても財布の中には1万円が残っている程度である。


休日の過ごし方といえば、朝は10時過ぎに起き、布団の中で携帯を触り、Youtubeを流しながら二度寝をする。

この寝落ちる瞬間が最高なのである。

12時過ぎに布団から這い出して、ぼさぼさの髪のままカップラーメンにお湯を注ぎ、一人用の小さなテーブルの上で食べる。


テーブルの上には昨夜の缶ビールの飲みかけと、使い終わった皿がそのまま残っている。

片付けの頻度は不定期なため、片付け直後はきれいだが、基本的には人が生活できる程度の空間を残し物は散乱している。

昔、「お金持ちの習慣」という本で、お金持ちは部屋がきれいなんてことを読み、毎日片づけをしていた時もあるが、とくにお金が入ってくる気配もなかったので1週間でやめてしまった。

お昼を食べ終われば、パソコンを起動し、いつも通りの画面に向き合う。

休日の人とのコミュニケーションのほとんどは、画面越しの顔も知らない相手と文字を通して完了する。

たまに、会話が盛り上がる人はいるが、ほとんどが一期一会の出会いで終わり、会話の内容もゲーム内のミッションを達成するためのものであることが多い。

ゲームに飽きると、再び布団に潜り込み、ネットサーフィンをする。

Tiktok、Instagram、Youtube short、Facebookを回り、なんとなく時間をつぶす。

たった数秒~数分の動画の寄せ集めにも関わらず、あっという間に数時間が過ぎているのには、毎度不思議な感覚を覚える。

それにも飽きると、アダルトコンテンツを回る。

目的の女優を目指すこともあれば、ただ何となくサムネイルを見て動画を開いては消してを繰り返しているときもある。

たまに、ワンクリック詐欺やフィッシング詐欺のページが表示されることもあるが、こんなのに引っかかる人間がいるのかと思い、ページを戻る。

そして、それも終わると、いよいよシャワーを浴び、部屋を出る支度をする。

別に特別な用事があるわけではなく、夕飯の買い出しに行くだけである。

東京でのきらびやかな生活にあこがれ上京してみたが、現実は程遠い。


時刻は18時を回り、スーパーにも買い物をする人が増え始める。

休日のこの時間は家族連れが増え、平日よりも混み合うので、好きではないがこの時間帯を逃すといい値引き品が残っていないことが多いので、行くしかない。

普段なら特に何の感情もなく歩く道だが、この日の僕は違う。

給料日から2日過ぎても、まだ財布の中には10000円弱のお金が残っている。

しかも、明日は日曜日である。

財布の中を確認するだけで、思わず顔がにやける。

残金9750円!!!!!

年に数回訪れるボーナスデーである。

こういう日は心なしか、スーパーに向かう歩幅も広い気がする。

いつもなら、人の出入りだけで気が滅入るスーパーの入り口も今日はどこか輝いて見える。

しかし、一歩中に踏み入れば相変わらずの人の多さである。

大量の老若男女の声が飛び交い、子供たちが走り回る。

手に持つカゴをぶつけないように避けて歩くだけでも精いっぱいなのに、試食コーナーの店員さんの声に人が集まる。


そんな一口のために並ぶほどなのかと思いながら、列を避けるように総菜コーナーへと向かう。

自炊もしないわけではないが、片付けるのが面倒なので、基本は食べたらすぐ捨てられるものにしている。

ふだんなら、目を凝らしながら値引きシールを探すところだが、今日の僕は一味違う。

躊躇もせずに”国産牛ステーキ弁当950円”に手を伸ばす。

やはり”国産牛ステーキ弁当”は重みが違う。

かごに弁当を入れる行為ですら、誇らしく感じる。

隣で真剣に弁当とにらめっこしている、おばちゃんのかごをのぞき込んでみると、そこには値引きシールの山。


「......ふっ」

思わず口角が上がる。

(これが勝者の余裕ってやつか!)

となりで、わずかにかごを隠し、しかめっ面でこちらを見ているおばちゃんをしり目に、颯爽とアルコールコーナーへと向かう。


アルコールコーナーにずらりと並ぶ、缶ビール。

「やっぱり、肉にはアルコールがないとな!」

そんなことをつぶやきながら手を伸ばす。

いつもなら、ここで貴重な1本を決めるのに陳列棚とにらめっこするところだが、今日の僕にはそんな迷いはない。

”するり”と伸びた腕が、きれいに陳列されたビールをつかむ。

裏の成分表示を確認する。そこには”生ビール”の表記。

思わず”にやり”と口角があがる。

(”発泡酒”じゃない......”生ビール”だ)

そんなことを思いながら堂々とかごにビールをれる。

しかも、今日の僕はこれで終わらない。

もう1本ビールと、ついでに缶チューハイも2本。

かごの中が重くなるたびに”勝者”という二文字が押し寄せてくる。

ふとかごに目を落とす。

いつもは値引き弁当と缶ビール1本でさみし気なかごも今日はどこか誇らしく輝いて見える。

(ふ......悪いな同志たちよ!俺は一足先に家に帰って楽しませてもらう!)

発泡酒コーナーで棚とにらめっこする2人のおじさんの後ろを謎の優越感に浸りながら通り過ぎる。

勝者の余裕なのか思わず鼻歌も漏れる。


レジにたどり着きかごを差し出す。

「あら。今日は何かいいことがあったんですか?」

いつもなら無言でバーコードを読み取られ、値段だけ告げられる淡々とした会計も、今日は若い女性の店員が話しかけてくる。


(やはり、この勝者の余裕というものは女性に伝わるらしい!!)

(これが、余裕のある男ってやつか!)


自分の中で思い描くかっこいい顔をしながら、答える。

「わかっちゃいましたか?いいお肉にはアルコールが必要ですからね!」

そんな謎の理論を語りながら、ポケットから財布を取り出す。


「お会計、1550円になります」

告げられた金額を聞いて、一瞬眉毛が動いたが、慌てて元に戻す。

勝者はそんな細かいことは気にしない。

レジ袋の中で傾かないように慎重に”国産牛ステーキ弁当”をいれ、その上に缶ビールを横向きに乗せる。

どうも今日は、世の中が輝いて見える。


軽快な足取りで家に帰宅すると、電子レンジに”国産牛ステーキ弁当”を入れる。

しっかりと、標記の温め時間を確認して、レンジのボタンを押す。

温めすぎて、国産牛ステーキを硬くするなんてことがあってはいけない。

レンジが終わるのを待つ間にパソコンを起動する。

普段なら、いつものゲームを起動するところだが、今日は違う。

”国産牛ステーキ弁当”をしっかりと味わうためにYoutubeを起動する。

視聴するコンテンツは決まっている。

有名Youtuberのゲームコンテンツである。

そうこうしているうちにキッチンから”チン!”という音が響いた。

待ちに待った時間である。


”国産牛ステーキ弁当”のふたを開けると、なんとも言えない香りが部屋の中を満たす。

そして、レジ袋の中からビールを取り出す。


”プシュッ!!!”

「く~~!!!!この音だよ!この音!!」

幸せのあまり笑みが止まらない。

今ならどんな悪口を言われても許せる気がする。


スーパーからもらってきた割り箸をそっと牛ステーキに伸ばす。

「うわ!!!柔らかっ!!!!!」

その感触に思わず声が漏れる。


一口目を口に運び、噛みしめると肉汁があふれる。

すかさず、米を口に運び、ビールで流し込む。

「ぷはぁ~~~!!!!!」

「たまんね~~~!!!!!」

「これが勝者の生活ってやつか!!!資本主義サイコーーー!!!!」

幸せのあまり独り言が止まらない。


ステーキのうまさと、流し込むアルコールのせいで手が止まらない。

普段ならちびちびと飲むお酒も今日はいつもの10倍の速さで消えていく。

1本目、2本目とまるで魔法のように。

3本目に手をかけるころには、酔いも回り生希の”貧乏スイッチ”もオフになっていた。


「金があるっていいなぁ~~!」

そんなことを言いながら、近くにあったスマホに手を伸ばし、テーブルの後ろのベットに寄り掛かる。

Amazonを開くと、そこには”後で買う”に保存された商品が列を並べる。

「何か買っちゃおうかなぁ~~」

そんなことを言いながら画面をスクロールする。

酔った頭で、次々にアプリを開いては消していく。

Facebook、Instagram、Tiktok、Netflix......

特に目的もなく、開いてはスクロールし、消すを繰り返す。

やがて、safariを開きネットサーフィンを始める。

ネット通販、ブログ、ニュースサイト、投資広告、アダルトサイト......

意味もなくウィンドウを開いては閉じるだけの無限ループ。

気づけば4本目の缶チューハイも軽くなっている。

酔いとともに天井も周り、幸せな夢の中にいるような気分に浸っているとき、スマホの画面にポップアップが出た。


《【重要】あなたの銀行口座に異常なアクセスがありました》


「ははっ。また詐欺かよ!」

普段なら、そのまま上にスクロールして消すところだが、今日は酒の勢いが違った。

「おお!!やんのか??」

酔った勢いそのままに、表示をタップするとそこには精巧に作られた○○銀行のHP画面にたどり着いた。

「こんなもの作るなんて暇人かよ!!!!!」

そんなことを言いながら、ページをタップする。

思った通り、暗証番号の入力画面以外はタップしてもページに飛ばない作りになっている。

「クオリティー低いんじゃない??もっと人をだます努力をしろよ!!」

そんな、何目線なのかわからない言葉を放ちながら画面をタップしていく。

やがて、口座番号と暗証番号の入力を促すログイン画面へとたどり着く。

その下にはどの口が言っているんだと思いたくなるような”フィッシング詐欺”への注意書きが丁寧に書き込まれている。


「ふっ!取れるもんなら取ってみろよ!!!」

生希はアルコールで合わなくなり始めている焦点を画面に合わせると、口座番号と暗証番号を入力する。

ログインを押すと一瞬読み込みの表示が出るが――何も起きない。


「ほらな!やっぱり詐欺じゃん!雑魚め!!!!!」

「こんなのに、どこのどいつがひっかんだよ!!!」

そういいながらスマホを投げ放ち横になる。

意識がふわっと遠のいていく。

「ああ、、、飲んだ。肉サイコー!!!!」

そう呟いたのを最後に意識がぷつっと途切れた。



――翌朝。

強烈なのどの渇きと尿意で目を覚ます。外は少し日が昇り始めたといったところか。

頭がガンガンしている。

昨日調子に乗って飲んだ代償が生希に襲い掛かる。

寝起きとともに手探りでスマホを探すが見当たらない。

「うわ......飲みすぎた......」

そんな声とともに布団から這い出す。

ふらふらする足と、ガンガンの頭でかろうじてトイレまでたどり着き、用を足し、キッチンで一杯水を飲んでベッドに戻る。

なぜかベッドの下にスマホが転がっている。

昨日寝る前にそこに置いたのか、寝た後に自分で落としたのかは定かではない。

しかし、いつもと違うのはスマホの画面が煌煌と光っている。

まだ完全に起きていない頭でスマホを拾い上げ、画面を確認する。

時刻は6時43分を示していたが、なぜか画面に銀行のネットバンキングのアプリの通知が複数回届いている。


(なんの通知だ......?)

ベッドに倒れこみながら、頭痛がする頭でロック画面を解除する。


《引き落としが実行されました》

《引き落としが実行されました》

《引き落としが実行されました》

《残高が不足しています》


「......は?」

一瞬状況が飲み込めなかったが、いやな胸騒ぎがした。

慌ててアプリを開く。


現在残高:¥0


生希の脳と時間が停止する。

昨日の記憶が蘇る。

「は、はははは......」

あまりの自分のアホさに笑うしかない。

机の上には、昨日の弁当の空箱と飲み干したビールの缶が横になっている。

昨日の幸せな時間に浸りながら、2日酔いを醒ますためにベッドの上でグダグダするはずの日曜日が絶望の元始まりを告げた。


<財布残高:7500円>

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