第22話 四人のトラウマ・セッションと殻を破る指導

『マジックミラーの館』は、次元の罠に呑まれた。

理人、神原、九条、赤城――

四人の心の傷が、それぞれの空間として形を取る。


・真上理人の「寂しかった自分」とエルダの幻影


理人の周囲は、古びたTVゲームのような、

ドット絵の世界に変わった。時折、

画面の外から巨大なカエルの目が一瞬だけ覗き込む。


幼い自宅のリビング。ソファには、

寂しそうにゲームをする小さな自分がいた。


「……ここは、俺の記憶の中か」


彼の前に、浮かび上がるUIウィンドウ。


UIの背景のような……薄い黒い触手や、

解読不能な旧神文字が混ざり込んでいる。



>>>【プレイヤー:幼い理人】


>>>状態:孤独(LONELY)


>>>仲間:0


>>>目標:寂しくないフリを続ける(Difficulty:S)



「父子家庭で……友達もいなかったな。

 ゲームが唯一の逃げ場だった」


その時、画面の外から冷たい声が響く。

「お前はダメな教師だ。孤独に慣れすぎて、誰にも踏み込めない」


理人は幻影と幼い自分を見据えて言った。

「『確かに俺は孤独だった。だが、

 孤独を知っているからこそ、

 誰かの居場所を作ることができるんだ。


 教師は孤独な戦士じゃない。

 生徒の成長を見守る、孤独を知った指導者だ!』」


「ノア=エルの愛も、アイオネの孤独も、

 全部『教師としての指導』という鎧で拒んでいる!」


理人は剣を教師の威厳を示す杖のように地面に突き立てた

「うるさい! 教師とは、生徒を守る防壁だ!」


「その防壁が、お前を孤独にしてるんだ!」


沈黙。理人は目を伏せる。

確かに、孤独を恐れて他人との距離を測っていた。


そのとき、金色の光が差した。


「……理人。その孤独は、愛を知るための試練よ」


現れたのは、エルダ・アリスの幻影。

母のように優しい微笑を浮かべている。


「あなたは一人じゃない。

 私はもう、あなたの『観測者』ではない。

 あなたと共に歩む『指導者』なのよ。」


理人は目を閉じ、静かに息を吐いた。

「……そうか。俺は一人じゃない。

 孤独は、繋がるための入口だったんだな」


「そう。その気づきが、あなたの『殻』を破るの」


理人の視界が晴れ、

ドットの世界は現実の色を取り戻した。




・赤城圭吾の「恩人への償い」と合理性の崩壊


無機質な研究室。

赤城はガラス越しに、亡き恩人――

理人に酷似した男を見つめていた。


「また救えなかったな、赤城。

 合理性ばかりで、恩人すら救えなかった」


幻影の声が鋭く刺さる。

赤城は拳を握った。


「私は……彼を救いたかった。

 だが、私には戦う力も……感情もない」


「結局、また『安全な後方』に逃げるのか?」


沈黙ののち、赤城は息を吐き、

眼鏡を押し上げる。


「もう一度だけ、感情で選びたい――

 それが合理であってもいいはずだ。


 私は逃げてなどいない。合理性は、

 感情を捨てるためじゃない――人を守るための手段だ」


彼はタブレットを起動し、演算を走らせた。

「今の真上先生を救う。それが、最適解だ!」


研究室の壁が崩れ、光のグリッドが再構築されていく。


「私はもう、恩を返すために戦うんじゃない。

 生きている『今』の仲間を救うために、合理性を使う!」




・九条響の「孤独の美術」と機能美の再定義


九条の世界は、美術室。


薄暗い美術室に、白い石膏像が並んでいた。

粉塵が光を受けて揺れ、幻影の同級生たちの声が、

絵具の匂いに混じって漂う。


「お前の『美』なんて誰にも理解されない」

「そのバール、ただの狂気だ」


九条はうつむき、呟いた。

「理解されぬ美に、価値はあるのか……」


だが、次の瞬間、鋭い声が響く。

「違う! 教師殿は言った。

 『そのバールは機能美の結晶だ』と!」


彼は笑った。

「そうだ。超常研究会は、

 私の破壊を『部活動』として認めてくれた!」


青白い光が走る。

「真の機能美とは、守るための破壊だ!」


石膏像が粉砕される直前、石膏像の表面に……

人の顔ではない異形の影が浮き出て、九条を嘲笑する。


九条のバールが唸り、石膏像を一瞬で粉砕する。


「教師殿の指導がある限り、

 私は孤独な芸術家ではない!」




・神原徹の「弱い自分」とツッコミの覚醒


神原の舞台は高校の屋上。

幻影たちが嘲る。


「お前はお調子者で、弱虫だ!」


「誰にも嫌われたくないだけだ!」


神原は崩れ落ちた。

「そうだ……僕は、怖かった。

 ひとりになるのが……!」


そのとき、脳裏に響く理人の声。

『黙れ! ツッコミは理性の盾だろうが!』


神原ははっと息を呑んだ。――理人の声だ。

次の瞬間、彼は立ち上がり、幻影たちに指を突きつける。


「僕はツッコミ担当だ!

 教師殿のSAN値を守る『人間セーフティネット』なんだ!」


幻影が笑う。「そんなの役に立つのか?」


「立つさ! ラブコメとカオスの境界を守る、

 それが僕の仕事だ!」


ツッコミの閃光が走り、

幻影たちは霧のように消えた。


「僕は弱虫じゃない!

 超常研究会の『理性担当』だ!」




・合流と教師の指導


四人が意識を取り戻す。


「くっ……今のは一体……」理人が頭を振る。


「先生! 僕、克服しました! ツッコミ魂が覚醒です!」神原が叫んだ。


「機能美、進化完了です」九条も微笑む。


「指導に感謝します、真上先生」赤城が深く一礼する。


理人は笑った。「……お前ら、成長したな」


UIに新たな数値が浮かぶ。



>>>【神原徹:SAN値防御+50%】


>>>【九条響:戦闘力上昇(機能美覚醒)】


>>>【赤城圭吾:合理性MAX(過去の呪縛解除)】



「よし、全員無事。これが――教師の指導だ!」


鏡の奥で、かすかな鐘の音が響いた。

それは、次の授業の始まりを告げるように――。


理人は立ち上がり、奥の鏡の回廊を見据える。


「ノア=エル、アイオネ……待っていろ。

 今度は、お前たちの番だ!」


(「愛と秩序」の暴走をさらに成長させたら、

 この世界の秩序がどうなるか……


 考えるのはやめだ。まずは、生徒を取り戻す。

 それが、俺の教師としての義務だ!)



そして四人は、次元の奥へと踏み出した。



【第23話へ続く】

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