第18話 プールサイドの大爆発と、優しい姉の問いかけ

・ ホテル・パラダイスと旧神のプールサイド戦争


閉鎖された遊園地『ドリームランド』。

超常研究会の一行は、の調査に先立ち、赤城圭吾の手配で近隣の高級リゾートホテルにチェックインしていた。


煌びやかなロビーのシャンデリアを見上げて、

理人は、深いため息をつく。


「……よりによって、こんな豪華ホテルか。

俺の人生、いつからラブコメとTRPGの境界線が消えたんだろうな……」


背後で、赤城が眼鏡を押し上げながら淡々と答える。


「真上先生。私は常に『最適かつ費用対効果の高い後方支援』を追求します」


「このホテルは遊園地跡地に最も近く、

 『旧神の末裔二名を含む特殊チームの安全と士気』を

 保つために最も合理的です。経費は組織の特別枠から。安心を」


(……その『特別枠』が一番怖いんだが)


チェックイン直後、ノア=エルと神原が同時に叫んだ。


「先生! 任務の前の愛のレクリエーションは必須です!

まずはプールです!」にこにこ、ノア=エル言う。


「先生!プールっすよ!ラブコメの定番、王道水着回っすよ!」

神原も負けじと言う。


「待てバカ! これは調査任務だ! 休暇じゃない!」


しかし、もう遅い。ノア=エルは理人の腕にしがみつき、

強引にプールへ引っ張ろうとする。


そこへアイオネが、冷ややかに笑いながら近づいた。


「教師殿。ノア=エルの『愛の暴走』を、

 公共の場で放置すれば、秩序が崩壊するわ」


「だが、士気向上と愛のガス抜きは合理的。監視者として同行する。

 だし、彼女の『愛の暴走水着』は、私の『秩序ある水着』で抑えるわ」


(やめろ、秩序側まで水着参戦するな!

 このホテルで俺のSAN値が両面から挟み撃ちされる!)


こうして理人は、赤城を除くメンバー全員。

九条、神原、ノア=エル、アイオネ──という最強のSAN値破壊チームに囲まれ、プールへと連行されてしまう。


プールサイドは、まさに地獄絵図だった。


ノア=エルはフリル満載の水着姿で、

理人の周りを跳ね回りながら「愛の波動」をばら撒く。


飛び込むたびに水面が虹色に輝き、

周囲の宿泊客の理性(SAN値)をじわじわ削っていく。


「先生! これが愛の波動です! 一緒に溺れましょう!」

「溺れるか! 溺死は愛の終わりだ!」理人は突っ込む。


一方、アイオネは黒の競泳水着。

装飾ゼロの秩序の機能美を体現していた。

冷静に泳ぎながらも、ノア=エルと理人の動きを監視している。


「ノア=エル! 教師殿を水中に引きずり込むのは、

 秩序違反よ! あなたの愛は『無秩序な洪水』だわ!」


「なんですって! あなたの愛こそ『絶対零度の氷塊』!

 先生の心を凍らせるつもりですか!」


(愛と秩序の水着戦争。……俺の教師キャリア、完全に詰んだな)


その横で、神原は鼻血を垂らしながら崩れ落ちる。


「先生ぇぇ! これはラブコメじゃなくて、

 ……旧神による水着テロです!

 誰か僕の“水着SAN値”を回復してくれぇ!」


九条はゴーグルをかけ、黙ってベンチに座り込む。


「……愛の水着と秩序の水着。どちらも極限の芸術だけど。

 しかし、私が求める『バールの機能美』とは異なる。ここは静かに鑑賞しよう」


(なんとか……乗り切った……!

 塩素でSAN値が1だけ回復した気がする……)


そう理人が胸をなでおろした瞬間──


……突然、水面が静まり返った。虹色の泡が金色へと変わる。


次の瞬間、ジャグジーから現れたのは――

金色の光をまとった影が立ち上がる。


「フム……愉快ね。愛と秩序の戯れ。

 観測対象として、興味深いわ」


ジャグジーから現れたのは、

あの旧神殺しの――エルダ・アリスだった


漆黒のハイレグ水着を身にまとい、

まるで神話の海から現れた女神のように微笑む。


(次に来るのは何だ? 愛の泡風呂? 秩序のサウナ?)


「エルダ・アリス!? なぜここに!」

「私の目的は『旧支配者の排除』と、あなたたちの監視。

 そしてこのジャグジーが、『次元疲労』を癒すのに最適だったから」


「なんてね。遊園地の歪み(旧支配者の影響)が強まっているから、

 事前にこのホテルで次元の歪みを調整していたの」


ノア=エルとアイオネが同時に構える。


「旧神殺しウーマンが先生の愛のレクリエーションに、

 乱入ですって!?」(ノア=エル)


「秩序を乱す存在。排除対象よ」(アイオネ)


(やめてくれ……ここ、完全に世界滅亡前の神々の水着会議になってる……!)


エルダは穏やかに笑う。


「安心して、教師殿。

 私はあなたの『エルダーサイン』を補助する者。

 あなたがドリームランドへ赴くなら、私も同行するわ」


こうして、まさかの旧神殺しの女神を新たな仲間に加え、

超常研究会の調査は次なる舞台へ進むこととなった。




・ 屋上の告白と、優しい姉の問いかけ


プールの混沌を逃れた理人は、

夜風に当たるためホテルの屋上へ向かっていた。


遠くの街の灯りが瞬き、

かすかな静寂が日常を思い出させる。


「夜風に当たるのは、『理性の回復』に最も合理的ね」


振り返ると、そこにいたのは私服姿のエルダ・アリス。

昼の威圧感は消え、月光に照らされた彼女はまるで包容力ある姉のようだった。


「アリスでいいわ。どうせ、私たちはもう……

 『占い師と教師』なんて関係じゃないでしょう?」


二人は並んで夜景を眺めた。


「あなたの行動には、

 『愛』と『秩序』という二つの力が常に交錯している。


 そして、それを『救う力』に変えようとしている。

 まるで、愛の定義そのものを試しているように」


「俺はただの教師だ。世界を救うなんて考えてない。

 暴走する愛から日常を守りたいだけだ」


「……あなた、まだ自分を『ただの教師』だと思ってるのね。

 フフッ。それが『教師の愛』という名の奇跡よ」


エルダは微笑みながら尋ねた。


「ノア=エルとアイオネを、どう思っているの?」


理人は少し間を置き、答える。


「ノア=エルは『愛という名の混沌』。放っておけない。

 アイオネは『秩序という名の孤独』。放っておけない。

 どちらも……面倒な生徒だ」


「面倒な生徒、ね。あなたの『教師という防護服』が、

 彼女たちの愛を安全に包み込んでいる証拠ね」


エルダは少し意地悪そうに笑い、問いを重ねる。


「でも、その『防護服』がいつか破られたら?

 彼女たちの愛は、旧神の力そのもの。

 あなたを『愛の対象』として認識した時……どうするの?」


理人は空を見上げた。

そこに浮かぶのは、ただの星々──滅びの影は、まだ見えない。


「どうする、か……。俺は教師だ。

 世界が愛と秩序の矛盾で崩れようと、最後まで『教師の指導』で抗うだけだ」


エルダは満足げに頷き、理人の手をそっと取った。

その温もりは、彼のSAN値をわずかに回復させる。


そして、手の温もりが一時的に異界の知識から目をそらさせた。


「あなたは彼女たちを救える。愛の混沌から、

 秩序の孤独から。あなたこそ、彼女たちの『愛の定義』を変える鍵よ」


最後に、彼女は囁くように言った。


「教師殿。ノア=エルもアイオネも、

 本当はあなたの『秩序ある愛』を求めている。

 導くのか、受け入れるのか──その答えを、いつか見せて」


理人は、静かに頷いた。


「まずは任務だ。ドリームランドの歪みを正してから、

 ……その時に考える」


「フフッ。合理的な先延ばし。悪くない選択よ。

 かりそめのドリーム・ランドでね」


月光の下で微笑むエルダは、やがて夜の闇に溶けていった。

理人は手の甲のエルダーサインを見つめながら、呟く。


(『愛の対象として受け入れる』──それは、

 世界滅亡の引き金だ。だから俺は、教師としてこのカオスを救う)


そして翌日。

閉鎖遊園地『ドリームランド』で、彼らを待つのは──


旧神の眷属、暴走する愛と秩序、

そして『新たな古の旧神の介入』による、

愛と秩序の最終セッションであった。



次回──

滅びの街で、愛と秩序の矛盾が暴走する。

教師・真上理人の“指導”が、世界の命運を決める。

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