第15話 普段着ヒロインと、ニャルラトホテプの謎々

・SAN値崩壊モーニング


日曜日の朝。天気は快晴。


超常研究会(部員四人+旧神二人)は、アイオネの推奨した……

「最善の合理的選択」――つまり、噂の占い師エルダ・アリスに会いに行くため、街中の喫茶店に集合していた。


理人は、神原の悲鳴のような小声に思わず動揺した。


「せ、先生! 見てください! あれが……『オフの旧神』ですよ!」


神原の視線の先――

ノア=エルとアイオネが、いつもの制服や神々しい衣装ではなく、カジュアルな私服姿で席に座っていた。


ノア=エルは薄いピンクのワンピース。

純粋な愛のオーラは健在だが、私服だとその破壊的な美貌が……

どこにでもいる(居てはいけない)超絶美少女」にしか見えなかった。


一方のアイオネは、黒のタイトなセーターにチェックのミニスカート。

普段の冷徹さに「完璧な人間的美」が加わり、むしろ神話的な「秩序の具現」としての存在感を放っていた。


「(ヤバい。これは強烈な普段着!だと、 

 ノア=エルは『愛の暴走カジュアル』、

 アイオネは『秩序の強制デリート・ファッション』だ。 

 

 戦闘力は変わらないのに、SAN値の削られ方が違う)」


理人は慌てて神原の口元を塞いだ。

「神原、声がデカい! 彼女らの服が『次元の皮膜』で構成されている可能性を考えろ! お前のSAN値を保つために、今から『日常ロールプレイ』を開始するぞ!」


「し、しかし先生!あの二人の『人類の理解を超えた私服』は、

 僕の理性と本能を同時に破壊しています!」


「僕の常識が、『非日常の美』に負けてます!

 ……ノア=エルさんの絶対零度スカートがっ!」


神原が理性崩壊の悲鳴を上げると、

隣の席で新聞を読んでいた赤城が、深く溜息をついた。


「真上先生、神原くん。

 君たち二人が生徒の服装をコソコソ評価するのは、

 教師として――いや、人として非人道的に滑稽ですよ」


「赤城先生、なぜいつも通りのスーツなんですか!」


「私は、『秩序を保つ同僚教師』というロールプレイを休日まで徹底しているだけです。神原くんのように、『SAN値と性欲の板挟み』で苦悩するのは非合理的ですよ」


「(赤城先生まで、ロールプレイの定義が変態の領域に……)」


そんな男たちのカオスなやり取りを聞きながら、ノア=エルとアイオネは、顔に出さないがどこか満足げだった。


ノア=エルが理人に顔を近づけ、甘く囁く。


「先生、私の服、『永遠の愛の波動』を伝えるのに最適でしょう?

これが、私と先生の『秘密の愛のペアルック』ですよ!」


「(ペアルック!? やめろ! 俺の服はどこからどう見ても、『中年教師の休日の無難コーデ』だぞ!)」  


……沈黙。誰もツッコまない。余計に恥ずかしい。


アイオネは冷ややかに微笑んだ。


「教師殿。ノア=エルの服はその『愛の混沌』を隠しきれていないわ。

私の服は『完璧な秩序』の象徴。あなたが評価すべきは、当然こちらよ」


「(ああ、もうダメだ。『愛と秩序のファッションチェック』で、正気のゲージが灰になった)」


九条がひそかに理人へ囁く。

「先生。私の『フード付きカジュアル』は、

 『バールを隠す』という目的を最も美しく達成しています」


「これぞ『真の機能美』です。評価は後ほどお願いします」


「(九条まで、『教師の愛の審査員』にさせようとしてる……!)」




・占い師の館と未来視の謎々


喫茶店での『SAN値崩壊モーニング』を終えた一行は、神原のナビで

目的地――「エルダ・アリスの館」へと向かった。


裏路地の奥に、古びた洋館。

入口の看板には「世界の真理、占います」と書かれている。怪しさ満点だ。


扉を開けると、想像とは裏腹に、静謐な空間。

それまでの喧騒が嘘のように、空気が凍りつく。


誰もが、世界のBGMが消えたことに気づいた。

受付には、まるで精巧な人形のような美女が座っていた。


理人は、彼女の完璧な笑顔の奥に、以前、次元の狭間で感じた『這い寄る混沌』の気配と同じものを感じ取っていた。


「(この女は、ただの受付じゃない……

 ニャルラトホテプの『千の仮面』の一つか?)」


「ようこそ、エルダ・アリスの館へ」


その完璧な笑顔の奥に、

どこか宇宙的な虚無が漂っていた。


神原が唾を飲み込む。


「あ、あの! 僕たち、『宇宙的美少女二人組の行方』

 を占ってほしいんですが……」


受付嬢はノア=エルとアイオネを一瞥し、柔らかく笑った。


「その必要はありません。

 あなた方の『愛と秩序の対立』は、主がすでに承知しています」


そして理人へ、挑戦的な笑みを向けた。


「主はあなた方が『世界の終焉回避』を、

 使命としていることも知っています」


「――提案です。もし、私の出す『謎々ラドル』に、

 正解できたなら鑑定料金は無料。挑みますか?」


謎々ラドル?」理人が眉をひそめる。


アイオネがすぐに反応した。


「フム……『時空の断層』を知る存在ね。

 いいでしょう。『秩序の女神』たる私にとって、論理的パズルなど朝飯前よ」


だが、受付嬢の瞳がわずかに光を失い、

否定の言葉を放った。


「失礼ですが、銀髪の御嬢さん。

 あなたとは――『異なる世界線』での勝負になります」


「異なる世界線ですって……?」


「主は、『未来を同時に観測する』存在。

 あなたの『秩序の時間軸』は、ここでは通用しません」


「この館では、『愛の混沌』がすべての可能性を支配するのです」


アイオネは悔しげに唇を噛んだ。


「……面白い。『秩序が通じぬ非論理の真理』ね。

 教師殿、これは『愛と秩序の矛盾』を解く鍵かもしれない。全員で挑みましょう」


ノア=エルが満面の笑みで理人の腕に絡みつく。


「先生の『愛の定義』に勝る謎なんてありません!

 愛の力で、全部解いてみせます!」


「いや、お前は『愛の』しか持ってないだろ……」


理人は内心でツッコミながらも、

この謎がただの遊びではないと悟った。


「いいだろう。俺たちがこの世界を救う『超常研究会』だ。

 教師の指導のもとに、全ての謎を解いてやる!」



・クトゥルフの謎々、そしてノア=エルの意外な解答


受付嬢は静かに語り始めた。


「第一問――

 それは『愛と秩序』のセッションを混乱させ、

 『最も面白く、最もグロテスクな終焉』を望む。


 『千の仮面』を持ち、『真理の探求者』を自称する。

 だがその正体は、『混沌の神々の伝令』

               ――さて、その名は?」


理人は頭を抱えた。

「(これは……前回乱入してきた『這い寄る混沌』、ニャルラトホテプじゃないか!)」


神原が震える。

「せ、先生! この謎々、完全にクトゥルフ神話です!

 僕のSAN値が死にます!」


アイオネが分析する。

「『千の仮面』、『無秩序の象徴』……。

 彼こそが、ノア=エルの『愛の』を最も歓迎する『愛の』ね」


九条がバールを握りしめる。

「その存在は『美の敵』私は、その名を呼ぶことすら拒否する」


赤城が冷静に補足した。

「おそらくニャルラトホテプ。

 しかし問われているのは『名』ではなく『役割』。

 彼が望むのは、『愛と秩序の破綻』だ」


議論が混沌に沈みかけたとき――

ノア=エルが理人の腕に抱きつき、キラキラした瞳で言った。


「先生! 『最もグロテスクな終焉』を望むなんて、

彼の『』を誤解してます!」


「……は?」右から左へ。


「彼が望んでいるのは『』じゃありません!

 先生の愛を『最も面白い』として見たいだけ!

 彼は、『寂しがり屋の』なんです!」


一瞬、時が止まった。

全員がぽかんと口を開ける。


神原:「ノ、ノア=エルさん……まさかのニャル様心理分析!?」


九条:「非論理的なのに、真理を突いてる……これが『愛の力』……」


アイオネ:「なるほど。『愛の論理』は既存の論理を破壊する。理にかなってるわ」


赤城:「旧神による旧神の心理分析……貴重すぎますね」


理人は確信した。――ノア=エルの純粋な『愛』は、

宇宙の真理さえ貫通する。このクソゲー世界の最大のバグだ。


理人は立ち上がり、堂々と宣言した。


「答えは――『愛の観客』!

 その名はニャルラトホテプ。だが、彼の真の役割は、

 『最も劇的な終焉を演出する、愛の狂言回し』だ!」


受付嬢の無表情に、一瞬だけ『歓喜』のような微笑が宿る。


「正解です、教師殿。

 貴方の『愛を包含した詭弁』は真理に触れました」


そして、奥の扉が静かに開かれる。


「主がお待ちです。

 ――『グレート・オールド・ワン絶対殺すウーマン』が」


理人は思わず目を見開いた。


「(グレート・オールド・ワン(旧支配者)を、

 絶対殺すウーマン!? なんだその物騒な肩書きは!)」


かくして理人たちは、

愛と秩序の矛盾を超え、混沌の神の謎を解き明かし――


『旧支配者殺し』を名乗る新たな旧神、

エルダ・アリスとの邂逅へと向かうのだった。



【第16話に続く】


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