プロローグ
ルカとシド
僕は慎重に“遺跡”を進む。
遺跡とは、先人類の住居といわれてる施設。
──数百年の時を経て風化しつつも、まだ使用可能なものが発掘されることがある。
ドブネズミの僕にとっては巨大すぎるその施設を探索するのが仕事だ。
「あった!」
瓦礫の隙間から、わずかに頭を覗かせているお目当てのモノを見つけた。
それは、充電式の単3乾電池。
サイズは5.5cm。ドブネズミの中でも小柄な僕と同じくらいの大きさだ。
感覚的には、プロパンガスボンベくらいか……ん? プロパンガスボンベって何だ?
この乾電池がお目当ての遺物だ。
なんと、まだ現役で使用されるのだ!
僕は転生者だ。
物心ついた頃から、前世の記憶がフラッシュバックすることがある。
だけど、それだけ。
前世での自分の名前すら思い出せないし、思い浮かんだ単語が何を意味するのかも分からない。
……まあ、分からないなら考えないのが一番だ!
きっとこの世界は、異世界なんだと思う…
だって、この遺跡で暮らしていた先人類の平均身長って1mくらいなんだって!凄えチビじゃん!
まあ、僕もチビだけどね…
そしてこの異世界、転生者がめっちゃ多い、20人に1人は転生者がいる割合らしい。
でも、沢山の転生者の少しだけ残った記憶が集まって、この異世界はすさまじい発展をとげたんだって。
だから今さら、中途半端な僕の記憶じゃ無双ができないのだ…
僕は慎重に瓦礫をどかし、電池を掘り出す。
「うん! 今回のは状態が良いぞ!」
多少の傷はあるが、まだ十分に使えそうだ。これ一つでパンとチーズを一週間分は買えるだろう。
「おい、ルカ。どうだ?」
背後から聞き慣れた声がする。町ネズミのシドだ。
今日もズタ袋に穴を開けて紐で結んだ簡素なズボンを穿き、上半身は裸に布のチョッキ。
いつものように鋭い視線で周囲を警戒しながら、こちらへと近づいてくる。
ちなみに僕の装備は、布のツナギと額のゴーグル、二人とも靴は履いてるよ、穴だらけだけど…
スラム出身の僕ら二人は、探索者として生計を立てていた。
「見つけたよ! 状態も良い!」
「そうか! じゃあ帰ろうぜ!」
「いつも通り僕が背負うから、シドは護衛よろしく!」
そうそう、僕は力持ちなのだ。
きっと、転生の特典チート能力が“怪力”なんだろう……チートの意味は分からないけど、そんな気がするのだ!
僕の装備の中で一番高額の、ヘビ革製の単3電池専用の袋を背負う。
「相変わらず凄え怪力だな。普通は大人の男が二人がかりで持つんだぞ。
よし、行くか! ルカ、足元気をつけろよ!」
シドは喧嘩が強い。スラムじゃ大人だってシドには敵わない。
皮肉屋で素直じゃなくて垂れ目だけど、一番の親友で、相棒なんだ。
遺跡を後にして帰り道を歩き始めると、ひんやりした空気から一転、外は夕陽に染まっていて、風に砂埃が混じっていた。
「今日の夕飯はご馳走決定だな」
シドが口笛を吹きながら言う。
「パンとチーズに、ちょっと贅沢して肉を足したいところだよな」
「肉……ヘビの干し肉は高いんだよなぁ」
僕は電池を背負い直しながらため息をついた。
町までヘビや盗賊に襲われることもなく、無事に帰ってこられた。
門番のおっちゃんに挨拶し、ギルドへ。
ここは仕事の斡旋や、討伐したヘビの素材、遺跡のお宝の買取をしてくれる。
「シド! 今日のは高く売れたよ!」
「そうか! じゃあしばらくは楽できるな。今夜は肉食おうぜ!」
「なんだ? 羽振りよさそうじゃねぇか!」
声をかけてきたのはクマネズミ種のバッカスだ。
クマネズミは体が大きい。
僕が5cmくらい、シドが7cmくらい、そしてバッカスは10cm近い。
仲間たちとヘビの討伐をしているらしいけど、いつも僕のことをチビとバカにしてくる嫌なヤツだ。
「いつも世話してやってんだから、たまには酒の一杯でも奢れや」
「世話になった覚えはねぇけどな」
「なんだシド。随分と偉くなったな。スラム上がりのケンカ屋風情が!」
バッカスの仲間たちも、周りでニヤニヤ。
シドを挑発して先に手を出させてから、全員で袋叩きにするつもりなんだろう。
「……ふぅ。ケンカ屋は辞めたんだ。今は相棒と遺跡の探索者だよ」
シドは軽く息を吐いて冷静に続ける。
「確かに俺の言い方は生意気だったな。悪かったな、バッカス」
……シド……いつの間にか大人になったんだな。
バッカスに謝るなんて、昔じゃ考えられなかったよ。偉いぞ。
……今日の夕飯の肉、一切れあげようかな。
「相棒? そこの荷物持ちしか脳のないチビのことか? 能無しでもできるんじゃ探索者なん」
「あ?」バコン!
「……ぅが……」バタン!
「……誰が能無しだって?」
バッカスが何か言い終わる前に、シドがパンチ一発で沈めた。
……うん、やっぱりシドは変わってなかったね。
「……まさかバッカスが一発で……」
「おいバッカス! ……ダメだ、完全に伸びてる……」
「やんならやんぞ? 何ならまとめてかかって来てもいいぞ」
「……ヒィッ!」
シドがバッカスの取り巻きを睨むと、慌てて声を上げた。
「お、おい! 帰るぞ! ほら、バッカス担げって!」
…うわー、ギルドが静寂に包まれちゃってるよ……。
「ルカ、帰ろうぜ。腹減った」
「……うん、帰ろう!」
ギルドを出て、馴染みの酒場に向かう道すがら。
「シド、僕のために怒ってくれたんだね」
「バッカスの野郎が、ルカを能無し呼ばわりしやがったからな」
「……嬉しかったよ。ありがとう、シド」
「お、おう!」
シドは恥ずかしそうに笑い、鼻の頭を掻いた。
「ルカは能無しなんかじゃねえよ」
「チビだけど怪力だし」
「チビだけど遺跡に詳しいし」
「それに……」
「チビだけど……チビだし」
「チビチビうるさい! シドだって垂れ目じゃないか!」
「グサッ! 言った! 気にしてること言いやがった!」
「僕のヘビ肉は、一切れだってあげないからね!」
「もらう約束もしてない肉の譲渡を拒否られた!」
ワイワイガヤガヤと、二人で酒場まで歩く。
楽しいな。
……やっぱりヘビ肉、一切れだけシドにあげようかな。
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