第32話 大晦日で“真ん中カウントダウン”するな
大晦日の昼、リビングのテレビは特番を渡り歩きながら、ずっと何かしら喋っていた。芸人の笑い声と、ニュースの総集編と、よく分からないランキング企画。テーブルの上には年越しそば用の鍋と、買ってきた海老天。隣の部屋ではこたつがスタンバイしている。
「蓮、窓ふき終わった?」
キッチンから母さんの声がする。
「さっき終わった。確認は任せる」
「あとでチェック入れるね。“真ん中力”でムラなくお願い」
「年末掃除にまで持ち込むな、その単語」
言いながら、自分の部屋に戻る。机の上にはまだやりかけの宿題と、端っこに開きっぱなしのノート。そこには、通知表の所見を書き写したページがある。
クラス内で真ん中の立場にいることが多く──
その横に、自分で書き足したちいさな文字。
真ん中LV.1
(年内にもう一個くらいクエスト増えたな)
スマホが震いた。画面には、クラスのグループライン。
【春川】
『大晦日だしさ〜、0:00に1-Bで“あけおめスクショ大会”やらない?』
【誰か】
『なにそれ』
【春川】
『カウントダウンの瞬間に、各自で“あけおめ”送ってスクショ撮るやつ、誰のメッセが真ん中に写るか勝負』
(真ん中争奪戦かよ)
【美咲】
『“真ん中枠”は佐藤くんでしょ』
【安達】
『それはもう決まってる気がする』
【春川】
『いやいやいやLINEの真ん中は時系列順だから、“真ん中係”でも操作できないからね?』
そのあとも、「テレビ派」「ゲーム派」「寝落ち予告組」入り乱れてスタンプが飛び交う。大晦日特有の、ゆるいテンションのまま話題が転がっていく。
個人チャットが一つ、上に上がった。
【misaki_s】
『0:00、“真ん中先着争い”参加する?』
『一応、トーク画面くらいは開いとく』
『さすが真ん中係』
『係じゃねえ』
『じゃあ役職“真ん中カウントダウン観測員”』
『長いよ』
『よし、任命完了』
任命するな、と思いながらスマホを伏せた。
夕方。年越しそばの麺をほぐしていると、母さんがふと聞いてきた。
「このあとどうするの。テレビ?ゲーム?」
「たぶんテレビ。その横でスマホいじってると思う」
「“年越しながらLINE”ね。今っぽい」
「クラスでカウントダウンするって話になっててさ」
「オンライン年越し会?」
「まあ、そんな大げさなもんじゃないけど。0時に一斉に“あけおめ”送るやつ」
「あら。じゃあ“真ん中の立場”の発揮どころね」
「そこで発揮するもんじゃないだろ」
「チャット欄の真ん中に蓮の“あけおめ”が来たら、先生喜びそう」
「田所先生はそこまでは見ないから」
「でも安達さんのお家あたりでは、“観測”されてそう」
それは否定できない。安達父は文化祭の入口みたいなところ、妙にちゃんと見ていたタイプだ。そばを茹でながら、ついでみたいに聞いてみる。
「母さんは、あけおめメールとか年賀状とか、誰に優先して出すとかあるの?」
「仕事関係と、親戚と、あと“お世話になりました枠”かな。今年はちょっと一枚増やそうか迷ってるけど」
「増やす?」
「“佐藤家↔佐藤家のやりとり”って、ちょっと面白いじゃない」
「やめとけって」
「冗談よ。でも、向こうの家から何か来たら、お返事はちゃんとするわよ。“真ん中経由”で」
「なんだよその経由」
母さんは笑って、そばをざるに上げた。
♢ ♢ ♢
夜。こたつとテレビと、年越し特番。画面の中では芸人が走ったり跳んだりしている。母さんはミカンのネットを開けて、皮をむいては山を作っていた。
「0時ちょっと前になったら、部屋行く?」
「たぶんそうする。イヤホンいるかもしれないし」
「分かった。カウントダウンの瞬間、“あけおめ”って叫ぶ声だけ、壁越しに聞こえるかもね」
「聞かなかったことにしといて」
「はいはい」
ミカンを一つもらって、部屋に戻る。スマホの電池残量を確認して、充電コードを挿しっぱなしにしたままベッドに座る。テレビの音は小さくして、代わりにLINEの通知音が耳につくようにする。
22時台。グループラインは、テレビ実況と宿題の悲鳴で埋まっていた。
『紅白のこの人だれ』
『まだ現役で歌ってるのすごくない?』
『そういや数学の宿題終わってない』
『さっきのCM、“佐藤夫婦カフェ(仮)”でパロりたい』
名前を出された瞬間、別の通知が重なった。
【misaki_s】
『そっちは今どんな感じ』
『テレビ。母さんがミカンと戦ってる』
『分かる。うちもミカンの山できてる、あと年賀状の山も』
添付された写真には、半分書き終わった年賀状の束と、ペンと、ちょっと雑なハートマーク。宛名のところに見覚えのある字がちらっと見えた気がして、慌てて拡大はやめた。
『年賀状、まだ書いてんのか』
『“一番最後に書きたい相手”いるじゃん』
『それは知らん』
『じゃあ後で届いたとき考えて』
攻め方がずるいなと思いながら、スタンプでごまかす。
23時半。グループラインに春川が再び現れた。
【春川】
『はい、ラスト30分なのでアナウンスです。0:00ぴったりに1-Bグループに“あけおめ”送ってください。そのスクショを“1-B大晦日アルバム”に投げること。真ん中に誰のメッセが写るかは運次第』
【誰か】
『時報どこ見るの』
【春川】
『テレビの時報でもスマホのでも好きなので
“自分の正義の0:00”でどうぞ』
【美咲】
『“真ん中の正義”は任せた』
個チャがすぐ飛んでくる。
【misaki_s】
『真ん中係、準備はよろしいでしょうか』
『そんな大役じゃねえよ』
『じゃあ肩書き変えよ。“真ん中証人”』
『それはちょっとカッコいいな』
『でしょ』
『でもやることは“あけおめ”打つだけだからな』
『その一打が大事なの』
安達からも通知が来た。
【adachi】
『今どんな感じ』
『テレビ。そっちは』
『そば食べ終わって、台所の片付け手伝ってきたところ。今からは“年越し会計の締め作業”』
『なんだその作業』
『今年使ったレシートを、ざっくりノートにまとめてるだけ。来年の節約ネタ用』
らしい、としか言いようがない。
『0:00のやつ、参加するだろ』
『するよ“真ん中スクショ”の観測結果は、また今度話そう』
『観測結果って言うな』
そんなこんなで、時計は23:59に近づいていく。テレビのカウントダウンテロップが画面の隅で点滅し始めた。
23:59。グループラインの画面を開いたまま、入力欄に指を置く。まだ押さない。
(0:00って、どこなんだろうな)
テレビの画面の数字、スマホの時計、母さんの「そろそろかな」という声。全部ちょっとずつズレている気がする。そのズレの真ん中あたりに、自分なりの0:00を決めるしかない。
テレビのアナウンサーが、「あと10秒」と言った。
部屋の中で、時計の秒針の音が急に大きくなる。
「8、7、6」
入力欄には、すでに打ち込み済みの文字。
あけましておめでとうございます
真面目か、と自分で思う。でもいじる時間はもうない。
「3、2、1——」
ぴったり、だと思った瞬間に送信ボタンを押した。
画面が一瞬止まって、すぐに動き出す。
【1-B】
『あけましておめでとうございます』
『あけおめ』
『ことよろ』
『寝てた』
『まだ去年の宿題終わってない』
一斉にメッセージが流れ込んできて、画面の真ん中を誰の文字が通っていったのか、もうよく分からない。ただ、自分の「あけましておめでとうございます」が、どこかのタイミングで一瞬中央にいたのは、チラッと見えた。
個チャが二つ、ほぼ同時に震える。
【misaki_s】
『真ん中スクショ成功』
【adachi】
『真ん中、一瞬だけ取った』
『どういうことだよ』
先に美咲のほうを開く。スクショが送られてきていた。グループラインの画面の、ちょうど真ん中あたり。
一番上:『あけおめ〜』
真ん中:『あけましておめでとうございます』(俺)
一番下:『ことしもよろしくお願いします』(美咲)
『ほら。真ん中証人の仕事、ちゃんとできてた』
『これはたまたまだろ』
『“たまたま”を拾ってスクショするのが、妻(仮)の仕事』
『仕事にすんな』
安達のほうを開く。こちらにもスクショがあった。
一番上:『あけましておめでとうございます』(安達)
真ん中:『あけましておめでとうございます』(俺)
一番下:スタンプ
『私のスマホだと、こう見えてた』
『ダブル真ん中じゃん』
『“真ん中の立場を活かし、前後左右と一緒に年を越しました”って感じ』
『勝手に所見書くな』
でも、どちらの画面にも、俺の挨拶はちゃんとどこかで真ん中にいた。それだけで、なんだか変な達成感があった。
グループラインには、春川がまとめのメッセージを投げていた。
【春川】
『はい、みなさん、202X年度、“真ん中争い”おつかれさまでした。スクショはアルバムにどうぞ、1-Bは今年も元気そうです』
【誰か】
『真ん中係の感想まだ?』
美咲がすぐにタグを付けてくる。
【美咲】
『@佐藤(蓮) 真ん中証人コメントどうぞ』
『……特にないです』
入力して送ろうとして、指が止まった。
『今年も、勝手に真ん中にされる気しかしません』
送信。すぐにスタンプと「分かる」の嵐が返ってきた。
こたつに戻ると、母さんはすでに年越し直後のニュースを半分見ながら、ミカンの皮をミカンの山と同じくらい積み上げていた。
「終わった?」
「終わった。“あけおめ”の洪水」
「“真ん中の立場”は守れた?」
「たぶん。一瞬だけど画面の真ん中にいた」
「それで十分よ」
母さんはそう言って、こたつの上に置いてあった小さな封筒を一つ、俺に滑らせた。
「はい、お年玉」
「ありがとう」
封筒を受け取りながら、ふと思い出す。
「母さんはさ。もし向こうの家から年賀状来たら、どう返すんだっけ」
「“佐藤家↔佐藤家”として、真ん中経由で丁寧に返すわよ」
「真ん中経由って何だよ」
「“蓮に恥かかせない範囲で、ちゃんと面白く”ってこと」
「条件難しくない?」
母さんは笑って、「難しいからこそ腕の見せどころ」と言った。
夜が落ち着いてから、自分の部屋に戻る。机の上のノートを開いて、通知表のページの下にペンを走らせる。
・大晦日、1-Bオンラインカウントダウン。“あけおめ”一瞬真ん中
その横に、ちいさく書き足す。
真ん中LV.1 → LV.1.5
2に上げるには、まだ何か足りない気がした。でも、0から1になったときより、少しだけ自分の居場所を意識できている気がする。
スマホの画面には、まだグループラインの通知がぽつぽつと増えていた。「初日の出誰か起きてる?」「初売り行く人」「寝落ちしました」など、年越しテンションはしばらく続きそうだ。
個チャには、美咲から一言だけ新しいメッセージが来ていた。
【misaki_s】
『あけおめ、真ん中 今年もよろしくね。友達(仮)より』
最後の句点を見て、やっぱり笑ってしまう。
『あけおめ。今年も、ほどほどに頼む。真ん中より』
そう返してから気づく。こっちにも句点を付けてしまったことに。
(まあ、年の初めのミスくらいは、見逃してもらおう)
ノートを閉じて、電気を消す。真ん中LV.1.5の年越しは、悪くなかった。次は、ポストの中身と向き合う番だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます