第5話 お弁当まで先に合わせておきました♡
「レン〜。お昼いっしょでいい?」
4時間目のチャイムが鳴ると同時に、後ろからふわっと甘い匂いがした。
ふり返ると、ゆる茶のセミロングを低めのポニテにしてる美咲が立ってた。今日は体育があったからか、まとめてるぶん首まわりが見えてちょっと大人っぽい。
でも手に持ってるのは、やたら女児アニメみたいなうさぎの保冷バッグだ。どっちに寄せたいんだお前は。
「お弁当作ってきたからさ。はい♡」
「“はい♡”じゃないんだよ。俺は作ってって頼んだ覚えは──」
「“俺のときは美咲で”って言ったじゃん。
“奥さんは俺が言うときだけ”って言ったじゃん。
じゃあその日のうちに“奥さんがやりそうなこと”しとくのが礼儀でしょ♡」
なんという論理ジャンプ。
昨日の“権限を俺にくれ”が、一晩で“じゃあ私がやるね♡”に変換されてる。人のセリフを勝手に家事に変えるな。
俺は一応ツッコむ。
「……それ、ただの“お弁当作ってきた自慢”じゃない?」
「そうとも言う♡」
かわいい顔で開き直った。
周りの女子が「え、弁当? 見せて〜」って寄ってくる。男子も「うわいいな佐藤〜」「またお前か〜」「おすそ分け〜」ってざわざわ。
「じゃあさ、ここで──」
「いやちょっと待て」
俺はその場で止めた。
「なんでだよ〜」と美咲。
「ここ、教室。ここで2人でお弁当って、“あいつらもうそういう感じなんだ〜♡”ってなるだろ」
「いいじゃん、“そういう感じ”だもん」
「まだじゃないって昨日言ったばっかだろ」
「じゃあさ、屋上♡」
「屋上はもっとカップル場所なんだよ!!!」
「じゃあ中庭♡」
「お前の辞書に“ふつうの場所”ってないのか?」
春川が机に頬杖つきながら口を挟んだ。
「お前ら、もう保健室で食えよ。どうせ“旦那さんです?”って言われるから一周して面白いぞ」
「言われんのかよ」
◇
結局、「廊下寄りの、窓の近くの机2個くっつけ」で落ち着いた。
ぎりぎりクラスの端だから全員が見てるわけじゃないけど、見たい奴は見られる位置。
はい公開処刑。
「じゃーん♡」
美咲がバッグからタッパーと、お弁当箱と、小さい保温ボトルを取り出す。
ひとつひとつがパステルカラーで、全部に小さいシールが貼ってある。ハートとか、うさぎとか、「Good day!」とか書いてあるやつ。
こういうのを朝から詰めてくる時点で、今日のために早起きしたのがわかる。
「今日はねー、蓮くんちが好きって言ってた味に寄せた」
「……俺、好きな味の話したっけ?」
「したよ? 昨日うちで。お母さんが“蓮はね〜甘い卵焼きが好きなのよ〜”って」
「お前うちのスパイ力高すぎんだよ」
「情報は先にとる♡」
「戸籍も先にとるな」
ふたを開けると、そこには
• ふんわりした卵焼き(たぶん甘い)
• ミニハンバーグ(照りがしっかり出てる)
• ブロッコリーにマヨが星型
• ウインナーがタコになってるやつ
• ごはんは俵おにぎりが3つ
っていう、**教科書に載せたいくらいの“ちゃんとした女子高生弁当”**が入っていた。
「……いや、すげえな」
「え? すげえ?」
「すげえ」
「やった〜♡ じゃあこれ、奥さ──」
「それはまだ言ってねえって言ったろ!!!」
「えへへ♡ 言わせたくなっちゃう」
美咲は自分のぶん(こっちもちゃんと可愛い)を開けて、箸を一本こっちに差し出した。
「はい、あーん♡」
「もう周り見ろって!」
見回すと、クラスの何人かがあからさまにスマホ構えてる。
“高校ラブコメってこういうとこで生まれます”って動画を撮るな。
「じゃあ自分で食べるからスプーンだけちょうだい」
「はーい」
差し出されたスプーンを受け取って、一口。
……甘い。ちゃんと甘い。卵の味がちゃんとして、出汁の風味もある。
それっぽい顔をしてる女子がつくる“砂糖ドカ入れ卵焼き”じゃなくて、「家で何回もつくってる味」のやつだ。
「うめえな」
「でしょ〜。お母さん直伝。“男はね、最初に胃袋を握りなさい”って♡」
「それ昭和の女が言うやつだよ」
「でもほんとに握れたらそれでいいでしょ?」
「……まあ、悪くはないけど」
言いながら、チラッと安達のほうを見る。
安達は安達で、落ち着いたチェック柄のランチバッグから、たぶんお母さんが作ったやつを出してる。中身はのり弁系。こっちも美味しそうだけど、完全に“普通”だ。
安達と目が合ったら、向こうは「ふふん」って感じでスプーンを掲げてみせた。
“私はまだやってないからね。順番は残してるからね。”って無言で言ってる。
なるほど、ここでも真面目路線で来るのか。
美咲も気づいたらしい。横目でチラっと安達を見て、すぐこっちに視線を戻してきた。
「……ねえ蓮くん」
「ん」
「さっきのさ。
“奥さんは俺が言うときだけ”ってやつ」
「おう」
「あれ、ちょっとズルいよね」
「なんでだよ」
「だってさ、こっちはもうぜーんぶ先にやってんのにさ。最後のいちばんおいしいとこだけ“俺が言うから”って持ってくの」
「おいしいとこって言うなよ」
「でも、そういうとこが好きなんだよね〜」
さらっと言った。
しかも、言った瞬間ちょっとだけ目をそらす。
ずるい。いつもみたいに「好き好き〜♡」じゃなくて、「ほんとに好きだからここまでやってるんだよ?」って温度で言ってくると、こっちも急に真面目になる。
「……お前さ」
「ん?」
「なんでそこまでしてんの」
「え?」
「苗字まで変えて、親まで巻き込んで、弁当まで作って。そこまでして、もし俺が“やっぱ違うわ”ってなったらどうすんの」
ちょっと意地悪な質問だった。
俺の中で、昨日から引っかかってるやつ。
“全部先に取ったのに、肝心の気持ちがまだ”っていう、あの微妙なズレ。
美咲は箸を止めた。
口をへの字にして、ちょっとだけ考える顔になる。
その顔はいつものバカじゃなくて、中1のときに廊下でぶつかって「大丈夫?」って言われた女の子のほうに近い。
「……うーん。
でもさ、“やっぱ違うわ”ってなったらさ。
“じゃあ違わなかった世界のほうに行くねー♡”って言うだけだよ?」
「どこに行くんだよ」
「心のほうに♡」
「実体がねえ!!!」
「でもほんとにそうだよ。
“あのとき佐藤にしてなかったら、今こうなってないでしょ?”って言える世界があるなら、私はそっち作っておきたいんだもん」
「……」
「順番どおりにやるのもいいと思うよ? ほのかちゃんみたいに。あれはあれですっごい可愛いし、ちゃんとしてるし。
でもさ──」
そこまで言ってから、俺のほうをちゃんと見た。
ポニテの毛先が肩でゆれて、目じりに光が入る。さっきまでの“お弁当女”じゃなくて、本物のヒロインの顔。
「“あのとき先に佐藤になってくれてありがとう”って、いつか蓮くんに言わせたいから。
それが叶うなら、順番なんかどうでもいいやって思っただけ」
「……」
「だから、今日お弁当を先に合わせたのも同じ。
“あのときからずっと美咲の味食べてた”って言ってほしいの♡」
俺はちょっとだけ黙って、それからタコウインナーをつまんで口に入れた。
ケチャップがちゃんと甘い。子どもっぽい。でもうまい。
「……わかった」
「なにが?」
「“あのときからずっと美咲の味だった”って、
いつか言うわ」
美咲の顔がぱあっと明るくなった。
教室の端っこなのに、春川のやつが「お、なんか今いい感じのやつ出たぞ〜」ってこっち見てる。うるさい。
「約束ね?」
「約束」
「ほら、そうやって約束しちゃうとさ」
「なに」
「もう“奥さん”って言いそうになるじゃん♡」
「まだ言わねえって言ってんだろ!!」
「はーい♡ じゃあ今日は“お弁当の人”でいいや」
「それもどうなんだ」
そんなこんなで、俺は昼休みの半分を、
“ちょっとだけ未来にいる女の子の味”で埋められてしまった。
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