第12話 囁きの残響

 夜更け。

 ベッドに横になっても、胸はざわついたままだった。

 思考の隙間に彼女の顔が差し込む。翠の瞳、白銀の髪、薔薇の香り。


 ――会いたい。

 声を聞きたい。

 触れたい。


 息が乱れる。額に汗が滲む。

「……違う、これは……おかしい」

 声に出しても、衝動は収まらない。

 その夜、エドワードはほとんど眠れなかった。


◇◇◇


 翌日。

 監察院の執務室。壁に貼られた地図のピンが昼の光を受けて鈍く光り、暖炉の上には雑然と書類が積まれている。外は霧雨で、窓の向こうは白く煙っていた。


 調査報告がひと段落したころ、エドワードは机に手を置き、深く息を吸い込んだ。


「……アウル、相談したいことがある」


 いつになく緊張した声音に、アウレリウスが顔を上げる。

「……わかった。今晩、離宮で話そう」


 アウレリウスが微笑み、エドワードはその顔を見て少しだけ安堵したが、手を机の上で強く握りしめた。

 それ以上は互いに何も言わなかった。

 ただその約束だけが、夕刻まで胸の奥で重く響いていた。


◇◇◇


 夜の離宮。執務室に灯るランプの光は小さく、静寂が満ちていた。

 エドワードはソファに座り、言葉を探すように手を組んでいた。


「……眠れないんだ」

 ぽつりと漏らす。

「いや、眠れないほど……彼女のことを考えてしまう。会いたくて、苦しくて、理性では抗えない」


 向かいのソファに腰掛けたアウレリウスは黙って耳を傾ける。

 エドワードは震える声で続けた。

「恋なら、まだ良かった。だがこれは違う。呼ばれるように、引きずられるように……僕の意志じゃない。

 ……おかしいんだ」


 長い沈黙。

 やがてアウレリウスは立ち上がり、エドワードの隣に腰掛け直す。


「……大丈夫だ」

 アウレリウスがそっとエドワードの背に手を添える。

「アウル……」

「一緒に調べよう。何がエドを縛っているのか。大丈夫さ。俺がエドを一人になんかしないから」


 その言葉に、エドワードはようやく小さく息を吐いた。

「……ありがとう。アウルがいてくれてよかった」


 窓辺で、風がさわさわと揺れる。

 声はない。だが存在の気配だけが、確かにそこにあった。


 ――まるで、この会話を聞いているかのように。

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