第7話 レッツ報告会
建物の隙間、路地からザワザワとツタが生えている。
誰かいるのだろうか。
(そもそもなんで夢の中にツタが……!)
「あ、ちょっとごめんなさい!」
レイブンに一言断って、広場を突っ切り路地に向かう。
「トワさん?」
レイブンがついてくるが、それはもう仕方ない。
「!」
路地に入ると、ツタにぐるぐる巻きになった誰かが倒れていた。
「え、ちょっと、大丈夫!?」
顔らしき場所を掻き分けようと触れれば、脳裏に映像が過ぎっていく。
最初に強く浮かんだのは──泣きながら首を吊るビジョンだった。
「うっ」
流れ込んできた深い悲しみに思わず呻く。これはヴォイドの景色だろうか。
初めての体験に雪見は困惑する。
「トワさん、大丈夫ですか? その人は?」
レイブンの声にハッとしてツタに巻かれた人を見れば、二十代前半と思われる青年の顔が見えたところだった。
「大丈夫です……」
レイブンに頷き、なおも流れ込んでくるビジョンに困惑しつつツタを剥がす。
「……ふむ」
それをレイブンは興味深そうに眺めていたが、雪見が何をしているかを聞くこともなければ邪魔もしなかった。
ツタは通常、原因を除去するか、もうひとつの方法を試すかしか除去できない。
そしてこの場に、原因らしいものは見当たらない。
チラリとレイブンを見るが、彼は雪見の好きにさせてくれるようだ。
(ツタが見えるということは、あれも使えるはず……)
手のひらに意識を集中させる。
すると現実でやるより遥かに楽にそれは現れた。
「……ほう?」
レイブンが感心したような、驚いたような声を上げる。
雪見の手のひらに小さな花々がふわりと現れ、キラキラと淡い光を放っている。
(別に現実世界でも大変な作業ではないけど……夢だから? すごく楽に花が作れた...)
これは雪見のもうひとつの異能である、癒しの花だ。
摂取すると怪我や病気が治り、気力回復にもなる。
その花をひとつ掴んで、倒れている青年の口元に持っていく。
「もう、大丈夫」
口元の花は光の粉になって彼の口に吸い込まれる。そして程なくして──ツタはサラサラと塵になって消え、青年は目を覚ました。
「う……」
「大丈夫?」
「……きんいろの、お姉ちゃん……」
「え?」
瞬間何の話だかわからなかったが、レイブンがトワさんの事では?と雪見の髪を指差したことで、今は金髪だったのだと気づいた。
「お姉ちゃん……いたい……いたいから…………本当は……助けてほしかったの」
青年というよりは幼い子供のような言葉使いで涙を零し、青年はうわ言のように呟く。
「大丈夫だよ、つらかったら助けてって言っていいんだよ」
そして青年のその行動に、先程見たビジョンが頭を過ぎった。
雪見は少し泣きそうになる。
──叩かれ、蹴られ、壁にぶつかって泣く女の子が見えた。
「……うん、たすけてって……いうよ。いたいのは、いや」
弱々しく、泣き声にも聞こえる声音は聞いている方がつらくなる。
「……うん」
そのまま青年の姿は消えてしまった。
「え、あれ!?」
「トワさん、落ち着いて。目が覚めたのでしょう。夢から戻っていかれたようです」
「あ! そういうことか……」
現実で目が覚めれば、夢の世界から姿が消える。そういえばそうだった。
「まあ、そろそろ朝ですからね」
「そうなの? ここでは時間の感覚がわからないや」
「各国の主要機関には、現世に対応している時計がありますよ。他にも調べる方法はありますが、気にしてる人は少ないですね」
「どうせ長くても数時間で目覚めるもんね」
「はい、そういうことです。トワさんもそろそろお時間のようで」
「え?」
気づけば身体が透けてきている。
仮面の下で微笑むレイブンに、慌てて声をかける。
「あ、今日はありがとう! 助かりました!」
「いいえ、大したことはしていませんので」
「そうかもだけど、串焼きも美味しかったし」
「ふふ。それは良かった。ではまた、いつかお会いしましょう」
「え?」
「次回はどうぞ、良い夢の旅を……」
優雅に一礼するレイブンを最後に、雪見は目を覚ました。
また、いつか──
(社交辞令だよね……?)
まだ白み出した明け方の光に目を細めながら、胸でギュッと手を握る。
(怖いこともあったけど)
雪見は長く息を吐き、余韻に浸るように目を閉じた。
***
「中間ほーこく~!!」
──バンッ!!
「おい、こら、備品は大切に!」
ホワイトボードを叩く瑠花と、注意する梶尾先生。
本日の探偵クラブには、翔は不参加だが代わりに凌が出てきていた。
とても珍しい光景だが──。
雪見は、凌、麗奈とは同じクラスだ。
ホームルームが終わって雪見が帰り支度をしていると、あらかじめ支度を終わらせていたらしい凌はさっさと席を立った。
が、それより麗奈は早かった。
『へいへいへーい。どこへ行こうと言うのだね?』
扉を開けたら瑠花もいた。
凌は一瞬固まり、引き返そうとしたその時には背後に麗奈が立っていた。
『帰ったり、しないよね?』
あれは良い連携だった。
そんなことをしみじみ思い返している間にも、瑠花は話を進めていく。
「まずは、現在の案件をおさらいするよ」
その一、と声を出しながらペンをホワイトボードに走らせていく。
「夢の亀裂調査」
これは雪見と翔が進めたもので、四条先輩も続報があれば教えると約束してくれた。
(しまった、レイブンにも聞いてみればよかった……)
反省するが後の祭りである。
「その二~、殺人事件調査」
瑠花と先生が進めているものだ。
雪見がチラッと聞いた限りだと、ご夫婦が同時に殺された案件だという。怖い話だ。
「その三! SNSでの調査!」
麗奈と真梨枝が顔を見合せ、頷く。
何か進展があったようだ。
「てことで、まずは夢の亀裂について」
瑠花がコンコンとホワイトボードを叩く。
「噂以上のものは出てないね。四条先輩が何か情報見つけたら教えてくれるって」
「OKOK。そもそも正体に迫るのは無理筋だからね。ボクらとしては、死ぬという噂を否定できれば十分かな」
雪見の報告に、瑠花はしみじみと頷く。
「実際、死亡事件は今回以外見かけない。噂の出処をもう少し探してみるね」
「ありがとう、雪見ちゃん」
「うん。まあ、私も気になるし」
「よし、次は殺人事件調査ね。ほい、先生」
突然指名された梶尾先生はビクリと肩を震わせた。
「うお!? 俺か!?」
「そうだよー! 報告して!」
「担当は大塚、お前じゃなかったか?」
「ボクと先生だよ!」
なぜだ……と肩を落としながら、それでも手帳を開きながら報告を始める。
その姿は意外にも板に付いていて、教員になる前に探偵をしていたというのは嘘ではなさそうだった。
「亡くなったのは、木村泰伸さんとその妻の貴子さん。二人は二十日深夜に新見の埠頭に行ったらしい」
「新見の埠頭?」
真梨枝が首を傾げる。
「事件現場はそこだったみたい」
雪見がニュースの情報を教えると、真梨枝は真面目に頷いた。
「ふむふむ、新見の埠頭」
「まあ、埠頭は深夜立ち入り禁止になってるから、何しに行ったのか知らねぇが。酔ってたらしいって話も聞いてる」
知り合いの情報だからか麗奈は顔色が悪い。凌がそれとなく気遣って話しかけているのが見えた。
雪見からは何を話しているのかわからないが、麗奈の表情が少し明るくなったのがわかった。
「.........」
「雪見、どうかした?」
「え? あ、何でもないよ」
「そう?」
雪見が撫でると、真梨枝は嬉しそうに微笑んだ。
雪見も肩の力が抜けた気がする。
「てことで、酔った二人が埠頭に忍び込んで海に落ちたってのが最初の線だったんだが、酒の他に睡眠薬が検出されたってんで殺人事件が濃厚になったんだわ」
(眠らせてから突き落としたってことかな……)
この情報な。夢の亀裂とは無関係である可能性が高そうだ。
「この二人、あまり素行が良くなかったって話も聞いたからね。夢の亀裂がどうこういう問題じゃない可能性が高い」
瑠花は麗奈を見つめて、諭すようにゆっくりと伝える。
それを受けて麗奈は小さく、それでもしっかりと頷いた。
「じゃあ、SNS関連!」
瑠花の掛け声に、真梨枝はビシッと敬礼した。
「はい! えっと、アカウント削除の件を調べたよ! やっぱり亡くなったからって、勝手に削除されるものじゃないみたい」
本人が意図的に削除した、つまり生きてるということだ。
「身内が削除するのもパスワードとかいるっぽいし、アカウント情報共有してるとかも個人アカウントだからあまりやらないと思うし」
夢の世界の個人情報みたいなものだ。共有する意味がないだろう。
「ふむ、んじゃあ、本人捕まえればこの件は終わりそうだねー」
「え、でも、住所とかわかんない……」
さっきまで意気揚々喋っていた真梨枝は、しょぼんと手を下げる。
「麗奈、知ってる?」
「知らないわ……。会話内容から察するに都内の大学生だと思うけど、そのくらいかしら」
「先生ー?」
「探偵を便利屋扱いするんじゃない。まして俺は引退してんの」
「チッ、使えない」
「おい、こら。殿に対して使えないとは何事だ」
瑠花の舌打ちに梶尾先生はジト目で文句を言うが、瑠花は何処吹く風だ。
「麗奈からは何かあるー?」
「うん」
「お、なになに?」
「実は今朝、連絡が取れないって言ってた子から連絡が来たの」
「おお!」
麗奈の仲間は、亡くなった二人とアカウント削除の人、それからすぐに連絡がついた二人と、ログインしなくなっていた人物がいたはずだ。
「ただ、都内のマップだけが届いて……」
麗奈は困ったように微笑む。
「これ、どうしたらいいかなぁって悩んじゃって」
「むー、それはなんか怖いね」
「うん。でもね、同じマップが残り二人にも届いたみたいなの」
「そっちにもマップだけ?」
雪見が聞けば、麗奈は頷く。
「ええ。だから三人で見に行ってみようと思うの」
「ついていこうか? 危ないかもだし……」
チラリとツタを見るが、大きくなってはいない。でも心配だ。
「あ、じゃあ、私も!」
真梨枝が挙手するが、雪見はやんわりと留めた。
「あんまり大人数だと先方も困ると思うよ」
ツタに触れる機会、または花をあげる機会は人数が少ない方が作りやすい。
実際、向こうが二人だからこちらも二人が良いだろう。
異能なんて、あまり人には知らせなくない。
「そっか……じゃあ、SNSの掲示板とかで情報探しておくね!」
「うん、ありがとう」
「よし。まとまったかな? 麗奈もそれでいい? てか、有瀬君なんかないかい?」
様子を見ていた瑠花は、凌に華麗なるキラーパスを投げた。
「え、俺?」
「そう、君。働かないと先生みたいになっちゃうぞー!?」
「おい、大塚!?」
「それはちょっと嫌だな……」
「おい、有瀬!?」
「先生、涙拭いて……?」
「桜木……!!」
梶尾先生はついにいじけて、教室の隅に行ってしまった。
真梨枝の発言は特に悪意はなかったと思うが、トドメをさしてしまったようだ。
仕方なく先生の横まで歩いていく。
「先生の報告かっこよかったよ」
「うおぉ、城井、俺の味方はお前だけだよ……」
「大塚さんは殺人事件調べるの?」
「うん、ちょっと気になることがあってね」
凌と瑠花は会話を続けている。
雪見は何となくそちらに意識を向けてしまう。
「とりあえず俺が知る限り、亀裂はここ数年目撃情報が増えてる。でも、それと比例して死者が増えたとかはない」
「ほーん? 見ただけで入ってないからじゃ? てか、入る人そんなにいるんかね?」
「それが、目撃情報と吸い込まれ情報がほとんど一致するんだよね」
「まじぃ?」
「うん。でもそれで死んだって話は聞かない。単純に、スレ立てした人が後日談を話してないってところから噂が出た可能性が高いよ」
「あー、ありそ~」
「まあ、だからってそう言って納得できるものでもないだろうし、大塚も頑張って無関係を立証してきてよ」
「んむ、無茶ぶりな……。まー、少し気になるとこがあるから、そこ調べてみてってとこかなぁ」
二人は話しながら廊下に向かっていく。
(探偵クラブって、割と皆仲良しだよね)
親しい友人が真梨枝くらいしか思い浮かばない雪見は、なんだか新鮮だ。
まだ慣れない環境にフワフワした気分を味わいつつ、雪見は麗奈のところに日程調整をしに向かった。
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