第9話 サリタの村大攻防戦

闇夜の支配者、アビスの傍観


 深い夜。村は死のような静寂に包まれていた。雲を割って現れた満月の光は、村を照らすというよりも、闇を強調しているかのようだった。ユウが指揮を執るラボの屋根には、ミク、そしてタミナ村長が控えていた。


 その時、村境の森から、空気を凍てつかせるような重く、不気味な足音が響いた。八人の『影の団』が、黒い闇を纏って村へと歩みを進める。


 先頭を歩くのは、深紅のローブを纏った団のリーダー、アビスだった。彼は一歩も動かず、その金色の瞳だけが、獲物を分析していた。彼の後ろには、七人の部下が続く。


 超速で動くヴァイト(闇の加速)、重圧をかけるグラビ(闇の重圧)、魔法を封じるサイレン(闇の遮断)、幻影で惑わすフリック(闇の幻影)、刃を操るレイズ(闇の刃)、霧を吐くスモーク(闇の霧)、そして拘束役のスティック(闇の拘束)。


 彼らはこれまで、ほぼ抵抗することのなかった村の異変を感じ取っていた。


「無駄な努力だ。死に急ぐだけ。さっさと片付けろ」


 アビスは七人の部下に冷たく命令した。


「ヴァイト、グラビ、貴様らは壁を破壊し、道を啓け。サイレンはラボ周辺の魔法の結界を封鎖しろ。レイズ、フリックは近接、スモーク、スティックは援護と捕縛に回れ」



 ◇



第一防御線、石工チーム


 アビスの指示を受け、超速で動くヴァイト(闇の加速)と、重圧をかけるグラビ(闇の重圧)が防御壁へ向かった。


「闇を纏え!『加速(アキュムレート)』!」


 ヴァイトが闇を纏い、凄まじい速度で壁に激突。その瞬間、グラビが『重圧(プレッシャー)』を壁に叩き込み、衝撃を増幅させた。


 ドォンッ!


 石工たちが『硬化(ハードン)』で固めた複層防御壁**が、二人の連携の前に砕け散る。


 しかし、その穴からヴァイトが突入した瞬間、石工チームが仕掛けた『罠』が作動した。大量の巨石が落下し、ヴァイトの加速を鈍らせ、グラビを直撃した。石工チームは、自身の『硬化』魔法の限界を超え、必死に足止めを図る。



 ◇



第二防御線、鍛冶&木工チーム


 魔法を封じるサイレン(闇の遮断)と、幻影で惑わすフリック(闇の幻影)が侵入する。サイレンがラボ周辺の『結界』を無効化し始め、フリックは分身して村人たちを撹乱した。


 これに対し、鍛冶チームが応じた。彼らが投擲した『発火性粉末』を詰めた『鉄塊弾』が、サイレンとフリックの足元で炸裂し、物理的な目眩ましで闇の力を乱した。


 間髪入れず、木工チームがからくり式の槍で、刃を操るレイズ(闇の刃)を迎え撃つ。レイズが闇の刃で槍を切り裂くが、村人たちの武器には『痺れ草』の毒が塗られており、レイズの動きを一瞬鈍らせる。


 スモーク(闇の霧)とスティック(闇の拘束)が、村の女性たちを狙いラボへ向かうが、タミナ村長を筆頭とする女性陣が、『着火油』を投げつけ、スモークの霧を焼き払って阻止し、必死に抵抗した。


 各チームに分かれた村人たちは、弱い魔法と科学応用武器の連携で、七人の専門魔法使いを必死に食い止め、信じがたい善戦を見せていた。



 ◇



村の中心への後退


 だが、この抵抗も長くは続かない。アビスは、自身の力を温存したまま、冷静に戦況を見極め、七人に次の指示を出した。


「分断されているな。鼠どもの小細工が活きている。……七人とも、村の中心へ集結しろ。一点に力を集中させ、徹底的に落とせ!」


 アビスの指示は、一瞬にして影の団の戦術を変えた。七人の闇の力は、合流することで一つとなり、その圧力は圧倒的となった。村人たちの魔法も科学装置も次々と無効化され、村人たちはラボのある中心部へと追い込まれていった。


ユウとミクは焦燥していた。防御ラインは完全に崩壊し、闇は村の中心へと集結した。しかし、それは同時に、切り札を使う唯一の機会でもあった。


 その時、静かに事態を見守っていたレネが、強い眼差しで二人に言った。


「お願い。私を囮にして」


 ユウとミクは息を呑んだ。


「レネちゃん、何を言ってるの?」


「アビスは、私を狙っている。七人が私を捕まえようと闇を一点に集中させた瞬間に、あなたたちは、切り札を使うの」


 レネの覚悟を受け入れたユウは、ミクと視線を交わし、固く頷いた。



 ◇



七人の沈黙


「こっちよ。闇の人たち」


 レネは、村の中心にある泉のほとりへと走り出した。アビスはレネを追うよう、七人の部下に指示。七つの闇の力は、レネを捕獲するために、再び一点に集中した。


 ユウはラボの屋根へ駆け上がり、広範囲の闇を払うための『高輝度閃光(ハイパー・フラッシュ)』の最終起動を指示した。装置は、ラボの屋根全体に広がる複数の巨大な研磨金属製の放物面鏡と、中央の閃光試薬の増幅コアで構成されていた。


「さすがだよ、レネ」


「当たれ……! 科学魔法(サイエンス・キャスト)!  高輝度閃光(ハイパー・フラッシュ)!」


 ユウが叫ぶと、ミクは、屋根の装置の巨大な反射鏡を、手動で動かした。体力でユウに勝るミクの力技で光が闇たちへと向かう。


 ドシュウウゥゥ!


 屋根の装置から、夜空を切り裂く二度目の、そして最大の光が炸裂!それは単なる閃光ではなく、集束された光の奔流だった。七人の部下たちは、逃げる間もなく闇の力を剥がされ、ついに完全に意識を失い、地に倒れ込んだ。村人たちは歓喜の声を上げた。


「やった! 成功よ! これで残るはアビス一人――」


 ミクが安堵の声を上げた。


 しかし、アビスは動じない。七人が倒れたにも関わらず、彼の周りの闇は、以前と全く変わらず強大なままだった。


(七人が倒れても闇の総量が減らない? 彼一人から放たれるこの闇の圧力……これこそ、タミナ村長が言っていた、禁止魔法、【闇精霊の掌握(タナトス・バインド)】の力なの!?)


 アビスは、倒れた部下たちを一顧(いっこ)だにせず、ユウとミクを見据えた。彼の背後には、まるで闇の膜のように、満月の光すら透過しない漆黒の壁が立ち上がっていた。彼の金色の瞳に、冷たい嘲笑が浮かんだ。


「小賢しい抵抗も、もはや終わりだ。今度こそ、貴様らを深淵に叩き落としてやる」

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