第6話 魔法世界の生活
ラボの準備
ユウとミクは、タミナ村長の厚意で借りた一室で、早速持ち込んだ資材と道具を広げ始めた。村の廃墟近くにある、以前は倉庫として使われていた石造りの広い建物が、彼らの要請した『新たなファンタジーラボ』となる予定だ。
ユウは早速、調合に必要な器具と、持参した硫黄やリンの粉末のチェックを行った。闇魔法の弱点は「光」。闇を打ち消すための「強烈な光」を、この世界の魔法では供給できない、瞬発的な爆発力と化学反応で実現する算段だ。
ミクは、ユウが調合する閃光試薬の入れ物となる素焼きの小さな壺を分類し始めた。本格的な準備は明日からだ。
「ユウ、あんたはもうちょっと休憩しなさいよ。さっきのことで心臓止まりかけてるくせに」
「う、うるさいな。僕の心臓は科学的に安定している!」
ミクはユウの額に手の甲を当て、熱がないことを確認すると、諦めたようにため息をついた。
「今夜はレネちゃんの家で夕食と風呂を用意してくれてるって。明日からのラボ作りへの活力を養いなさい」
「そっか。魔法世界の生活か……」
ユウはためらいながらも、村人の生活を知ることもデータ収集だと自分に言い聞かせ、ミクに頷いた。
◇
異世界のキッチンと夕食
レネの家は、村長の家よりは質素だが、石壁と木材でしっかり組まれた温かみのある建物だった。
キッチンは、ユウたちの世界のそれとは大きく異なっていた。水道はなく、壁に埋め込まれた魔石(マナストーン)から水が細く流れ出ており、火口は魔法で微調整されている。
レネの母は、ユウたちを迎え入れる間も、ずっと顔に悲しみの影を落としていた。レネの母は、連れ去られた女性たちと同じく白い肌をしており、次に娘が狙われるかもしれないという恐怖と、そのためにやってきた見知らぬ二人へのかすかな希望が、その顔で混ざり合っていた。
「さあ、遠い世界からお越しのお二人さん。粗末なものですが、どうぞ」
食卓には、大麦を練った素朴なパンと、レネが採ってきた魔物の森で採れたらしいキノコを煮込んだシチューが並べられた。シチューからは、薬草のような独特の香りが立ち上っている。
「いただきます!」
ミクは遠慮なくシチューを口に運んだ。
「ん! これ、ハーブの香りが効いてて、すごく美味しいわ! 薬膳みたい」
「ふふ、ありがとう!」
レネは、自分の褒められたことのように嬉しそうに、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせた。
「それは、『活力キノコ』と、『穏やかのハーブ』を使っているんだよ。このキノコは、食べると体に活力が少し戻る微弱な治癒魔法が込められているんだ。だから、疲れたときには一番なんだよ」
ユウは、シチューを一口飲むと、その温かさにホッとした。
「この火力の安定性はすごい。魔石からのエネルギー供給を、どうやってこんな精密に熱制御しているんだろう……」
食後、ユウが熱心にキッチンの構造を観察していると、レネの母が静かに語りかけてきた。
「私たちの村では、娘たちは皆、働き手です。レネも、この森の薬草やキノコを採ってきて、市場に運んでくれる大事な子。それなのに……次の満月は、レネが連れ去られる順番かもしれません」
その言葉は、シチューの温かさとは対照的に、冷たい刃のようにユウの心に突き刺さった。
「もし、もし、娘まで連れて行かれてしまったら……私にはもう、生きる気力がありません。どうか、どうか、あの子を、娘だけは助けてやってください」
レネの母は、テーブルの上で手を組み、目に涙を浮かべながら深々と頭を下げた。横に座っていたレネは、動揺を隠すように、自分のパンを小さくちぎっている。
「お母さん……」
「大丈夫よ」
ミクはレネの母の背中にそっと手を当てた。
「あたしたちが絶対に、そんなことはさせない。科学の力で、みんなの生活を、レネちゃんを守るって決めたから」
◇
異世界の入浴
夕食の後、ユウはレネの家の裏手に設置された簡素な浴槽へと案内された。
浴槽の下には、熱を出す魔石が埋め込まれており、水を張るとすぐに、適温の湯気が立ち上った。
「これが魔法のお風呂か……魔石による熱交換を利用しているな」
ユウが服を脱ぎ、浴槽に足を浸すと、体の緊張がゆっくりと解けていくのを感じた。浴槽には、レネが採ったらしい芳しいハーブが浮かべられており、心地よい香りが漂っている。
ユウは目を閉じ、水音を聞きながら、先ほどのレネの母の悲痛な願いを思い出していた。
(この村に来て、僕は初めて『誰かを助けたい』と思った。物理や化学だけでは説明できない使命感だ。必ず、『科学』の力で、この闇を打ち破ろう。そうしなければ、僕たちの故郷にも戻れない気がする)
その時、突然、背後から無邪気な声が聞こえた。
「ユウ、もう入ってる?」
振り返ると、そこには腰に一枚の粗いタオルを巻いたレネが立っていた。彼女の白い肌と、まだ雫の残る栗色の髪が湯の灯りに照らされて輝いている。そして、その隣には、同じようにタオル一枚のミクが、少し気まずそうに、しかし覚悟を決めたような表情で立っていた。
「ど、どうして!?」
ユウは思わず浴槽の縁にぶつかりそうになり、湯が大きく揺れた。二人のあまりにも無防備な姿に、心臓が爆音を立てる。
「え? お風呂は一緒が楽しいよ?」
「で、でも……裸だし……」
「ん? 体洗うから裸になるのは当たり前だよ?」
レネは不思議そうに首を傾げた。その表情には、一切の悪気も羞恥心もない。この世界では、男女混浴が日常的な習慣なのだろう。
「た、確かに……この風呂は広いけど……」
ユウは、浴槽の大きさに目を向ける。しかし、仮に文化が違ったとしても、やはりミクの存在が気になった。
「で、でも、ミクは……」
ユウが問いかけると、ミクは顔を赤くして、小さく呟いた。
「郷に入れば郷に従う……かな」
ミクはそう言って、ユウの横にそっと腰を下ろした。レネもまた、湯気が立ち上る浴槽に、はしゃぐように飛び込んできた。
(あれ? さっき胸を覗いたことで『エロオヤジ!』って怒鳴っていたミクはどこへ行ったんだ? 郷に従うにしても、急に変わりすぎだろ!)
ユウは必死に冷静さを装おうとした。しかし、ミクは湯の中で、胸元のタオルを両手で必死に押さえていた。そのタオルは、ミクの肌に張り付き、本当にその下が裸であることを示している。水の屈折を通して、ミクの女性として成熟しつつある柔らかな身体のラインが、ユウの視界に入り込んできた。
(ミクだって、嫌なんだ。いや、抵抗している……! 僕が彼女の分まで、冷静さを保たないと)
ユウは必死に科学的な思考で欲望を遠ざけようと試みる。
しかし彼の科学がそれを許さない。
湯気、水深、そしてタオル越しに視認できる曲線の角度から、ユウの頭の中で計測が始まった。混乱のあまり、彼の科学者としての本能が暴走し始めたのだ。
(レネは、目視で胸部が極めて豊満。おそらく上底(トップ)九〇センチ、下底(アンダー)六八センチ。ウエストのくびれから換算し、推定スリーサイズはB90/W60/H88。ミクは、控えめながら均整が取れてきている。トップ七八センチ、アンダー六五センチ。まだ成長の余地はあるが、現時点での推定スリーサイズはB78/W58/H84。データ収集、完了!)
さっきはユウの視線に勘づいて激昂したミクだが、今は恥ずかしすぎてユウの突き刺さるような視線に気づかない。
ユウが科学的な計測を終え、我に返ると、ユウの隣で目を輝かせているレネが、湯船の中でツンツンとユウの腕を小突いてきた。
「ねえ、ユウ。お湯がすごく温かいね」
「あ、ああ……そうだな」
「ねえ、ねえ!」
レネはさらに身を寄せると、湯船の中でユウの太ももに、レネ自身の太ももを密着させてきた。
「ユウの体、硬いよ? もっと力を抜いて、温まらないと」
「ひっ……!」
ユウは息を呑んだ。密着してきたレネの肌はすべすべで、湯気の中でもはっきりとその柔らかさが伝わってくる。
(や、やばい! これは僕の理性を維持するための熱力学的臨界点を突破しそうだ! ミク! なぜ、そこで何も言わないんだ!?)
ユウは助けを求めてミクを見たが、ミクは顔を真っ赤にしながらも、腕で目を隠すようにして、湯船の中で自身のタオルを押さえつけることに全力を注いでいた。
(と、とにかく。あたしは、この子に負けられないのよ。恥ずかしいけど、ここで逃げたら、レネちゃんにユウを取られる!)
レネは笑顔でハーブの香りを吸い込むと、「じゃあ、ユウの背中、洗ってあげるね!」と言い、無邪気に腰に巻いていたタオルを外した。
湯気の中に、純粋な琥珀色の瞳と、豊かな曲線が、何の壁もなくユウの視界に飛び込んできた。それは、芸術的なまでの完成された豊満さと、無防備な輝きだった。
(熱力学的臨界点、完全崩壊!)
「見ちゃダメっ!」
慌てて立ち上がり、ユウの目を両手で塞いだミクのタオルがストンと湯船に落ちる。
「絶対、目を開けるなあああああああああああっ!」
こうして、ユウたちは予期せぬ形で、異世界の文化と、己の理性の限界に、深く触れることとなった。
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