第3話 異世界の少女と危険な森
村の少女 レネ
ユウの放った【火球発射砲(ファイアボール)】の轟音と焦げ臭さは、森の静寂を破った後もしばらく残っていた。黒焦げになった魔物の残骸は、ユウの科学力がこの世界でも通用することを証明する、確かな証拠だ。
「貴方……貴方は、本当に……救世主様(ヒーロー)……なの……?」
レネの琥珀色の瞳は、ユウの左腕の金属製アームに向けられたまま動かない。
「救世主(ヒーロー)!?」
声を揃えて反応したユウとミクは、互いの顔を見合わせた。
「え、ちょっと待ってユウ。今、この子、日本語で喋ったよね? この子、あたし達の言葉が通じてるってこと!?」
「え、ああ……そうみたいだ。異世界でも同じ言語体系、しかも日本語なのか(待てよ。これは空間転移の副産物か? それとも脳内に強制的な翻訳機構が働いているのか?)」
ユウは、科学者としての探求心が一瞬燃え上がったが、レネの怪我を見てすぐに理性を働かせた。
混乱を頭の隅に追いやりレネに視線を戻すと。レネは立ち上がろうとして、足首の擦過傷の痛みで小さく呻いた。
「あれ……。ちょっと、ユウ! この子、足から血が出てる!」
ミクがレネの足首に目を留めた。レネが魔物に追われていた際に負った、擦過傷から僅かに血が滲み出ている。
「本当だ。怪我をしている。異世界での最初のヒール魔法だね。……任せてくれ!」
ユウは早速、デイパックから『傷口清浄液(次亜塩素酸水)』と包帯を取り出し、レネの足首に処置を施す。
「科学魔法(サイエンス・キャスト)! 傷口清浄液(ハイポ・リキッド)!」
レネはユウの行動を理解し、警戒することなく、黙って彼の処置を受け入れた。
傷に染みた液体がピリピリとしたが、彼女にとって、これは「救いの魔法」だった。魔物を一撃で葬り去る炎の力を持つユウは、もはや信頼すべき「救世主」そのものだった。
「ありがとう」
処置を終えたユウに、レネは礼を言いながら立ち上がり、森の奥を指差した。
「救世主さま。私はレネと言います。どうか私たちの村、サリタへ来てください。私についてきて!」
レネは、村の名前と意思をはっきりと告げた。
「き、救世主なんて……」
ユウは少し頬を染めて照れた。
「なに、嬉しそうにしてんのよ! あたし達が救世主のわけないでしょ? 本当の魔法じゃないんだし!」
ミクはユウの肘を軽く小突いてツッコミを入れた。
「何言ってるんだ。科学魔法は魔法だよ?」
「んなわけないでしょ。何真顔で反応してるの? あたしがおかしいみたいじゃない!」
「ミク」
「な、なによ……。改まって」
ユウが真剣にミクの双眼を見つめると、彼女は頬を赤らめる。
「大丈夫だよ」
「根拠なしか! やっぱり死ぬよあたしたち! なんでこう言うところは科学根拠なしなのよ。科学オタクなのに……」
「僕の魔法が救えるんだ」
「もう、その目で言われたら負けるよ」
ミクは深くため息を吐いた。
「いえ、あの炎の魔法も、治癒の魔法も、間違いなく救世主様の力なの! お願いします、一緒に来て!」
レネは迷いなく断言し、懇願するように頭を下げた。
「よし、行こう。僕は玉鋼ユウだ。君の村まで案内してくれ」
「もう! あ、あたしは世良ミクよ。よろしくね」
ユウとミクはそれぞれ自己紹介してレネの頼みを承諾した。
「ありがとう! ユウ! ミク!」
レネはそう言うと、感謝の気持ちを込めて、ユウの手をぎゅっと握った。ミクは瞬間的にレネとユウのあいだに割り込み、ユウの腕を抱きしめた。
「ちょっと、ユウ! 何顔真っ赤にしてるの? この子、まだ怪我人なんだから!(物理的に距離を取らないと!)」
ミクの視線は、レネがユウの手を離さずに、まるで道標のように先導している姿に向けられていた。
獣の皮の装束はタイトに体にフィットし、歩くたびに硝子のように白い太ももがしなやかに揺れる。その姿は、野生的でありながら、ユウの視線を釘付けにするほど魅力的だった。
(……えっちだ。異世界の服ってなんでこう、機能性より露出度が高いんだ? そりゃあ、あたしより胸が大きいってのも納得がいくわよ! まったく、ユウ、顔が真面目すぎるのよ! こっちも真剣なんだからね!)
レネは、ユウやミクの困惑を知る由もなく、時折振り返っては、琥珀色の瞳をキラキラさせて微笑んだ。
その顔には、魔物への恐怖よりも、救世主を村へ導く使命感が満ちていた。その無邪気で精緻な笑顔に、ミクは思わずため息をついた。
(ま、あの子は本当に真剣なんだよね。村を救いたいって……
)
◇
サリタ樹林
サリタの村は、この森の向こうにあるという。レネ曰く、村までは早足で一時間はかかるとのことで、ユウたちはサリタ樹林と呼ばれる深く険しい森へと足を踏み入れた。
ユウとミクは、魔物の出現に備え、ラボから必要な荷物を再度チェックした。ユウのデイパックには、テルミット剤の予備や、硫黄、硝石、炭などの火薬の原料、そして試験管や反射鏡などの科学魔法の素材が詰まっている。ミクは、簡易的な天秤や、蒸留水、そして様々な化学粉末を詰めたポーチを背負っていた。
ユウの腰には、新たに刀身の内部が複雑な機構で満たされた、特殊な剣が下げられていた。これが、彼の近接戦闘用科学魔法、【フレイムソード(油圧式火炎剣)】だった。
「ミク。ここはさっきの魔物が出た場所よりも、さらに奥だ。魔物の縄張りの可能性がある」
「そうなの? レネちゃん、どう?」
「えと。村に近くなるので縄張りからは遠くなるけど、森は魔物の生息地なの。危険」
「ほらね」
「何がほらねなんだか……。でも油断しないほうがいいわね」
ユナがそう言い終えた瞬間だった。
ガサガサッ!
三人の頭上の木の枝から、小型の猿のような魔物が、三体、同時に飛び降りてきた。全身が緑色の毛に覆われ、鋭い爪を持っている。
「グリント・モンキー! 動きが早くて、集団なの!」
レネが叫び、端的に魔物の説明をしつつ、素早く腰に差していた小型のナイフを構えた。
「三体か! 集団戦となると連射装置が未調整の【ファイアボール】だときつい」
ユウは即座に判断した。
「ミク! 支援魔法を頼む! その間に攻撃魔法を整える」
「わ、わかったわよ!」
魔物たちはレネとミクに向かって同時に襲いかかる。
キンッ!
レネはナイフで一体の爪を受け止め、ミクは素早く小型のガラスフラスコ(発光剤が入っている)を取り出し、地面に叩きつけた。
「科学魔法(サイエンス・キャスト)! 閃光弾(フレア・ボム)!」
カシャーン! フラスコが割れた瞬間、中身の発光性の化学物質が急激に反応し、強烈な閃光を放った。魔物たちは目を抑えて動きを止めた。
「よし、効いた! ミク、次は鎮静!」
「言われなくても! 科学魔法(サイエンス・キャスト)! 鎮静霧(スリープ・ミスト)!」
ミクは、デイパックから取り出した粉末状の薬品を、ユウがさっと取り出した簡易の送風機(鞴(ふいご)のようなもの)の上に素早く撒いた。粉末は即座に霧状になり、魔物たちを包み込んだ。
グウウ……。
魔物たちはすぐに動きが鈍り、地面に倒れこむものもいる。
ミクはユウよりも素早い身のこなしで次々と科学魔法を発動した。
「流石だな……。あとは任せて!」
ユウはそう言うと、腰に下げていた【フレイムソード】の柄を握りしめた。
「科学魔法(サイエンス・キャスト)! 発火(イグニッション)!」
ユウが柄のトリガーを強く引くと、シュウウウッという油圧の作動音と共に、刀身の穴から油と火炎剤が噴射され、摩擦で一瞬にして着火した。
ゴオォッ!
刀身は眩いオレンジ色の炎に包まれ、ユウは三体のグリント・モンキーの脳天目掛けて、炎の剣を振り下ろした。
斬撃は、油圧の力で滑らかに魔物の頭蓋を断ち割り、一瞬遅れて、超高温の炎が断面を焼き尽くし、煙と灰に変える。
ザンッ、ザンッ、ザンッ!
炎を纏った刀身は、魔物の肉をたやすく切り裂き、即座に高熱で焼き尽くした。魔物たちは完全に息絶え、森に肉の焼ける匂いが立ち込めた。
「やったね、ミク! 僕たちの科学魔法の連携、完璧だった!」
「うん!」
ミクは連携が上手く行ったことと、ユウの嬉しそうな笑顔に満足して頷いた。
「ユウ様、ミク様……素晴らしい連携の魔法です! あんなに早く魔物を倒せるなんて!」
レネは琥珀色の瞳をさらに輝かせ、二人の活躍を心から褒め称えた。
「き、君にそう言われると、照れるな……」
レネの真っ直ぐな称賛に、ユウは顔を赤らめて照れた。
「もう! ユウ! なに照れてんの!」
ミクは頬を膨らませて、ユウの照れを隠すように大袈裟にツッコミを入れた。
三人は、魔物を片付け、再び森を歩き始めた。レネはユウとミクの力を目の当たりにし、村を救える希望に満ちていた。
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