第15話 祈りに応え



これは、現・U県Z市内の山の、100年ほど前の話である。




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とある山際の集落で、珍しく地震が頻発していた。


「山神様のお怒りだ」


「供物を捧げ、鎮まり頂こう」


誰かが言い出して、シロミツチ村からほど近く、山中を流れるニギシラセ川の淵へ赴いた。彼らは、その淵の中洲に建つカガ御社ミヤシロと呼ばれる小さな祠に祈祷した。此処の中洲には小さな鳥居と祠が建ち、その奥に、盛り土に大きな楕円の石を置いたが枡形に木枠で囲われている。そこには遥か昔から山神シラセノオオカガが祀られているときく。


地震を止めてくださるようにと山神に祈りを捧げ、新鮮な果物を奉納した。

およそ百年ぶりの神事であった。


 ちょうどその頃は雨も続いていた。川の上流、より山中にあるハバツチ村の者達は多少の地震よりも連日降り続く雨に困っており、雨止めの儀式を行おうとしていた。シラセノオオカガという龍神を祀ると伝わる、奄隠山のミタツ神社の中の一社、龍宮の祠で雨止めの儀式は行われた。

こちらもまた、数十年ぶりの神事であった。

この儀式において重要なのは人身御供の巫女だ。この人身御供は、端から死ぬ定めではないものの、雨が止むまで屋外の祠の前で祈祷を続けるため、その後に病を得て命を落としかねない危険な役目である。

そして此の度、人身御供に選ばれたのは加賀美家の長女、白駒あきこまであった。そうして、下流のシロミツチ村での山神シラセノオオカガへの神事から日を空けず、上流のハバツチ村での龍神シラセノオオカガへの神事は執り行われた。


 繰り返す地震と長雨の後だ。大規模な土石流が発生したのは、何も龍神シラセノオオカガのせいではない。そして、その前兆の落石に怯え、祈祷をやめて逃げ出したハバツチ村の白駒もまた、人の身であれば無理のないことだろう。


 幸運なことに、土石流はハバツチ村には全く届かなかった。白駒のいた龍宮の祠を逸れて、斜向かいの立派な社殿を飲んで収まったのだ。飲まれた社殿は祠に面した大座敷の四柱を残して全壊した。


一方で、地震が鎮まるよう祈っていたシロミツチ村では、土石流で甚大な被害が発生した。土石流は中州の祠をなぎ倒し、村へ濁流となって押し寄せた。集落の上手に広がる畑や果樹の大部分が土砂に埋もれ、多くの人が生活の糧を失った。人命に被害がなかったのが奇跡だ。


山神に祈りを捧げて地震が収まりつつあったさなかに、突然の土石流。これは山神ではなく、荒ぶる龍神の祟りだとシロミツチの人々は噂した。土石流の混乱のなか、ハバツチ村の巫女、白駒という娘の存在を知ったシロミツチ村の者たちは、彼女を血眼になって探した。

この土石流は、邪龍の通った痕跡だ。

あのハバツチが未だに邪龍を祀っているからだ。


加賀美家といえば、元はシロミツチの雨乞いの巫女、果狩実カガミの血筋。

山奥に追いやられた恨みから、邪龍を顕現させ、シロミツチを襲わせたのだ――


 白駒を捕えた隣村の者たちは、奄隠山のミタツ神社の中で、土に半ば埋もれながらも建っている小さな龍宮の祠の前に彼女を引き立てた。そしてその龍神を、人々に害をなす祟り神を封じるために、彼らの村の風習に則って、捧げた生贄を――殺してしまった。


彼女と将来を約束していた青年、深青は、その亡骸を抱えて泣き叫んだ。




 神よ、自然の災いから白駒の命を守って下された神よ


 何故、人が人の命を奪うのをお止め下さらないのか


 なれば、我が復讐もお認め下さろう


 


 ミタツ神社の境内で無傷だったのは、枡形の木枠の中にある小さな小さな土の塚のみ。 深青は、土石流で荒れ果てた境内のなかでその生き残った塚に一心に祈り、そのまま命尽き果てた。


 どの社に何を祀ってあるのかはもはや誰も知らなかった。


 祠に封じられたのは、奄隠山の正しい守護神、龍神シラセノオオ


 一人の青年のおぞましい想いを聞き届けた塚の主は


 荒ぶる蛇神、シラセノオオ


 


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