第9話 ハロウィンと西欧魔女

 十月三十一日、午後六時。

 東京・渋谷。

 街はハロウィンの熱気に包まれていた。

 仮装した若者たちが行き交い、音楽が鳴り響き、スクランブル交差点には人の波が溢れている。

 エリーザは、蓮とリナと一緒に渋谷駅前に立っていた。

「スゴイ......!」

 エリーザは、目を輝かせた。

「コンナにタクサンの人! ミンナ、仮装してる!」

「ハロウィンですからね」

 蓮が説明した。

「日本では、ハロウィンは仮装パーティーみたいなものです」

「ルーマニアと、チガウ」

 エリーザは、周囲を見回した。

「ルーマニアのハロウィン、もっと静か。魔女、祖先の霊、祈る日」

「へえ......」

 リナが興味深そうに聞いた。

「日本のハロウィンは、もう完全にお祭りですね」

 その時、前方から奇妙な集団が近づいてきた。

 全身黒い衣装を纏い、尖った帽子をかぶり、箒を持った女性たち。

 いかにも「西洋の魔女」という格好だ。

 その先頭に立つ女性が、エリーザたちの前で立ち止まった。

「あら......あなたたちも魔女?」

 流暢な日本語だったが、わずかにフランス訛りがあった。

 女性は、身長百七十センチほど。金髪を長く伸ばし、赤い口紅が印象的。黒いドレスに身を包み、首には五芒星のペンダントを下げている。

「ワタシ、魔女!」

 エリーザが答えた。

「ルーマニアから来た魔女!」

「ルーマニア......?」

 女性は、少し笑った。

「東欧の田舎ね。私はシャルロット・デュボワ。フランスから来た、本物の魔女よ」

 その言葉に、エリーザは少しムッとした。

「『本物』? ワタシも、本物」

「ふふ、そうかしら」

 シャルロットは、エリーザを上から下まで見た。

「あなたの服装......農村の魔女みたいね。ダサい」

「ダサイ!?」

 エリーザは、自分の白いブラウスと黒いスカートを見下ろした。

「コレ、伝統的な魔女の服!」

「伝統的......ね」

 シャルロットは、鼻で笑った。

「時代遅れとも言うわ。今は二十一世紀よ。魔女も、モダンであるべき」

 蓮が、横から割って入った。

「あの、シャルロットさん。エリーザさんをバカにするのはやめてください」

「バカにしてないわ。ただ、事実を言っただけ」

 シャルロットは、エリーザに向き直った。

「あなた、どんな魔法を使うの? まさか、『豊作の祈り』とか、そういう農村型魔術?」

「......ソウ」

 エリーザは、少し悔しそうに答えた。

「農村型魔術、ナニが悪い?」

「別に悪くないわ。ただ——」

 シャルロットは、腕を組んだ。

「都会では役に立たないのよ。東京に畑なんてないでしょ?」

「デモ......」

「私が使うのは、『都市型魔術』。お金を引き寄せる魔法、恋人を見つける魔法、成功を呼ぶ魔法——現代人が本当に必要とする魔法よ」

 シャルロットは、自信満々に胸を張った。

「農村型魔術なんて、過去の遺物。都市型魔術こそ、本物の魔法」

 エリーザは、怒りで顔を真っ赤にした。

「チガウ! 農村型魔術、大事! 生命、育てる魔法!」

「生命を育てる? そんなもの、今の時代に必要ないわ」

「必要アル! 食べ物、ナイと、人、生きられナイ!」

「食べ物なら、スーパーで買えばいいじゃない」

 シャルロットは、冷たく言い放った。

 エリーザは、拳を握りしめた。

「アナタ......魔女じゃナイ。魔女のフリした、偽物」

「何ですって!?」

 シャルロットの目が、鋭くなった。

「私が偽物? じゃあ、証明してみせるわ」

 シャルロットは、エリーザを指さした。

「今ここで、『魔女バトル』をしましょう。東欧の農村魔女と、西欧の都市魔女——どちらが本物か、決着をつけるの」

「イイヨ! 受けて立つ!」

 エリーザも負けじと応じた。

 蓮は、慌てて二人の間に入った。

「ちょっと待ってください! ここは公共の場所ですよ!」

「ダイジョウブ、レン」

 エリーザは、蓮の肩を叩いた。

「ワタシ、負けナイ」


 十分後、渋谷の路地裏。

 エリーザとシャルロットは、向かい合って立っていた。

 周囲には、好奇心旺盛な若者たちが集まり、スマートフォンで撮影している。

 蓮とリナは、少し離れた場所から見守っていた。

「リナさん、これ大丈夫なんでしょうか......」

「わかりません。でも、先生、本気です」

 リナは、心配そうにエリーザを見つめた。

 シャルロットが、ルールを説明した。

「魔女バトルは、三つの課題で競う。一つ目——『お金を引き寄せる』」

 シャルロットは、地面に五芒星を描いた。

「私の魔法で、通行人からお金を引き寄せてみせるわ」

 そして、フランス語の呪文を唱え始めた。


「Argent, viens à moi. Par la force de la lune, par le pouvoir des étoiles.」

(お金よ、私のもとに来い。月の力により、星の力により)


 数秒後——

 通行人の一人が、シャルロットに近づいてきた。

「あの......何してるんですか? 面白そう」

 そして、その人は財布から千円札を取り出し、シャルロットに渡した。

「これ、寄付です」

「ありがとう」

 シャルロットは、得意げに笑った。

「ほら、お金を引き寄せたわ」

 観客から、どよめきが起こった。

 次に、エリーザの番。

「ワタシ、『お金を引き寄せる』魔法、ナイ」

「え?」

 シャルロットは、驚いた顔をした。

「じゃあ、負けね」

「チガウ。ワタシ、『人を引き寄せる』魔法、アル」

 エリーザは、ポケットからバジルの葉を取り出した。

 そして、ルーマニア語の呪文を唱えた。


「Dragoste și prietenie, veniți la mine. Inimile deschise, veniți aproape.」

(愛と友情よ、私のもとに来い。開かれた心よ、近づいて来い)


 呪文を唱え終わると——

 周囲の観客たちが、次々とエリーザに近づいてきた。

「すごい! 本物の魔女だ!」

「写真撮っていいですか?」

「私も呪文教えて欲しい!」

 人々は、エリーザに笑顔で話しかけてきた。

 そして、何人かが自発的にお金を差し出した。

「これ、応援の気持ちです」

「魔女さん、頑張ってください」

 気がつくと、エリーザの周りには十人以上の人が集まり、合計で五千円以上が集まっていた。

 シャルロットは、唖然とした。

「......何これ」

「ワタシの魔法、『心』、引き寄せる。お金、後からついてくる」

 エリーザは、笑顔で答えた。

「アナタの魔法、『お金』だけ。心、ナイ」

 観客から、拍手が起こった。


「......まだ終わってないわ」

 シャルロットは、悔しそうに言った。

「二つ目の課題——『恋人を引き寄せる』」

 シャルロットは、観客の中から一人の若い男性を指名した。

「あなた、恋人いる?」

「いえ、いません」

「じゃあ、私の魔法で、あなたに恋人候補を引き寄せてあげる」

 シャルロットは、再びフランス語の呪文を唱えた。


「Amour, trouve cette personne. Par Vénus, par Cupidon.」

(愛よ、この人を見つけよ。ヴィーナスにより、キューピッドにより)


 呪文を唱え終わると、シャルロットは観客の中から一人の若い女性を連れてきた。

「あなた、この人と話してみて」

 男性と女性は、少し戸惑いながらも会話を始めた。

「あの......初めまして」

「初めまして」

 二人は、少しぎこちなく笑い合った。

「ほら、恋のきっかけを作ったわ」

 シャルロットは得意げに言った。

 次に、エリーザの番。

「ワタシも、恋愛成就の魔法、アル」

 エリーザは、バジルの葉を取り出した。

「コレ、『恋のハーブ』。三週間、育てる。ソシテ、告白の時、握る」

 エリーザは、観客の中から一人の女性を呼んだ。

「アナタ、好きな人、イル?」

「はい......います」

「ジャ、コレ、持って帰って。三週間、育てて。ソシテ、告白」

 エリーザは、バジルの種を女性に渡した。

「三週間後、ゼッタイ、成功する」

 女性は、種を大切に受け取った。

「ありがとうございます......頑張ります」

 その姿を見て、観客から再び拍手が起こった。

 シャルロットは、少しイライラした様子だった。

「......それって、魔法なの? ただの種じゃない」

「種、魔法の道具。育てること、魔法の過程」

 エリーザは、真剣な目でシャルロットを見た。

「魔法、即効性、ダケじゃナイ。時間かけて、育てる魔法、アル」

「......屁理屈ね」

 シャルロットは、腕を組んだ。

「最後の課題——『願いを叶える』」


 シャルロットは、観客の中から一人の中年男性を呼んだ。

「あなた、何か願い事ある?」

「えっと......仕事で成功したいです」

「わかったわ。私の魔法で、成功を引き寄せてあげる」

 シャルロットは、五芒星のペンダントを掲げた。

 そして、呪文を唱えた。


「Succès, viens à cette personne. Par le pouvoir des anciens, par la volonté du destin.」

(成功よ、この人のもとに来い。古代の力により、運命の意志により)


 呪文を唱え終わると、シャルロットは男性の額に手を当てた。

「これで、あなたの運命が変わる。信じなさい」

 男性は、半信半疑の顔で頷いた。

「......ありがとうございます」

 次に、エリーザの番。

 エリーザは、同じ男性に尋ねた。

「アナタ、仕事、ナニしてる?」

「営業です」

「営業......難しい?」

「はい。なかなか契約が取れなくて......」

 エリーザは、少し考えてから、ポケットからローズマリーを取り出した。

「コレ、『記憶のハーブ』。ローズマリー」

 エリーザは、ローズマリーを男性に渡した。

「コレ、ポケットに入れて、仕事行く。ソウスレバ、大事なこと、忘れナイ。自信、持てる」

「ありがとうございます......」

 男性は、ローズマリーを受け取った。

 そして、エリーザは続けた。

「デモ、一番大事なのは——」

 エリーザは、男性の目をまっすぐ見た。

「アナタ自身、頑張ること。魔法、手伝うだけ。最後、アナタが決める」

 男性は、その言葉に深く頷いた。

「......わかりました。頑張ります」

 観客から、大きな拍手が起こった。

 シャルロットは、もう完全に言葉を失っていた。


 魔女バトルが終わった後、シャルロットはエリーザの前に立った。

「......私の負けね」

 小さな声で認めた。

「アナタの魔法、本物だった」

「シャルロットの魔法も、本物」

 エリーザは、笑顔で答えた。

「ただ、魔法、使い方、チガウ」

「使い方......?」

「ウン。シャルロット、魔法、『結果』、求めてる。ワタシ、魔法、『過程』、大事にしてる」

 エリーザは、シャルロットの手を握った。

「ドッチも、正しい。ドッチも、必要」

 シャルロットは、少し驚いた顔をした。

「......あなた、怒ってないの? 私、あなたをバカにしたのに」

「怒ッテナイ。アナタ、魔法、愛してる。ソレ、ワタシと同じ」

 エリーザは、温かく微笑んだ。

「農村型魔術、都市型魔術、ドッチも大事。世界、両方、必要」

 シャルロットは、目に涙を浮かべた。

「......ありがとう」

 そして、二人は抱き合った。

 観客から、盛大な拍手が起こった。


 その夜、渋谷のカフェで、エリーザ、シャルロット、蓮、リナが集まった。

「改めて、自己紹介するわ」

 シャルロットが言った。

「私はシャルロット・デュボワ。フランス・パリで魔女をしてる。専門は都市型魔術——恋愛、金運、成功を引き寄せる魔法」

「ワタシ、エリーザ・ポペスク。ルーマニア出身。農村型魔術、使う」

 二人は、笑顔で握手を交わした。

「シャルロット、ドウシテ日本に?」

「観光よ。ハロウィンの時期に日本に来たら、面白いかなって」

 シャルロットは、コーヒーを一口飲んだ。

「でも、まさか本物の魔女に会えるとは思わなかった」

「ワタシも」

 エリーザは笑った。

 蓮が、二人に尋ねた。

「シャルロットさん、西欧の魔女と東欧の魔女って、何が違うんですか?」

「いい質問ね」

 シャルロットは、ノートを取り出した。

「西欧の魔女——特にフランスやイギリスの魔女は、『個人主義』なの。一人一人が独立して活動する」

「ルーマニアの魔女、『共同体主義』」

 エリーザが補足した。

「村の魔女、みんな、協力する。一人じゃナイ」

「なるほど......」

 蓮は、メモを取った。

「それに、西欧の魔術は『理論的』なの」

 シャルロットが続けた。

「占星術、錬金術、カバラ——色んな学問と結びついてる」

「ルーマニアの魔術、『実践的』」

 エリーザも続けた。

「理論、少ナイ。デモ、何百年も、試して、効果アルもの、残ってる」

「面白いですね」

 リナが目を輝かせた。

「つまり、西欧は『科学的魔術』で、東欧は『伝統的魔術』ってことですか?」

「ソウ!」

 エリーザとシャルロットは、同時に答えた。

 そして、二人は笑い合った。


 その後、シャルロットが提案した。

「ねえ、エリーザ。『世界魔女サミット』を開かない?」

「世界魔女サミット?」

「そう。世界中の魔女が集まって、知識を共有する会」

 シャルロットは、興奮気味に続けた。

「東欧、西欧、アフリカ、南米——色んな地域の魔女が集まれば、もっと魔法が発展するわ」

「イイ! ソレ、シタイ!」

 エリーザも目を輝かせた。

「イツ、ドコで?」

「来年の春、パリでどう?」

「パリ......!」

 エリーザは、少し考えてから頷いた。

「イイ! 行ク!」

 蓮が、横から尋ねた。

「俺たちも、参加していいんですか?」

「もちろん!」

 シャルロットは笑顔で答えた。

「魔女だけじゃなく、魔女を研究する人も歓迎よ」


 その夜、エリーザは一人で部屋に戻り、スマートフォンでマリアにメッセージを送った。


『マリア、今日、フランスの魔女に会った。最初はケンカしたけど、最後は友達になった。世界中の魔女、みんな、同じ。魔法、愛してる。来年、パリで世界魔女サミット開く。あなたも来て』


 数時間後、マリアから返信が来た。


『エリーザ、すごいわね。世界中の魔女と繋がってるのね。私も、できれば参加したい。でも、ルーマニアの状況、まだ厳しい。でも、希望は持ち続けるわ』


 エリーザは、メッセージを読んで涙を流した。

「マリア......必ず、あなたも自由になる」

 小さく呟いた。


 翌日、シャルロットは帰国する前に、もう一度「呪文屋」を訪れた。

「エリーザ、これ、お土産」

 シャルロットは、小さな箱を渡した。

 中には、フランスの魔女が使うハーブとオイルが入っていた。

「フランスの魔女の秘密の道具よ」

「アリガトウ、シャルロット」

 エリーザも、シャルロットに布袋を渡した。

「コレ、ルーマニアのハーブ。大地の力、込められてる」

「ありがとう」

 二人は、最後に抱き合った。

「また会おうね、エリーザ」

「ウン、また会おう」


 シャルロットが去った後、蓮はエリーザに尋ねた。

「エリーザさん、今日の魔女バトル、楽しかったですか?」

「ウン、楽しかった」

 エリーザは笑顔で答えた。

「最初、怒ってた。デモ、シャルロットと話して、わかった」

「何がですか?」

「魔法、色んな形、アル。ドレも正しい」

 エリーザは、遠くを見つめた。

「ワタシの魔法、一番、じゃナイ。デモ、ワタシにしかデキナイ魔法、アル」

「それが、農村型魔術ですね」

「ソウ。生命、育てる魔法。時間、かかる。デモ、確実」

 エリーザは、蓮を見た。

「レン、ワタシ、パリ、行きたい」

「世界魔女サミットですね」

「ウン。世界中の魔女、会いたい。知識、共有したい」

 蓮は、笑顔で頷いた。

「俺も、一緒に行きます」

「アリガトウ、レン」


 その夜、蓮は「魔法検証ノート」を更新した。


【魔法検証ノート 第9回】

テーマ:西欧魔術と東欧魔術の違い

【出会い】

フランスの魔女・シャルロットとの出会い。

最初は対立したが、最終的に理解し合った。

【魔術の違い】

西欧魔術(都市型)


個人主義的

理論重視(占星術、錬金術との融合)

即効性を求める

恋愛、金運、成功など、現代的ニーズに特化


東欧魔術(農村型)


共同体主義的

実践重視(何百年もの試行錯誤の蓄積)

プロセスを大切にする

生命、自然、農業など、伝統的価値に基づく


【結論】

どちらも正しい。どちらも必要。

世界は、多様な魔法によって支えられている。


 蓮は、ノートを閉じた。

 そして、思った。

 魔法は、一つじゃない。

 世界中に、無数の魔法がある。

 それぞれが、それぞれの文化を反映している。

 そして——

 それらすべてが、人を幸せにするために存在している。


【第九話 了】

次回、第十話「最終話・魔女の帰郷」へ続く。

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