39.まずは素材の選定

「これが、周辺で採取できる素材の一覧だな」


 そう言いながら、シオンさんは私の机の上に分厚い本を次々と積み上げていった。一冊や二冊ではない。気が付けば、机の半分が埋まるほどの冊数になっている。


「これだけあれば、布に使えそうな素材も見つかるだろう。もっとも、ここに載っていないものも存在するがな。もし、目当ての素材が見つからなかったら、遠慮なく言いなさい」

「ありがとうございます。これなら、しっかり探せそうです」


 私は軽く頭を下げると、目の前に積まれた本の背表紙を見渡した。植物素材、魔獣素材、繊維系素材……分類ごとに分かれていて、調べやすそうだ。


 破けない布を作るためには、まず素材選びが重要になる。耐久性が高いだけでなく、加工しやすさや、肌触りも考えなければならない。適当に選んでいいものではなかった。


 そうした条件を一つ一つ思い浮かべながら、私は一冊目の本を開く。紙の擦れる音とともに、未知の素材の情報が目に飛び込んできた。


 ここからが、本当の下調べだ。


「まず、必要な糸の素材を探します」

「一番重要な部分だな。良い素材が見つかればいいのだが。どんなものがあるんだ?」

「待ってくださいね」


 私は分厚い繊維系素材の本を机の中央に引き寄せ、ぱらぱらと頁をめくっていく。すると、シオンさんが隣にきて本を覗き込む。


「ええと……まずは一般的なところからですね。スピナ草の繊維。丈夫さは普通ですが、軽くて加工しやすい……ただ、水に弱い、と」

「よく使われる布の原料か。普段着向けだが、耐久力を求める用途には向かん」


 私は頷きながら、次の項目に指を滑らせる。


「次はグラニットシープの毛。耐寒性が高くて、保温性も抜群……でも、繊維が太くて、肌触りはやや硬めです」

「防寒具には最適だが、動きやすさを重視する服には少し難があるな」


 さらに頁をめくる。


「ウッドスパイダーの糸。引っ張り強度が高く、細くても切れにくい……ただし、湿気を含むと伸びやすい、って書いてあります」

「上級者向けの素材だ。扱いを誤ると、形が崩れるが……上手く使えば相当丈夫な布になる」


 私は思わず、その一文を何度か読み返した。強度は十分。ただ、安定性に欠ける。


「次は……鉄樹綿。植物性だけど、繊維が金属繊維に近い性質を持つ。耐熱性、耐摩耗性が高い代わりに、加工が難しい、ですね」

「鍛冶職人や錬金術師が嫌がる素材か。扱える者は限られそうだが、完成品の性能は良さそうだ」


 その言葉に、私は小さく笑った。


「つまり、私向きですね」

「……否定はしない」


 少し進んで、また別の項目に目が止まる。


「月光虫の繭糸。軽量で柔軟、魔力伝導率が高い……その代わり、物理的な衝撃には弱い、か」

「魔術師のローブ向けか。補強なしでは戦闘用には使えん」


 一つ一つ、特性を読み上げながら、私は頭の中で条件と照らし合わせていく。破けにくさ、加工性、着心地。どれか一つでは足りない。


「単一素材だと、どうしても欠点が出ますね」

「そうだな。だからこそ、混紡や補強が考えられる」


 シオンさんの言葉に、私は静かに頷いた。


「糸そのものを組み合わせるか、織り方で補うか……」

「そうですねぇ……。両方の面から攻めてみましょうか。鉄樹綿、月光虫の繭糸を合わせましょう。だけど、このままだと着心地は良くありません」

「そうか? 十分だと思うのだが……」

「冒険者は動きますからね。出来れば生地が伸びるものがいいでしょう」


 私は顎に指を当てたまま、もう一度本へと視線を落とす。


「生地が伸びる……となると、弾性ですね。ただ柔らかいだけだと、すぐにヘタってしまいますし」

「衝撃を受けて、元に戻る力が必要だな」


 シオンさんの言葉に、私は小さく唸りながら頁を繰った。繊維系の後半、補助素材や特殊用途の項目だ。


「伸縮性……伸縮性……」


 しばらく探していると、ふと見覚えのある単語が目に入った。


「……あ」


 私は指を止め、その項目を読み上げる。


「高位スライムの外皮。衝撃吸収性に優れ、圧力を分散し、形状復元能力が高い……。主に内張りや、緩衝材として使用される、です」

「ほう。確かに、強いスライムほど攻撃を受け流すな」


 シオンさんは納得したように頷く。


「殴っても、斬っても、ぐにゃっと受け止めて……すぐ戻る。あれは確かに厄介だ」

「ですよね」


 私は、そこから先を読み進めながら、頭の中でイメージを膨らませていく。


「外皮そのものは布には使えませんけど……この衝撃吸収性と復元力の性質だけなら応用できそうです」

「応用、か」


 私はゆっくりと顔を上げた。


「スライムの体って、繊維じゃなくてゲル状ですよね。でも、成分を分解して、弾性を持つ部分だけを抽出できれば……」

「それを、糸に?」

「はい。糸に合成して、その特性を引き継がせます」


 錬金術があれば、それが可能だ。ただの糸が伸縮性のある特性を宿らせることが出来る。


「引っ張られた時は伸びて、力が抜けたら戻る。衝撃も吸収する。そういう糸になります」

「なるほど……布自体がクッションの役割を果たすわけか」


 シオンさんの目が、少しだけ鋭くなった。


「だが、スライム素材は扱いが難しいぞ。加工を誤ると、ただの粘液になる」

「分かってます。でも――」


 私は再び本に目を落とし、別の行を指でなぞる。


「高位種ほど、外皮成分の安定性が高いって書いてあります。絶対にこの特性は役に立つにはずです」

「……本当に、よく目を付けるな」


 呆れ半分、感心半分といった声だった。


「つまり、だ。鉄樹綿で強度を確保し、月光虫の繭糸で魔力と柔軟性を補い……そこに、スライム由来の弾性を組み込む、と」

「はい。そうすれば、破けにくくて、動きやすい布になります。それにグラントータスの特性を合わせれば、破れない布になります」


 私の胸が、少し高鳴る。


「糸の段階で伸びるなら、織り上げた後も性能が安定しますし」

「発想が、完全に錬金寄りだな」


 シオンさんは苦笑しつつも、否定はしなかった。


「だが……面白い。冒険者向けの装備としては、理想に近い」

「ですよね?」


 私は本を閉じ、深く息を吸う。


「必要な素材は決まりました。次は素材採取ですね」

「随分と楽しそうだな」

「はい。クラフトに関することは全部大好きです」


 未知の素材、未知の組み合わせ。頭の中では、すでに試作工程が動き始めていた。


 破けないだけじゃない。動きに追従する布。


 それは、きっと今までにないものになる。

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