34.改良初級ポーションの効果(三人称視点)

 大規模な魔物掃討戦が始まり、王国はついに総力を挙げた。


 北方の魔力脈が乱れ、各地の魔物が突然として活性化し、群れの規模は瞬く間に膨れ上がった。村を襲い、街道を塞ぎ、領都の周囲にまで波のように押し寄せた。もはや一領地が対処できる規模ではない。


 国王は速やかに討伐令を発し、王国騎士団、魔導士団、そして王都直属の守備隊が一斉に出陣した。


 地方領からも精鋭が召集された。各地の街道は、武装した部隊で埋め尽くされ、兵站隊が列をなし、国を挙げた戦争の様相を呈していた。


 前線は広大だ。


 森、丘陵、湿地帯――場所ごとに異なる魔物が押し寄せ、どれもが自然発生とは思えないほどの凶暴性を帯びている。


 王国騎士団は厚い盾壁で前を塞ぎ、押し寄せる魔物の群れを受け止める。


 魔導士団は後方から連続で大魔法を撃ち込み、焼き払い、凍らせ、吹き飛ばす。


 斥候騎兵は戦況の隙間を駆け、包囲されそうな部隊の補助へ走り、神官が負傷者に治癒を施す。


 どこを切っても苛烈な戦いで、戦線は押しては戻され、戻しては押す、まさに拮抗そのものだった。


 魔物は尽きない。


 倒しても倒しても、霧のように湧き、波のように押し寄せる。騎士たちの鎧には血と泥がこびりつき、魔導士たちは魔力の奔流で息を荒げ、それでも退くことなく前を睨んでいた。


 そんな彼らを支えているのが、錬金術師たちが作ったアイテムだ。人の力では足りない部分を補ってくれる。


 今日も戦線で傷ついた騎士が後方に下がってきた。


「くそっ! 利き腕をやられた! ポーションをくれ!」


 一人の騎士がやっとの思いで後方の陣地に戻ってきた。その利き腕は魔物に噛みつかれて、酷い出血をしている。それを見た、衛生兵は即座にポーションを渡した。


「では、初級ポーションをお使いください」

「初級だと!? この傷は初級じゃ治らないぞ! 中級をくれ!」

「中級は手や足が動かない時に渡します。その様子じゃ、まだ動かせますよね? すみませんが、初級で我慢してください」

「くっ……」


 衛生兵の厳しい言葉にその騎士は苦悶の表情を浮かべる。そして、受け取った初級ポーション。だけど、それは形が違った。


「な、なんだこれは……。いつもの初級ポーションじゃないぞ」

「それは分かりません。でも、ちゃんと鑑定してあるはずですから、初級ポーションなはずです」

「だ、大丈夫なのか?」


 騎士は不安そうな顔をして、そのポーションを見つめた。そのガラス瓶はとても美しく出来ており、まるで調度品のように感じる。透明度の高いガラス瓶に入ったポーションは驚くほどクリアだ。


「……良い匂い?」


 蓋を開けてみれば、良い匂いが漂ってくる。いつもの嫌な臭いじゃない。そのお陰で恐怖心は薄れ、一気にあおって飲んだ。


「んっ! 美味い!」

「美味しいだなんて、珍しいですね。さっ、後は傷が癒えるまで一時間休んでください」

「あぁ……。ん? なんだ?」


 騎士が傷を癒すために休もうとすると、利き腕の違和感に気づいた。


「なんだ? 痛みが引いて……痛くない!」

「えぇっ!? ちょ、ちょっと見せてください!」


 騎士の声を聞き、衛生兵が驚いたように腕を見た。


「……嘘だ。傷が完全に塞がっている! 初級ポーションでなら、傷が残っていてもおかしくないのに!」

「こ、こんなこと初めてだぞ! どうなっている!?」

「わ、分かりません!」


 二人は一瞬で傷が塞がったことに驚きを隠せない。


「本当に初級ポーションなのか!? 一瞬で傷が癒えるなんて、上級ポーションでもありえないぞ! 誰がこれを作ったんだ!」

「瓶についているタグを見れば……。どうやら、ヒナっていう人見たいですね」

「ヒナ? 初めて聞く名前だ。とにかく、この人が作ったポーションは凄い! その人のポーションは大事に扱った方がいい」

「そうですね! あぁ、天の助けだ……。これで、救える騎士が増える!」


 二人はしっかりとヒナの名前を心に刻み込んだ。


 一方、魔導士団の後方に控えていた陣地では――。


「魔力切れよ! ポーションを頂戴!」


 一人の兵士が魔導士を担いで、衛生兵のいる天幕に入り込んだ。すると、衛生兵は落ち着いた様子で確認をした。


「所属を確認します」

「この人は……下級魔導士ね」

「では、初級ポーションを渡します」

「ちょっと! 酷い魔力切れを起こしているのよ! 中級以上が必要だわ!」

「下級魔導士には初級ポーションしか渡せません。申し訳ありませんが、規則ですので」

「くっ……。こんなに衰弱しているというのにっ」


 兵士は悔しそうに顔を歪めて、初級ポーションを受け取った。


「……何よこれ。いつもとは違うじゃない」

「きっと、錬金術師の人が改良したのでしょう」

「改良……。いい効果が現れるのを期待しているわ」


 兵士は期待をして、初級ポーションを魔導士に飲ませた。


「よし、これでいいわ。数時間後に目覚めると思うから、その時はよろしく」

「はい、分かりました。後はお任せください」

「じゃあ、私は行く――」


 兵士が立ち去ろうとした、その時――。


「ハッ!?」

「えっ!?」

「なっ!?」


 その魔導士が勢いよく起き上がった。それには二人が驚き、体を固まらせる。


「体が動きます……。元気が沸いてきます!」

「えっ、ちょっ、ど、どうしたの!?」

「魔力が戻ってきています! 凄い! 初級ポーションじゃ、全回復は無理だと思ったのに!」

「もうですか!? 魔力が回復するのに数時間はかかるというのに!」


 その場にいる全員が驚いた。初級ポーションを飲んで、これほど早く回復することはないというのに。


「まさか……本当に改良が上手くいったポーションだったっていうこと? 制作者は誰になっているの?」

「えーっと……ヒナという人物ですね。ずっと衛生兵をしている私でも初めて見る制作者です」

「新しい錬金術師がやってくれたってことなのね。でも、これで助かるわ」


 新しい錬金術師だけど、そのお陰で助けられた。そのことに二人はホッとした様子だった。


「私、前線に向かいます!」

「大丈夫なの?」

「はい! というか、元気が漲ってきて、今すぐにでも魔法を打ちたいんです!」

「そう、なら一緒に戻りましょう。じゃあ、世話になったわね」

「はい。ご武運を」


 魔導士が元気よく天幕から出ていくと、その後を兵士が追っていった。


「……ヒナ、か。よし、この人の作った初級ポーションはいざという時のために残しておこう」


 そう呟いた声には、震えるような確信があった。


 その日を境に、天幕で名を刻んだ謎の小さな錬金術師の存在は、戦場の兵たちの口伝えで瞬く間に広まっていった。


 まるで戦場に降り立った、小さな英雄譚の始まりかのように。

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