7.商業ギルド
「はぁ、はぁ、はぁっ……つ、疲れた……」
「だ、大丈夫か?」
冒険者ギルドを出て、よろよろと力なく壁に寄りかかった。あんなに長い時間、人と対面したのは久しぶりだ。まるで、寿命を消費したかのような疲労感だ。
「うぅ、これから商業ギルドにいかないといけないの……辛いぃ」
「仕方ないだろう。そうしないと、作ったものが売れないっていう話だからな」
「分かってます……。でも、でもぉ……辛いぃ……」
泣き言を言っても何も変わらないのは知っている。だけど、泣き言を言わないと進めない場合だってあるんだ!
すると、黒猫のシオンさんが私の胸に飛び込んできた。そして、私の頬にすり寄ると、また魔法を発動してくれた。すると、心が温かくなって落ち着いてきた。
「少しは気が楽になったか?」
「は、はい……。すいません、シオンさんに迷惑ばかりかけて……」
「気にするな。ヒナには元気でいてもらわないとな」
シオンさんの優しさが心に沁みる。私、シオンさんがいないと何も出来ない子になっちゃう。
「よし。少しは気が持ち直したから、商業ギルドに行くぞ。紹介状も書いてくれたから、事情は分かってくれるだろう」
「話す内容が減って良かったです。でも、対面は無理ぃ……」
「ほら、今日頑張れば、明日は楽しい素材採取だぞ」
「うぅ、頑張りますぅ……」
足に力を入れて、ようやく歩き出す。腕の中から降りたシオンさんが先導してくれる。その後を、周りに気を付けながら進んでいった。
歩き始めて十数分だろうか、通りに大きな建物が見えてきた。入口では冒険者ギルドと同じように沢山の人が行き交っている。
「うっ、あんなに人が……」
「ヒナ、頑張れ」
「ダメ、産気づいたかも……」
「いつのまに妊娠したんだ」
沢山の人を見るだけで体が異様に重くなる。膝がガクガク震える中、黒猫の手がペシペシと私の足を叩く。
「これで最後だ。頑張れ」
「うぅ……」
シオンさんの応援で少しだけ力が戻る。ゆっくりと出入口に近づいていき、扉から中に入ると――冒険者ギルドと同じ光景が広がっていた。
「うっ、生まれる……!」
「こんなことで産気づくな」
お腹を押さえて蹲ると、シオンさんの呆れた声が聞こえてくる。
「ほら、どこの人がいいんだ? 今回は獣人がいないようだが……」
「そ、そんな! 獣人さんがいないなんて!」
人と対面するよりも、獣人さんと対面するほうが楽だったのに!
「うぅ……」
どの人がいいかな……。あの人は美人過ぎて圧が凄いし、キャリアウーマン的な人も圧が強いし……。あっ、あの人は小さいから圧がそんなに強くない。
「じゃあ、あの小さい人のところで」
「分かった。行くぞ」
黒猫のシオンさんが先に行き、その後をおどおどしながらついていく。
「ようこし、商業ギルドへ! どのような用件ですか?」
「この子の登録に来た」
「分かりました。どうぞ、席にお掛けください」
冒険者ギルドでも見たやり取りを見ながら私は席に着いた。
「ほら、ヒナ。紹介状を出すんだ」
「あ、はい。あの……これを……」
プルプル震える両手で紹介状を手渡す。すると、お姉さんが嬉しそうな顔をして受け取ってくれた。
「紹介状持ちだったんですね。今、中身を確認しますので、少々お待ちください」
そう言って、お姉さんは封を切って中の手紙を確認する。ニコニコとした笑顔で読み進めていった時――。
「……えっ」
突然、真顔で低い声を出した。
「ひっ!」
な、何々!? 冒険者ギルドで同じ光景を見たんだけど!
「……えっ、こ、これ……本当に、あ、あ、あなたが?」
「ひ、ひぃっ!? は、はいっ!? た、多分……わ、私だと……思いますぅっ!」
目の前で固まっていたお姉さんが、手紙をプルプルと震える手で持ち直した。明らかに動揺している。というか、顔が引きつっている。
「こ、こ、この……全技能適性有りって……え? な、何ですか、これ!? ま、まさか、冗談ではないですよね!?」
「じょ、冗談!? い、いえっ! そ、そんな……! わ、分か……らない、ですけど、多分……ほんと、だと思いますぅ!」
「ほ、ほんとに!? ほ、本当に、あなたが!?」
「は、はいぃ!? た、多分ですけどぉっ!!」
お互いに目を見開き、体をガクガクと震わせ、動揺と動揺がぶつかり合ってカオスな空気になる。
すると、ガッと私の手を掴んできた。
「ヒィィッ!?」
「え、えっと……念のために確認なんですけど、この魔道具製作Lv.10(MAX)とか錬金術Lv.10(MAX)とか……本当、ですか?」
「ほ、ほんとですぅ……! 手、手を、手を離して、くださいぃ……!」
「す、すごい……すごすぎる……! この歳で……!?」
「え、えぇぇ!? あの、わ、私……そ、そんなつもりじゃなくて……!」
動揺していたお姉さんの目がギラリと輝き、顔が一気に営業スマイルへと切り替わった。さっきまでの狼狽が嘘のように、完璧なプロの笑顔が貼り付けられ、それが逆に恐ろしい。
「おめでとうございますっ! すごい逸材ですっ! いえ、もはや天才クラフトマスター様ですねっ!」
「えっ、あのっ、えぇぇぇ!? い、いやいやいやいや!? そ、そんなことないですぅぅぅっ!」
お姉さんが両手を強く握って身を乗り出す。離れようとしても、椅子の背もたれがそれを邪魔する。
「ようこそ、商業ギルドへっ! 我々としても全力でサポートいたしますっ! どんな素材でも、ご希望があればすぐにご用意いたします!」
「え、えっ!? そ、そんな!? い、いらないですぅっ! 普通で大丈夫ですぅっ!」
「いえいえっ! そんなわけにはいきませんっ! あなたほどの方には専属の担当者をつけさせていただきますっ! そして専用の作業室、優先素材枠、ギルド負担による試作品予算も!」
「や、やめてぇぇぇっ!? そんな贅沢したら胃が痛くなりますぅぅぅ!!」
両手をぶんぶん振って後ずさるが、すでにお姉さんは完全に上客モードだった。机越しに深々と頭を下げ、まるで王族相手のような口調になる。
「どうか、当ギルドをお使いくださいませ、ヒナ様! 研究資金の融資も、協力職人の斡旋も、すべて最優先でご案内いたしますっ!」
「ヒ、ヒナ様ぁ!? や、やめてくださいぃぃぃ!! 私そんな立派な人じゃないですぅぅぅ!!」
「いえ! どうかご遠慮なさらず! あなたのような天才の輝きを曇らせては、我らギルドの恥っ!」
「ま、眩しいぃ……! 圧がっ、圧が強いですぅぅぅぅ!!」
お姉さんの笑顔が輝きすぎて、視界が白くなっていく。そして――。
「ひゃぅ……」
ぷしゅー、と音がしそうな勢いで机の上に突っ伏した。
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