キチガイ魔法少女は決して魔法を使わない

本を書く社畜

第1話 封印少女、退屈に笑う

錆びついたベランダの手すりに、朝霧ミナトは腰をかけていた。

午前十時。空はどこまでも青く、今日も世界はちゃんと回っている。


彼女は元“最強”と呼ばれた魔法少女だった。五年前、制御不能の魔法を暴走させ、街の一部を焼き払った過去がある。

以来、ミナトは魔法を捨てた。いや、正確には、二度と魔法を使わないと誓ったのだ。


「さて、今日の昼飯は何にするか」


携帯をスライドし、開いたアプリの画面は真っ黒だった。通知もメッセージも、何もない。

安アパートの隣室から、子供の声が聞こえる。楽しげなシャボン玉の破裂音が微かに響く。


「無邪気って、ある意味最強の呪文だよな……」


そうつぶやいて、ミナトは風に揺れるシャボン玉を見つめた。


その時、突然耳元にざらりとした声が響いた。


「ミナト……起きてる?」


「寝てるわけねぇだろ、イブ」


空間がひずみ、黒猫の幻影が現れた。彼女の名はイブ。

黒い煙のような体に、いつもヒールをカツンと鳴らしている。声は艶っぽく、どこか皮肉屋だ。


「久しぶりね、元・天才魔法少女さん。呼び出しだって」


「またかよ……」


「公式には引退は“保留中”よ。第七区で魔法災害が発生してる」


イブが示すのは、ぼろぼろのビル群と、灰色に沈む街並みだった。

そこでは誰もいないはずの交差点が妙に歪み、空気さえも波打っている。


「ふん。あたしが関わらなきゃ誰かが燃えるだろうな、また」


「そうよ。魔法が暴れるのは、放っておけない」


ミナトは軽くため息をつき、ベランダの手すりに寄りかかる。


「魔法を使わないって決めたのに、どうしてあんたはそんなこと言うかな」


「魔法は使わない。でも、現実には魔法のせいで壊れた街がある。あんたしか止められない」


イブの声は冷たくも熱を帯びていた。


「……めんどくせぇ!」


ミナトは地面を蹴って立ち上がる。拳を握りしめて、空を見上げた。


「魔法なんて使えねぇ。けど、沈黙も嫌いだ」


「その言葉、聞いたことある……あんたの昔の口癖よね」


イブがくすりと笑う。


「よし、行くぜ。魔法を使わず、因果を切り裂いてやる」


こうして、無魔の魔法少女、朝霧ミナトの新たな戦いが幕を開けた。


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