第4話 おっさん、困惑する

 自己紹介もなんとか無事に終わり、忘れていた朝食に。


「朝食を食べようよ。早くしないと冷めちゃうよ」


 思い出しかのようにアンジェが言う。


「うん、ご飯は大事」とレビィ。


 全員が手を合わせて、


「「いただきまーす!」」


 今日の朝食はベーコンエッグに丸っこいパン、それに野菜が入ったスープだった。

 色どりもさることながら、栄養バランスも考えられたメニューだ。いい匂い。美味い。

 俺は食事をしながら、さっきの皆の態度について褒めることにした。

 パーティーメンバー同士の関係を深めるコツの一つ。良いことは良い、ととにかく褒めることだ。


「それにしても皆、事務仕事の大変なところを分かってくれてるんだな。その歳でそこまで理解してもらえるなんて、おじさんは嬉しいぞ」

「いや──、まあ……だってな」

「はい。こちらもその……色々とありまして」


 急に歯切れが悪くなる。

 マリアとアンジェのやり取りに俺が首を傾げていると、「その話は食事の後にゆっくりと」ということなので、ひとまず美味しい朝食を楽しんだ。


**


「ここが一応、このパーティーの事務室です」


 朝食後に、アンジェに連れて来られたのはパーティーハウスの一階にある、とある部屋だった。

 部屋は六畳くらいの広さ。部屋の中には、そこそこ大きな事務机が置かれている。

 そしてその上には、何やら書類らしき紙が乱雑に置かれていて、何枚かの紙が床にも散乱していた。

 徐に一枚の紙を拾い上げた俺は、思わず「うっ」と詰まった。


「これは、何だ」


 書類に“何か”が書かれている。何かは書かれているのだが、それはまるでナメクジが通った後かのような、ぐにゃぐにゃの模様にしか見えない。

 推測だが、一応「字」のようだったため、かろうじて読めるものは読んでみた。しかし、あまりに誤字脱字も多く、中身も文章の体をなしていない。


「ううっ、一応……報告書のつもりなんだけど……」とアンジェ。


「報告書? これが?」


 初めて文字の練習した子供だとしても、もう少し上手に書けるぞ、と思うレベルである。


「それで、これがどうかしたのか?」

「全然上手く書けないし、頑張って書いても突き返されちゃう……」


 冒険者は、単にクエストをこなせばいいわけではない。

 クエストをこなし、魔石や素材を収めさえすればいいとか思っている者も多いが、それは古きよき時代──昔の話だ。

 今や冒険者もクエストの受注や達成の都度、ギルドできちんとした手続きをとる必要がある。

 それには、書類のやり取りが必要不可欠だ。


「だったら、以前はどうしてたんだ」

「ボク達、最近Cランクになったばかりなんだ。以前はDランクだったから」


 ああ、なるほど。『特例冒険者制度』ね。

 入門のEランクや半人前のDランクのパーティーに厳格な手続きを課してしまうと、冒険者のなり手が少なくなる。それに費用対効果の面から見ても大変だろうということで、こうした一部の手続きギルドが行ってくれる特例冒険者という制度がある。

 その場合、報告や税務申告は極めて簡易的なものでいい。しかも冒険者ギルドの支部にもよるが、ある程度のことなら無償もしくは格安で代行してくれるところもある。


 このレベルの冒険者がもたらす情報はギルドからしてもたかが知れているし、お役所としてもそこまで儲けの出ない半人前どもに納税を期待していない、ということなんだろう。

 一応は対外的に「きちんとやっています」というアピールと、今後Cランク以上になったとき、それまで何もする必要がなかった状態からいきなり厳格にするのは負担も大きい。だからそれを防ぐ、という意味もあるらしい。


 Dランク以下は半人前。それ故に、ある意味こうした緩い救済制度に助けられているということだ。

 しかし、Cランク──つまり、一人前の冒険者パーティーとなればそうはいかない。

 一人前という立場に見当った、それ相応の義務と責任が発生する。

 報告や税務申告は通常申告となり、書式もきちんとしたものを使うことが求められる。報告の頻度も以前よりも当然回数が多くなるし、内容についても中身のある「質」が最低限必要だ。


「つまり、Cランクになったと同時に特例冒険者制度がなくなり、事務作業に苦労しているということか」


「うん……。うちのパーティーでも事務の人を雇おうって話ていたんだけど、中々いい人が見つからなくて。それでどうしようかって話をしてる時に、おじさんを見つけたの」


 これは、何という運命の悪戯だ。やっぱり俺の日頃の行いの賜物だよな、これ。うん、絶対そう。じゃなきゃ、世の中あまりに不平等だもん。

 神様、ありがとうございます。おっさんは真面目に生きてきましたから。今度教会に行ったとき、お布施を少し増やしときます。


 兎にも角にも、俺は神に感謝した。


「で、これはこのまま放っておいてもいいものなのか? それとも、急ぎでやらないといけないことがあるのか?」


 俺は事務室に散乱している、ナメクジ文字が書かれた書類を指差して尋ねた。


「あ、そうだ! 冒険者ギルドに提出する報告書が今日までだった!」と慌て始めるアンジェ。


「嘘! 今日!? それを早く言えよ!」


 アンジェは「ごめんなさーい!」と言いながら、俺のドタバタな初日がスタートした。

 まぁ正直、その報告書はベテラン事務職の俺からすればどうってことないもの。あまりに容易いのだがな。

 ただアンジェに話を聞いて、それを軽くまとめるだけの簡単な仕事。


 午前中にはできたので、俺はそのまま冒険者ギルドに出しに行くことした。


「そういえば、このパーティーに雇ってもらうなら正式にギルドに報告しないといけないな。ついでにその関係の手続もやってくるけど、そういえばこのパーティーってなんていう名前だ?」


 さっきまとめたばかりの報告書の最終チェックをしながら、俺はアンジェに聞いた。


「このパーティーの名前は『高嶺に咲く乙女の華団』だよ。いい名前でしょう?」と誇らしげにアンジェが言った。


「……」

「あれ、ダメだった?」

「いや……ダメでもないし、確かにむさくるしい男が多い冒険者の世界で、女の子達だけのパーティーはまさに“華”なんだけどな。ただ、そんな乙女全開のパーティーに俺みたいなおっさんが入る違和感がハンパなくてな。再度確認するけど、俺って、本当にここにいてもいいんだろうか?」


 めっちゃ不安になってきた。


「ああ、そんなことか。別にいいんじゃない? おじさんがクエストに出ることはないだろうし」

「しかし事務職とはいえ、ハウスに閉じこもっているだけじゃないからな。ギルドに行って報告や調整もするし、場合によっては他のパーティーやクランとの折衝もある。全く俺が人目に触れない、ということにはならないぞ」

「う~ん、それならいっそ、おじさんも女の子になればいいんじゃない? 女装でもする?」

「それは勘弁してくれ」


 こんなおっさんが女装して誰が得するんだ。

 逆に、もし俺が変な扉を開いてしまったらどう責任を取ってくれる。

 ただでさえ嫁の影もすら見えないのに。


「ひとまず報告書の提出と、俺のパーティー加入の手続をしてくるぞ。他にギルドに用事があるんならついでにやってくるけど、何かないか?」


「う~ん、特にないと思うけど」とアンジェ。


「分かった。じゃあ、行ってくるぞ」


 俺はそう言ってパーティーハウスを出た。


**


「おお、この場所はあそこか」


 俺は昨日、アンジェ達のこのパーティーハウスへ自分で来たらしいが、あの酒場からここまでどうやって来たのか未だに思い出せん。

 この街には長いこと住んでいるから、周りの景色を見れば大体の場所は分かる。

 冒険者ギルドへは、歩いて十分くらいというところか。


 俺はもう来慣れた冒険者ギルドへと到着し、入り口の扉を開いた。

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