家賃交渉

「アンリさん、お茶のお変わりはいかがですか」

「もちろんですわ、ローザさん。とっても美味しいお茶をいつもありがとうございますわ」


 キャッキャウフフと、アンリとローザがギルドにある机の上で優雅にお茶を飲んでいる。


 どうでもいいけど、そのエセお嬢様言葉はやめた方がいいと思う。


 さて、明らかに様子がおかしな2人であるが、そこには理由が存在する。

 それはズバリ!



①>ワンちゃん

 家賃がいきなり増額されたの。

 これまで、この廃墟に無料で住まわせてもらったけど、いきなり月、金貨30枚って酷くない!


②>エイリアン

 これはルール的にどうなのだろうか。

 家賃を決める権利は家主にある。

 しかし、僕たちはいま複数人を巻き込んで賭けをしているわけで。


③>ビュティ

 これは幾らなんでもひどい。というよりも、この男の性根の悪さがこれ以上なく表れているといってもいい。

 私なんて、これと似たような手口で、金が返済できないところで借金を取り立てられて、財産を根こそぎ奪い取られた。


④>

 わかるわかる。

 私も、借金をあと一歩で返済ってタイミングで、強欲な商人に逃げられて、余計な利子を払わされた。


⑤>

 まじ!


⑥>

 私の場合は、口では利子無しでいいって言ってたくせに、実はきっちり利子を取られた。


⑦>

 まじかよ、こいつクズじゃね。


⑧>

 これはほんと? デマとかでなく


⑨>ワンちゃん

 これが書類の写真なの。

 私たちがダンジョンで潜っている間に告知されて、こんなことになったの。


⑩>

 いくらなんでも最低過ぎないかこれ。


⑪>

 もうさ、あいつから金を借りるのやめないか。

 こっちが弱みを見せたら、根こそぎ金をむしり取られるかもしれない相手なんて信用できないし。


⑫>

 賛成


⑬>

 いくらなんでも信用できないしな。


⑭>

 俺もそうする。




 結論から言おう。

 シャムロックは墓穴を掘ったのだ。

 個人の取引で相手の足下をすくうというのであれば、契約者同士の問題で終わる。


 しかし、シャムロックはより大きな利益を出すために、今回の一件で賭けをしているのだ。


 僕たちに圧力をかけるということは、僕たちにかけている多くの人間に圧力をかけているということになる。


 そんな彼らにとって、今回の家賃増額はルール違反、そうでなくとも重大なマナー違反に映るわけで。


 お金をかけていない観戦者にしても、大金持ちが権力と富をかさに着て、か弱い女の子を虐めているようにしか見えない。


 そう、現在のシャムロックの状況を一言でいうならば、前世における掲示板名物。

 炎上である。

 こっちの世界だと世界初なんじゃないかな。



 今、この町ではあんな極悪人の得になるようなことはダメだという流れができている。


 そんな緊迫した状況なわけだから、あいつのところで金を借りている人の中から苦労する誰かが生まれるかもしれないと不安だったが……。


 何の問題もないとここに断言しよう。


 アイロン兄弟に紹介された武器屋で、僕は一つの世間話をした。

 金貸しを始めたい、あるいは金貸しや質の事業を拡大したいと思っている人物はいないかと。


 偶然、条件に合う人物の話を聞くと、なかなかに善良そうな人物でね。

 何やら、金がないと嘆いていたから、誰だか知らないけど親切なお兄さんが金貨80枚をポンと渡したんだ。


「どうだ、うちのところで金を借りてかないか」


 今、ギルドの前で金を貸そうかと呼びかけている若い金貸しについて、以前何度か顔を合わせたことがある気がするけど、こんな広い世の中だ、他人の空似なんてこといくらでもある。


「おい店主。あのお嬢さんがたの請求は俺に回してくれ。世話になったんだ。いくらでも奢るよ」


「あら、お上手ね」


 その金貸しが、こちらに対して何やら贈り物をしてきたけどこれも……。


 というか、金貸しとローザってやけに距離感近くない。

 いや、それについてとやかく言うのは野暮ってもんか。



「さあ、行こうか」


 そして、僕たちは現在拠点であるスズメバチの巣。

 その周辺で達成可能そうなクエストをいくつか受諾する。

 そのまましばらくダンジョンに潜ることを決めた。


 向こうがやって来た遅延作戦を、今度はこっちがやってやる。



 それから、僕が帰ってきたのはおおよそ10日後だった。


 さあ、これから風呂に入って、どっかの宿でうまいもんでも食ってと色々と計画を立てている中で、クエストの報酬を受け取るために、ギルドへ足を向けると。


「これは一体どういうことですかな」


 僕たちのことを待ち構えていたらしい、シャムロックが嫌味ったらしくこちらに声をかけて来た。


 良く笑顔の起源は威嚇だったと言われている。

 今のシャムロックの顔を見れば納得できる。

 にこやかに笑っているのに、威圧感があった。


 ――ゴン! ゴン!


 いらだちをはきだすかのように、自分のことを書かれている記事を拳で叩きつける。

 黒板は壁にくぎで取り付けられているせいで、小さくバウンドして不快な音を響かせる。


 もう分かる。

 これから、めんどくさい交渉を長々と行わなければならないことが。


 さて、困った困った。

 そして、困ったときにどうすればいいのかなんてことははるか昔から決まっている。


 頼りになる第3者に丸投げすればいいのである。



「え~、なるほどなるほど!」


 自分のおひざ元である、ギルド内での事件だ。

 とっくの昔に事情なんてものはすべて把握しているだろうに、いやな顔一つせず、ソフィアは僕たちの話を聞いてくれていた。

 僕なら切れている。


「この一件は明確に私への挑発だあ、すぐさま撤回を要求するぞ」


「それが違うの。

 この掲示板は、賭けにおいて両者が不正を行わないように、情報を公開する場なの。

 つまり、違反、あるいはグレーこの行動を記載することはルールの範囲内なの」


 アンリとシャムロック。2人の話がぶつかり合う。


「これはあくまで私の考えですが、今回の一件は問題だと思いません」


「それはどうしてですかな」


 こちらに有利な判決に、シャムロックのあらさがしが始まった。


「ここに書かれている内容にウソがありません。

 真実を真実のままに記載することを禁止法律はどこにもありませんから」


 ソフィアの返答は一切の感情を交えない、機械的なものだった。

 幼馴染なのだから、こちらにとって有利な判決を出してほしいが、正論で殴りつけてくるというのはそれはそれで別の頼もしさがあった。


 実際、この公平さのおかげでシャムロックも動くに動けなくなっているしね。



「だが、この掲示板の中に真偽不明の情報が記載されているはずだあ。それが正しいとは限らない」


「でも、私の情報に関しては紛れもない事実なの」


「100のウソの中に1の真実を混ぜ込んでいるだけだろ」


 再度、2人の口論が激化していく。

 シャムロックからすればこの掲示板がもたらす悪評のせいで、多くの顧客を失ったのだ。

 どんな手を使ってでも、この記事を消したいのだろうな。


「だったら、ウソだと思う情報を消してくれないかな。

 こちらとしても、悪口を書かれるのはあまり気分がいいものではないしね」


 これは前世の掲示板でもよくある流れだ。

 当然、シャムロックにはその権利があるから、僕は小さな黒板消しを彼に渡した。


 いいのと、アンリがこちらに疑問を投げかける。

 しかし、構わないというのが僕の出した結論だった。


 何せ、ここまで話が広がってしまったというのであれば、いくら情報を消そうとも人づてに話が広がっていく。


 すなわち、こいつはもう手遅れなのだ。

 いまさら情報を消しても、火に油を注ぐことにしかなるまい。



「ならばこの記事は全てウソだ。

 何せ、この家賃というのはタダのミスなのだから」


 恐らく、こいつもその事実が分かっているのだろう。

 歯を噛みしめ、実に不機嫌そうだ。


「そうだというのならば、私に対して謝罪とお詫びの分を書いてくれるのだよなあ」


「もちろんなの」


 なにせ、こちらとしては家賃さえ元に戻してくれればそれでいいわけだから。

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