本人は真面目に忠告してるけど、よく知らない相手からの言葉なんて届かないよね
「それはどこからの情報でしょうか」
「僕のスキルだよ」
「ふっ」
受付嬢は鼻を鳴らした。
「では、こちらの缶の正式名称はお判りでしょうか」
顔にはいたぶるようような笑みが張りついていた。
「空き缶だよね」
「はい、ありがとうございます」
今度は無表情だ。
「エリアンも分かっていなかったのね。
自信満々に間違った知識を披露するなんてどういうつもりなの」
アンリのしっぽがぶんぶん揺れる。
偉そうにこちらをバカにする姿はメスガキそのものだ。
ならばわからせてやらないと。
「個別名称のほうが良かった?」
「もう結構です」
受付嬢がぴしゃりと言い放った。
「あなたの他にも情報提供を申し出る人材は現れました。
ですが、失敗しております。
何せ、このダンジョンにはスキルや魔法の影響を受けにくいという特性がありますので」
分かるはずがないと論理的に指摘してくる。
「これはコーラ、鉄の方はコーヒー。
それは野菜ジュース、サイダー。
って、いちいち説明していくときりがないよね」
だが、僕にはできる。
それにしても、ここまでドリンクが豊富とはね。
いまから試飲が楽しみだ。
「す……」
「す⁉」
突然の虚無顔。
何を思ってるか分からん。
ころころと表情が変わる姿は見ていて飽きないが、同時に少し疲れてしまう。
「素晴らしい!」
受付嬢の小さく柔らかい手が、僕のごつごつした手をがっしりとつかんだ。
「どんなスキルを使ってもろくに情報が集まらなかったのに!
どうですか、我々といっしょにこのダンジョン調査しませんか!
あなたがいれば調査が10年、いや、100年は早まります」
「い、いえ。そういうのはいいです」
目立たないように気を付けていたのに!
やばい、周囲がこっち見てる。これ絶対目立ってる!
「はぁ~」
隣で、アンリがため息をつく。
皆の期待がまぶしい中、失望が妙に心地よかった。
「ため息なんてはいてどうしたんだよ。幸せが逃げてしまうじゃないか」
「何も知らないアンリに、このダンジョンを説明してあげたかったのよ。
カウンターでも注文方式。
極楽温泉ハコーネ。
巨人の墓石。
第1層だけでも、これだけ魅力的な名所があるのに!」
「何それ知らない、詳しく、もっと詳しく説明して!」
すっごい気になる!
というか、あと少しでこの説明を聞きそびれていたのかよ。
こわ!
「そんなことも知らねぇとは。
お前さん、さてはお上りだな」
のっしのっし、重い足音が響く。
音から、大柄の人物だろうなと、振りむくも誰もいない。
あれと思い、首を斜めにした拍子に、視線が下の方に動き、その男をようやく視界に納めた。
「ドワーフか」
種族統一のファッションであるひげをそっているからか、最初は確信できなかった。
しかし、小柄な体格でありながら、その背中に担がれた巨大な斧を見れば疑惑は確信に変わった。
知り合いもいない土地でいきなり喧嘩をするわけにもいかない。
挨拶の意味も込めて、僕は黙って手を差しだした。
しかし、ドワーフはその手に目もくれない。
「ふむ」
ごつごととした、豆だらけの腕が僕の体をタッチした。
これがあいさつかな?
部族ごとに風習が違うのはよくあることだし。
こちらもあいさつをと思い、膝を曲げ、ドワーフの体に触れようとすると。
「楔帷子に、皮脂がつくじゃねぇか」
手を振り払われた。
「待ってくれ、さっき触ったのはドワーフ式のあおさつじゃないのか」
「相手の筋肉を確かめるのは俺の趣味だぞ」
「趣味だったのかぁ!」
短いやり取りではあるがひとつだけわかった。
目の前のドワーフは変人だ。
「俺の名前はジーグ・アイロン。
これから仲良くしていこうじゃねえか、なかなかによい筋肉をした兄ちゃん」
ジーグは機嫌がよさそうに笑う。
僕は尻のあたりが寒くなった。
突然身体をまさぐられてこれだ。
気のせいだと思うが、尻のあたりがムズムズする。
「僕はエリアンだ。
指摘された通り、つい最近この地にやって来たばかりだけど、よろしくお願いするよ」
営業の基本はどれだけ人脈を持つかだ。
今度こそ、握手をしようと手を差しだしたのだが。
「ふんっ」
「ぐっ」
どうやら、友好を求めていたのはこちらだけだったらしい。
握りしめられた手は万力のように締め上げられていた。
喧嘩を売ってるのかな?
「合格だ。
俺のチームにこいよ。一緒にこのダンジョンを探索しようじゃねぇか」
「その前に、見てくれよ、この手。
赤くなっているじゃないか」
「これはドワーフ流のあいさつだぞ。
手を全力で握り、相手の力量を把握する」
お前さんは知らんだろうがと笑うけど、元から知っていたよ。
でも、なんでいきなり勧誘!
展開が速すぎてついていけない。
だが、使えるかも。
ここでへりくだるなり、失敗するなりして、上げてしまった周囲の評価をリセットしたい。
「勝手なことを言わないでよ。エリアンは私たちの大切な仲間なのよ」
僕の思惑を無視して、2人だけの世界に、アンリが切り込んでくる。
「なるほど」
「ひゃあああぁぁっ!」
アンリの尻尾が体にまきつく。
ジーグがさっきと同じようにアンリの身体をまさぐった。
男相手でもぎり許されないのに、女相手にそれはダメだろ。
「何するのよ。セクハラよ、セクハラ!」
実際、アンリは許さなかったらしい。
ふーッ、ふーッと、うなり声をあげ、威嚇する。
「お主いくつだ」
「15だけど」
「幼児と変わらねえじゃねぇか。
たとえ裸を見ても俺はなにも思わんぞ」
その視線は大平原に突き刺さっていた。
(これだから長命種は……)
長命であるがゆえに、成人までの期間が長い。その上で、自分たちのところで成人とみなされていない相手に対しては子ども扱いである。
ちなみに、ドワーフの成人年齢は30歳だ。
「変態、痴漢、強姦魔!」
もちろん、そんな説明をされて、アンリが納得するはずもない。
特に鍛えてもいない拳がぽかぽかとジーグの体を打つ。
鎖帷子を着ているうえに、元から頑丈さに定評があるドワーフだ。
殴られている側よりも、殴っているほうがどう見ても痛そうだった。
そのせいもあってか、数分もすれば、アンリは息切れを起こす。
「ほら、仲良く、仲良くね。
こんなところで争っても何にもならないんだから」
「えっと、そのよろしくなの」
暴力という形で苛立ちを発散できたからだろうか、笑顔でとは言わないまでも、どうにか表情の引き釣りを隠して自己紹介の握手を求めた。
その手をジーグはつかむことはなかった。
ただ優しく、アンリの肩に手を添える。
「悪いことは言わねぇ。お嬢さん。今すぐダンジョンなんて危険な仕事をやめて、まじめに働き口を探せ」
ありがたいけど、多くの人からは余計なお世話としか思えないような忠告をジークは口にした。
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