第13話

【第十三話 軸狩り(アクス・ブレイカー)】


 世界大会・第3日目。

 ロサンゼルス、サンシャイン・アリーナ。

 朝霧レンの次なる対戦相手は、フランス代表アミー・ルブラン

 ヨーロッパ圏では“軸狩り(アクス・ブレイカー)”の異名で知られる技巧派だ。


 リングの上、彼女は柔らかな笑みを浮かべて立っていた。

 金糸の髪が光に反射し、靴の踵から銀色の鎌状突起が光を放つ。

 その形状は、まるでバランスを切り裂く刃。


「あなたの“軸”――本当に折れないのかしら?」

「試してみればいいさ」

 レンは構えを取り、ギアを構える。


 審判が手を上げた。

「――バトル、スタート!」


 金属音が弾け、二つのギアが激突した。

 アミーのギアは軽量で、不安定な軌道を描く。

 まるで風に乗った羽のように、常にブレながらも崩れない。

 その不規則な動きが、相手の視覚と反応速度を狂わせる。


 レンが一歩踏み込み、正面から弾き飛ばす。

 だが、その瞬間――。


 アミーの足元で鎌が地を掠めた。

 刹那、床を通して伝わる震動がレンの足元を揺らす。

「――っ!?」

 足裏の感覚が狂い、ギアがわずかに傾く。


 金属が擦れる音。

 レンのギアの回転が一瞬乱れた。


「それが私のやり方よ」

 アミーの声が笑う。

「相手の軸を、根元から崩すの」


 レンは歯を食いしばり、膝を沈めた。

 リングの感覚を確かめながら、頭の中で呟く。


(……わかった。あれは地面を利用して、相手の足場ごと軸をズラすタイプだ)

 つまり、立ってる限り逃げられない。


 スズハの声が観客席から飛ぶ。

「レン! “軸”を固定しないで! 流しながら受けて!」

「流す、か……」


 レンは深く息を吸い、腰を落とす。

 ギアを押し込むのではなく、相手の攻撃を弾き流す構えに変えた。


 アミーが笑う。

「耐えるだけ? それじゃまたバランスを取れなくなるわよ!」

「……いや、こっちから合わせる」


 次の瞬間、アミーの鎌が再び床を掠めた。

 地面が小さく震える。

 しかしレンはその揺れに合わせてわずかに重心をずらした。


 ――“軸が揺れた”のではない、“軸ごと動かした”のだ。


 アミーの表情が変わる。

「なに……!?」


 レンのギアが反転。

 わずかにずれた軸が、アミーの動きを逆に利用して突き上げた。

 金属が火花を散らし、リングの中心で二つの光が交差する。


「――ライト・ブレイカーッ!!」


 青白い光が閃き、アミーのギアが宙を舞う。

 そのまま回転を失い、リングの外へ――ドンッ!


 轟音と歓声。


 審判が手を上げる。

「Winner――レン・アサギリ!!!」


 リングの中央で、アミーは息を整えながら笑った。

「なるほど……軸を壊されないんじゃない。軸ごと動くのね」

 レンは苦笑して答える。

「俺の“軸”は固定じゃない。止まらないから、折れないんだ」


 観客が沸き、カメラのフラッシュが光る。

 レンはギアを拾い、空を見上げた。

 青と赤の粒子が、天井へ昇っていく。


「……スズハ、次はお前の番だ」

 呟きながら、レンは拳を握る。

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