第11話

【第十一話 軸、交わる時】


―そして、時は少しだけ流れた。


 海外大会・第1ステージ、ロサンゼルス。

 巨大なアリーナには、轟くような歓声が渦を巻いていた。

 リングの中央――レンは深く息を吸い込む。


 照明が降り注ぎ、空気が熱を帯びる。

 だが、彼の心は不思議なほど静かだった。


 あの日、スズハが言った。

 「余韻は歩きながらでも感じられるの」

 今なら、その意味がよくわかる。

 歩くことも、立ち止まることも、すべて“止まらない”ための一歩だ。


 背後から声が届く。

「レン、あんたの番だよ!」

「……ああ」


 リングに上がる。

 対面のゲートが開き、異国の選手が姿を現した。

 金髪碧眼の青年――マルコ・ヴァレンティーニ。

 世界ランク8位、“逆回転の魔術師”と呼ばれる男だ。


 彼のギアは、反時計回りに光を放っていた。

 レンのギアとは正反対の向き。

 衝突のたびに、相手のエネルギーを喰らい取る特異な機構を持つ。


「朝霧レン、ジャパン!」

「マルコ・ヴァレンティーニ、イタリア!」


 アナウンスが響き、審判が手を上げる。


「――バトル、スタートッ!!」


 瞬間、空気が裂けた。

 ふたりのギアが弾丸のように走り出す。

 赤と青、そして金の軌跡が交差し、激しい火花が散る。


「おおおっ!」

 観客が一斉に立ち上がる。


 ――が、その均衡はすぐに崩れた。


 レンのギアが激しく火花を散らしながら、徐々に減速していく。

「なっ……回転が、吸われてる!?」


 マルコのギアが逆方向へ滑るように軌道を描く。

 まるで水流に逆らう魚のように、衝突のエネルギーを吸収し、自らの推進力に変えていた。


 観客席がどよめく。

「これがマルコの逆回転システム、“リバース・ドライブ”だ!」


 マルコが片手を上げ、冷ややかに笑う。

「速さだけじゃ勝てない。世界は“方向”でも戦うんだ、アサギリ」


 レンは歯を食いしばる。

(方向……軸の向きそのものを逆転させて、力を奪ってるのか!)


 マルコのギアは、まるで対の存在。

 レンが時計回りに回せば、マルコは反時計回りで迎え撃つ。

 エネルギーは衝突のたびに相殺され、やがてレンのギアが押し負ける。


「このままでは……!」

 スズハが観客席で拳を握る。


 レンは目を閉じ、わずかに息を吐いた。

 耳に響くのは、会場の喧騒ではなく――

 あの、リングの「風切り音」だった。


(俺の軸が……相手とずれてる。なら――合わせてやる)


「……スズハ」

 観客席の彼女に届かぬ声で呟く。

「俺は、止まらない。たとえ世界が逆に回っても」


 レンはギアを持つ腕を再び構え、深く息を吸い込んだ。


「“ライト・ドライブ――リバースモード”!」


 会場がざわめく。

 レンのギアが、ゆっくりと逆回転を始めた。

 マルコの目がわずかに見開かれる。


「同じ方向で受け止める気か……!?」


 衝突――!

 しかし今度は、エネルギーが相殺されない。

 むしろ、二つの逆回転が共鳴し、リング上に風圧を生み出す。

 粒子が舞い、赤と金の光が渦を巻く。


 レンが叫ぶ。

「軸が違うなら――合わせればいいだけだッ!」


 回転数が上がる。

 ギアの音がうなり、空気を切り裂く。

 マルコのギアが押し返され、軸がぶれる。


「なっ……! 同調してくるだと!?」


 レンのギアがリング中央を制圧し、反転エネルギーの波を打ち消す。

 マルコのリバース・ドライブが空転し始め、バランスを崩した。


「終わりだ――“ライト・ドライブ・オーバーブーストッ!!”」


 青白い閃光が走る。

 レンのギアが一直線に突き進み、マルコのギアを正面から貫いた。

 衝撃波がアリーナ全体を揺らし、照明が瞬く。


 金のギアが宙を舞い、ゆっくりと回転を止めた。

 リングの上に落ちた音が、会場全体を静寂に包む。


 一拍の間。


 そして――爆発のような歓声。


「Winner――レン・アサギリ!!」


 レンは膝をつき、息を整えた。

 掌の中のギアがまだ熱を放っている。

 それは、ただの勝利の熱ではなく――

 世界が一つ、同じ方向に回った瞬間の熱だった。


 リング越しに、マルコが小さく笑った。

「……負けた。だが、お前の軸……悪くない」

「お互い様だ。お前がいなきゃ、ここまで回れなかった」


 二人はリング中央で握手を交わす。

 観客が再び歓声を上げ、ライトが二人を照らした。


 スズハが観客席で泣き笑いの声を上げる。

「やった……! レン、止まらなかったね!」


 レンはギアを胸に当て、静かに呟いた。

「止まらないさ。たとえ世界が逆回転しても――俺の軸は、前を向いてる」


 青と金の粒子が空へと舞い上がる。

 それは、異なる方向に回りながらも、ひとつの光を描いて消えていった。


 ――止まらない回転。

 世界がどんな向きに回っても、その軸だけは折れない。

 朝霧レンの戦いは、また新たなリングへと続いていく。

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