第31話 やっべ、まじどうしよ



 一方その頃。


 地上では地盤沈下の拍子に生じた揺れによって周囲の民家が倒壊し、甚大な被害を被っていた。


 ペストマスクと漆黒のコートをまとい、正体を隠したフランが『見境なき治癒魔法士団ナイチンゲール』に指示を出す。



「全員ノーフェイスごっこは終わり!! 瓦礫を片っ端から運びなさい!! 生き埋めになってる人を一人残らず救出するのよ!!」


「「「ヒャッハァーッ!!!! 怪我人は全員治療だァ!!!!」」」



 先程まで「風が騒がしい」とか呟いていた者たちが一斉に奇声を上げて行動を開始する。



「ヒャハハハっ!! こっちに埋まってるぞ!!」


「すぐに助けてやるからなァ!! 大人しくしてろォ!!」


「患部は消毒だァ!!」


「ここら辺の建物は崩れそうだからすぐに離れた方がいいぜェ!!」


「慌てず落ち着いて避難しろォ!!」



 ある者は倒壊した瓦礫を掻き分け、またある者は助け出された怪我人を治療し、またある者は民間人の避難誘導を始めた。


 その行動を見て絶句したのは王国騎士団を率いる騎士団長だ。



「副騎士団長」


「あ、はい。な、なんすか?」


「地面が崩落した直後にも関わらず、大した混乱もなく人命救助や避難誘導を始めた彼らは称賛に値する。騎士の手本にしたいくらいだ」


「いや、流石に奇声を上げる彼らを手本にするのはどうかと思うっす」


「対する我ら王国騎士はどうだ?」


「……まだ腰を抜かしてる者が大半っすね」



 騎士団長は髪を逆立て、怒り狂った。


 民を守る義務がある騎士たちが、その義務もない者たちに遅れを取る。


 由々しき事態だった。



「この腑抜けどもがあっ!!!!」


「「「!?」」」


「貴様らいつまで腰を抜かしているっ!! とっとと行動しろ!! 王都各地に配置した騎士を集めて人命救助と避難誘導だ!!」


「し、しかし、クリスティーナ王女の命令もなく騎士を動かすのは……」


「今は非常時だ!! クリスティーナ王女とて人命を最優先にするよう命令なさるだろう!! ケツを蹴飛ばされたくなければ早くしろ!!」


「は、はっ!!」



 普段は愚痴を零すだけであまり怒らない騎士団長が激昂する姿に、騎士たちは背筋をピンと伸ばした。



「でも、行動しろってどうすれば……」


「ノーフェイス……いや、怪人ヒール男か? いや、今はどっちでもいいか。とにかく彼らに加勢しよう!!」


「生き埋めになってる人を探すぞ!!」


「そうだ、鼻の利く獣人を連れて来い!! 彼らなら土の中にいる人間の匂いを嗅ぎ取れるはずだ!!」


「魔法学園から応援に来ている風紀委員の子供たちには避難誘導を手伝ってもらおう!!」



 しどろもどろながらも『見境なき治癒魔法士団ナイチンゲール』に協力する王国騎士たち。


 その姿を見た騎士団長はフランに声をかける。



「失礼、貴殿がノーフェイス殿か?」


「は? ……あ、え、ええ。じゃない、そうだが」


「我らに先んじて人命救助と避難誘導を始めてもらい、感謝する」


「そういう台詞は事が終わってから言うものだ。そもそも礼は不要だがな」



 フランは魔力で声帯を弄り、声を極力可愛い弟のものに近づけて話す。


 と、その時だった。



「ん? あれは……」



 フランの視線の先、まだ『見境なき治癒魔法士団ナイチンゲール』や騎士たちの手が及んでいない範囲にある倒壊した民家。


 そこに群がる数人の人影があった。


 騎士団長は顔をしかめ、フランもペストマスクの下で不快感を露にする。



「へへへ、見ろよ。高そうな家具だぜ」


「このぶっ壊れた家の主は相当な金持ちだったみたいだな」


「嵩張るものはやめておけよ。宝石や貴金属を狙うんだ」


「これでしばらく遊んで暮らせるなあ!!」


「暴れてくれたノーフェイスに感謝しないとだ、ガハハ」



 クズはどこにでも湧く。


 彼らは倒壊した家屋を掘り返して高価なものを盗み去る、いわば火事場泥棒だった。



「この非常時に火事場泥棒とは!!」


「非常時だからこそだろう。騎士は人命救助と避難誘導で忙しい、火事場泥棒に構っていてる暇などないからな」


「それはその通りかも知れんが、目撃した以上は見過ごせん!! すぐに引っ捕らえてやる!!」



 騎士団長が鞘から剣を抜き、火事場泥棒たちの前に立ちはだかろうとした、その時だった。



「こんな時に火事場泥棒なんて……恥を知りなさい!!」


「な、なんだ、お前?」



 一人の少女が火事場泥棒たちの前に立つ。


 その手に持った弩は黄金の光を放ち、神々しく輝いていた。


 少女は自らの名を名乗る。



「私はリディエル・リーンディール、ベルハルト帝国勇者学院二年、勇者候補序列二位のリディエルよ!!」



 勇者学院からの留学生、リディエルだった。


 その名前を聞いた火事場泥棒たちは思わず動きを止めて一言。



「……いや、誰だよ?」


「数年後には初代勇者様よりも凄い勇者になる女よ!! 覚えておきなさい、馬鹿!!」


「ば、馬鹿だとぉ!?」



 火事場泥棒が激昂してリディエルに襲いかかろうとした瞬間、その足下に弩のボルトが刺さる。



「貴方たちにいいことを教えてあげるわ」


「あん?」


「悪いことをして手に入れたお金で遊ぶより、真面目に汗水流して働いて手に入れたお金で遊んだ方が――楽しいのよ!!」


「な、何言ってんだ、お前?」



 リディエルが火事場泥棒を制圧しにかかる。


 その光景を見ていたフランは、ボソッと小さな声で呟いた。



「……ただのいい子ね。ああいう子なら、あの子を任せてもいいのだけど」


「ノーフェイス殿?」


「んん゛っ、失礼した。……ところで騎士団長殿、一つ気になることがあるのだが」


「む?」


「クリスティーナ王女はどちらに?」


「王女殿下ならば広場に設置した天幕に……天、幕に……」



 騎士団長が振り向いた先。


 広場だった場所にはぽっかりと巨大な穴が空き、どこにも王女がいるはずのテントはなかった。



「……」


「騎士団長殿?」


「すぅー、はぁー」



 騎士団長は深呼吸して、一言。



「やっべ、まじどうしよ。残業どころじゃねーわ」


「き、騎士団長?」



 明日誕生日を迎える娘のことを想いながら、騎士団長は大量の汗を流すのであった。







―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話


作者「ちなリディエルはバインバイン」


フ「つまり敵ね」



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