第12話

 今から千年ほど昔、私は生まれました。


 初めてみた景色は丸められた紙の散らばった実験室。


「やった! 成功だ!」


 液体越しに見たマスターの顔は、歪んで見えた。


 生まれながらに、私は完璧だった。


 思考回路は人を凌駕し、四肢の柔軟さはタコにも勝る。


 家事も戦闘も、どんなことでもそつなくこなせた。


 私ほどの性能のアンドロイドを作り上げるというのは、まさに神の偉業だった。


 マスターは私を作って自信を付けたのか、アンドロイドの作成にのめり込んでいった。


 二号機は生まれた直後に、重力に耐えられず自壊した。


 三号機は、言語モジュールがうまく動かなかった。


 四号機も、五号機も、どこか、なにかおかしかった。


 一度作れたから、またできるはず。


 私という最高傑作は、マスターの思考を癌のように蝕み続けました。


 けっきょく私を超えるアンドロイドは作られませんでした。


 まさに奇跡の一作。


 皮肉なもので、マスターはアンドロイドを作れば作るほど、私が自身の身に余る技術だった。


 そう理解してしまったのです。


 過去の栄光。それでもマスターは悲観的ではありませんでした。


 新しいアンドロイドが完成するたびに祭りを開いて、盛大に祝いました。


 町中の人を呼び、花火を打ち上げて、何日もどんちゃん騒ぎ。


 私たちアンドロイドも、いろいろな屋台の経営にせわしなく動いていました。


 そのときのマスターは非常に楽しそうに見えました。


 先日、二号機が旅立ちました。


 ここに残ったアンドロイドは私が最後。


「そこで、ツキ様にはマスターの最後の願いをかなえてほしいのです」


 ——話を終えたセロは振り返った。


 着いたのは、あの四角い部屋の中にあった階段を下りた先。


 位置でいえば、蜘蛛の中心当たりだろうか。


 セロが近づくと、扉は自動で開いた。


 蜘蛛の操縦室のようで、様々なレバーやボタン。外を見られる画面が張られていた。


 それらを一望できる位置に、椅子がタイヨウに背を向けて置かれていた。


「それで、願いって? そんな風貌のやつに、できることなんて、私にはないよ」


「そんな風貌?」


「流石ツキ様です」


 タイヨウは顔をこわばらせた。


 セロが椅子を回転させた。


 椅子に座っていたのは、服まで朽ち果て、骨だけになってしまった骸だった。


 骸には埃ひとつ付いていない。

 セロがそれをまだマスターとして、大切に扱っているのがわかった。

 

「最後にここで、また祭りを開きたい。それがマスターの最期の願いでございます」


「お祭り」


 タイヨウはその単語にピクリと体を動かした。


「そんなん、勝手に開いたらいいじゃない」


「肝心の、花火に使う火薬が無いのです。生憎私たちアンドロイドは、ここを出ることができませんので」


「つまり、私らにあの実を取ってこいって言うんだね?」


「あの実? 火薬じゃなくて?」


「ここの花火は特別でね。サマリーっていう木の実を原料にしてるんだよ」


「左様でございます」


「で、もちろんただでとは言わないよね?」


「ちょっと、ツキ」


 道中の話を聞いて、タイヨウはセロに感情移入してしまっていた。


 タイヨウの中では木の実を持ってきて、祭りに参加することは、決定事項と化していたのだ。


「もちろん。叶えていただいた際には、ツキ様が必ず欲しがるものをご用意いたしておりますが、ここでは言わない方が、よろしいでしょう?」


 セロは、どこか含みのある言い方で、人差し指を自身の口元につけてウィンクした。

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