浪速陰陽師、伊達男にこける? ~ 恋とグルメと陰陽師!浪速カップルの珍道中 ②、宮城編!~

月影 流詩亜

第1話 発端は「伊達男」


 ​「あ~、ヒマや~。

 海里~、なんかオモロいことないん~?」


 ​大阪某所、恋人である舞鶴海里まいづる かいりのアパートで、道頓堀こけるどうとんぼり こけるは畳の上をだらしなく転がっていた。


 秋田への無計画な旅行という名のナンパ遠征から数週間、こけるの財布は海里によって厳重に管理され、彼の行動範囲は著しく制限されていた。


 ​「オモロいこと探す前に、まずそのだらしない体を起こしたらどうや? 邪魔やねん」


 ​キッチンで夕食の準備をしながら、海里が冷たく言い放つ。

 こけるが「ひどいわ~」と口を尖らせた、その時だった。


 ​『……こちらが仙台城跡にあります、伊達政宗公の騎馬像です! いやー、黒の甲冑に金の三日月が映えて、カッコイイですね!』


 ​こけるが惰性で流していたテレビの旅番組が、彼の耳に飛び込んできた。


 ​『この政宗公の、戦国時代とは思えないほど洒落た出で立ちや振る舞いこそが、「伊達者だてもの」という言葉の語源になったとも言われているんですよ』


 ​「……だてもの?」


 ​こけるの動きが、ピタリと止まる。


 ​(伊達政宗……だて まさむね……伊達者……だて……?)


 ​ こけるの脳内で、秋田の「あきたこまち」以来となる、残念な方程式が猛スピードで組み立てられた。


 ​(『伊達だて』……)


 ​(……『DATEデート』!)


 ​(せや! そういうことか!)


 ​こけるは畳の上でガバッと飛び起きた。


 ​(宮城県は、街中のかわいいお姉さんを『伊達デート』に誘いまくれる、「伊達デート男」の聖地なんや! なんちゅう天国!)


 ​「海里! 急用や! 緊急事態発生や!」


 ​「あっ? ゴキブリでも出たんか?」


 ​キッチンからひょっこりと顔だけ出した海里に、こけるは真剣な(フリをした)顔で叫んだ。


 ​「ちゃうわ! 東北の『竜』がワシを呼んどる!

 なんか知らんけど、強力な邪気が仙台あたりから……!」


 ​「はいはい、竜ね。昨日は『財布が寒い』いうて、ウチの金龍様に拝んでた癖に」


 ​「とにかく急用や! 邪気払いのボランティア、陰陽師・道頓堀こける、出動や!」


 ​こけるは海里の返事も聞かず、リビングの押入れに突進した。


 奥に積まれた古びた漫画の山……海里に隠れて買った、くだらないギャグ漫画だ。

 その数冊をどかすと、こけるは壁との隙間に貼り付けた封筒『ヘソクリ・A』をひったくった。


 ​「ほな、行ってくるで!」


 ​「あっ、こら! わけわからんこと言うて!

 晩ごはんの買い物くらい行かんかい!」


 ​海里の呆れた声を背中で聞きながら、こけるは玄関を飛び出す……目指すは新大阪駅。


 その胸は、まだ見ぬ宮城の「伊達デート」への期待で、パンパンに膨れ上がっていた。


 ​(待っててや、仙台のお姉さん!

 ボクと『伊達デート』せえへん?)


 ​バタン!


 ​荒々しくドアが閉まり、アパートに静寂が戻る。


 ​「…………」


 ​海里はキッチンから出てくると、こけるが付けっぱなしにしていたテレビをジト目で見つめた。


 画面では、相変わらずアナウンサーが「いやー、こんな『伊達者』になってみたいものですねぇ」と笑っている。


 ​「…………はぁ」


 ​海里は、この世の終わりかのようなどす黒いため息を一つ吐いた。


 ​「アホや。100パーセント、1000パーセント、『伊達者』を『デートする男』かなんかと勘違いしとる」


 ​ウチを置いて一人で仙台?

 しかもウチの金で買った漫画の裏に隠したヘソクリで?


 ​「……ええ度胸やないか」


 ​海里は静かにスマホを取り出すと、ブラウザを開いた。


 検索ワードは、「仙台 牛タン 極上」


 画面に映し出された、分厚く、艶やかな肉の写真に、海里はゴクリと喉を鳴らす。


 ​「(ニヤリ)……まぁ、ええわ。

 ちょうどウチも、秋田のきりたんぽ以来、美味いもん食べたかったとこやし?」


 ​海里はスタスタと冷蔵庫に向かう。

 そして、その側面に磁石で貼られた「大阪府民共済」の古びたチラシを、すっと剥がした。


 チラシの裏には、こけるが『ヘソクリ・A』を隠すために使った封筒と全く同じものが、セロハンテープで貼り付けられている。


 これこそが、こけるが『ヘソクリ・A』をダミーだと思い込んでいる、本命の『ヘソクリ・B』であった。


 ​「こける。あんたのヘソクリの場所かて、ウチが全部お見通しなんやで」


 ​海里はそこから自分の旅費交通費と、ついでに「(極)牛タン代」を抜き取ると、手際よく荷物をまとめ始めた。


 ​「さて……せいぜい仙台駅で、ウチの『トカゲ男』さんに変身する前に見つけたるわ」


 ​かくして、こけるの「伊達男デート天国計画」は、開始五分で恋人の完璧な監視下に置かれることとなったのである。


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