第23話 煉獄遊郭

数時間前…..




吹雪。

昴達とはぐれ白と灰の世界の中を、桃太郎とバサラが歩いていた。

指は凍りつきかけている。


バサラ:「……ここまでとはな。登山するだけでまるで地獄だ。」


桃太郎(息を荒げながら):「……声を出すな。風に呑まれる。」


二人の足跡が、瞬く間に雪に埋まる。

どこまで歩いても、目印ひとつ見えない。

やがて視界の先に、ぼんやりと赤い光が揺れた。


バサラ:「……あれは……焚き火か?」


光は、まるで人の呼吸のようにゆらめく。

近づくにつれ、それが焚き火ではないことに気づく。

――**無数の“血の灯籠”**が、道の両脇に並んでいたのだ。


灯籠の中には、人の頭蓋が入れられ、内部の血がゆっくりと燃えている。


バサラ:「……坊主の国かと思ったら、悪趣味なもんだ。」


桃太郎(小声で):「……ここに、人がいる。」


雪の地面には、裸足の足跡。

細い女の足跡がいくつも、血の灯籠の間を縫うように続いていた。


風が止み、鈴の音が聞こえる。

それは甘く、どこか淫らな響きだった。


やがて視界の先――

赤い提灯と金色の布、崩れた屋根の群れが現れる。


バサラ:「……まさか、街か?」


桃太郎:「いや――“住宅街だ。」


かつて避難民が暮らしていた小さな町。

しかし今では、雪の上に紅い花弁と肉片が散っていた。

建物の壁には女たちの影絵のような跡が焼き付き、

空気には甘ったるい香と、焦げた血の匂いが混ざっている。


通りを進むたび、どこからともなく笑い声が響く。

それは生者ではない――女と鬼が交わる声。


桃太郎(低く):「……ここはなんだ?」


バサラ:「……人の世の果てってやつだな。」


風が吹き抜けると、遊郭の門が軋んだ。

“赤いのれん”が揺れる――その布には、無数の手形が刻まれていた。

まるで助けを求めるように。


二人は黙って視線を交わす。

そして、足を踏み入れた。


血の灯籠が再び灯り、煉獄の門が静かに閉じた。


風が止み、血の灯籠が通りを照らす。

桃太郎とバサラが足を踏み入れたのは、かつて避難民の街だった場所。

今ではその面影もなく、煉獄遊郭と呼ばれる“鬼の楽園”へと変わり果てていた。


建物の中からは笑い声と嬌声が響く。

だが、その笑いに“自我”はない。

女も男も、生前この街に住んでいた人々だった。

鬼たちに感覚を奪われ、「生きながら娯楽装置にされた住民」。

誰もが笑いながら、泣きながら、無意識に快楽の奉仕を続けている。


桃太郎たちが進む先、通りの両脇には無数の人形のような影。

近づいてみると、それは人間の皮膚を纏った灯籠だった。鬼たちはこの灯籠を「生魂(いきだま)」と呼び、

遊郭の“照明”として使っている。



さらに進むと、紅の提灯が並ぶ通り。

その先に、巨大な円形闘技場「地獄の広場」があった。

群衆の鬼たちが笑い、酒を浴び、鎖に繋がれた人間を舞台に押し出す。

彼らはかつてこの街で暮らしていた夫婦、兄妹、親子たち。


男たちは“道化”として互いを殺し合わせられ、

女たちは巫女鬼に刻印を刻まれ、

血を流しながらも笑顔を作らされていた。


鬼たちはそれを「芸術」と呼ぶ。


「笑顔ほど、美しい苦痛はない。」



その中心に、カラス天狗がいた。

翼を広げ、観衆に向かって声を張り上げる。

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