第17話 過ぎる不安

4人の夕食が終わり、笑い声が響く。

その帰り道、紗織が立ち上がりながら声をかけた。


紗織:「澪ー!後でお風呂いこー!」

澪:「いいよー。今桃太郎を昴の所に連れてくから、その後に用意できたら行くね!」

紗織:「わかった!用意して待ってるね!」


澪は笑顔で手を振り、桃太郎・バサラと共に昴の部屋へ向かう。



廊下の角を曲がったところで――

昴が目を見開く。


昴:「澪……さん!?」

澪:「昴ー!久しぶりー!元気だった?」

昴:「澪さんこそ……で、なんでここに!?」


澪:「東北支部が鬼に襲撃されて、その時にたまたまこの二人に助けられたの。」


昴:「えっ……初めまして。澪さんの同僚の九重昴と申します。

澪さんを助けて頂き、本当にありがとうございました。感謝してもしきれません!」


バサラ:「良いんだ……澪にも助けられたからな。」


澪は嬉しそうに微笑む。

澪:「もう……昴ー。大袈裟過ぎるよ。」


昴:「だって……澪さんが東北支部に行ってから、ずっと不安だったんです。

僕も志願したけど却下されて……。あの時、さよならも言えなかったんですよ?」


澪:「ごめんね。でも、こうやって元気に帰って来たんだから、笑ってよ!

――ってかさ、昴の部屋ベッド空いてない?」


昴:「一つだけ空いてますよ。」


澪:「一つだけかー……」


バサラ:「俺は寝ない。桃太郎、お前が借りろ。戦いに備えて休むのも任務だ。」


桃太郎:「いいのか、バサラ。」


バサラ:「俺には寝床など必要ない。」


そう言って、廊下のベンチに腰を下ろす。


澪:「じゃあ決まり! 桃太郎、明日ね!」


澪は笑顔で手を振り、部屋を後にした。



昴は桃太郎を案内する。


昴:「じゃあ、こちらへ。……ここが僕たちの部屋です。

桃太郎さんは真ん中のベッド、使ってください。」


桃太郎は頷く。


昴:「その格好……どうしたんですか? まさかその格好で……戦ってたんじゃないですよね?」


桃太郎:「いや、防具はつけてはいたが、澪に脱がされたんだ。」


昴:「――脱がされた!?(一瞬、羨ましそうな表情)」


昴:「も、桃太郎さん……澪さんとは……ど、ど、どういう関係ですか……?」


桃太郎:「通りがかった時に、たまたま助けただけだが。」


昴:「……そ、そうですかー(笑)」(内心ほっとしている)


少し空気が和らぐ。

桃太郎はふと棚の上に飾られた写真に目を向けた。

どこかで見たことがあるような――強烈な既視感が脳裏をよぎる。


桃太郎:「……この写真の男は。」


昴:「ああ、この人は僕の師匠です。ダメな僕を、いつも叱って、でも優しかった。

……もう居ません。最後に“俺を守ってくれ”って言って、息を引き取りました。」


桃太郎:「篠塚という男が言っていた。」


昴:「……篠塚隊長に、ですか。そうです……師匠の死を一番悔やんでいたのも篠塚隊長でした。」


少しの沈黙。

昴は自分で空気を変えようと笑う。


昴:「あっ、僕ばっかり暗い話を……すいません。

楽しい話でもしましょうか!」


その瞬間、扉が開いた。


慶士:「おい昴ー!今日酒飲もうぜー……って、あれ?新入りか?」


昴:「あっ、こちらは澪さんを助けてくれた桃太郎さんです。」


桃太郎:「どうも。」


慶士:「俺は加納慶士!慶士って気軽に呼んでくれ!――で、澪を助けたって?

おいおい昴、桃太郎に澪取られちまうぞー?ウシシシ!」


昴:「な、何言ってるんですかー!そんなことないですよ!」


慶士:「言い切れんのかー?なあ桃太郎?」


桃太郎:「……。」


慶士:「お、おいマジか!?(笑)」


昴:「桃太郎さん、それは無いですよね〜?」


桃太郎:「…..。」


昴:「もー慶士さん!やめてくださいよー!」

「あはははは!!」

笑い声が弾ける。

その夜、久しぶりに守護者の宿舎に“人間の笑い声”が戻っていた。



浴場 ― 澪と紗織


その頃澪達は…

湯気の立ちこめる静かな浴場。

白いタイルに反射する灯りが、二人の肌を淡く照らす。

澪と紗織が湯船に肩まで浸かり、しばし無言。

湯が小さく波打つ音だけが響いていた。



紗織:「ねぇ、澪……」

澪:「ん?」

紗織:「さっきの、桃太郎って人……なんか、危ういくらいカッコよくない?」

(目を細めて、にやりと笑う)


澪:「……危うい?」

紗織:「うん、あの目。どこにも居ない人みたいな目してた。

でも気づいたら見惚れてた。……私、本気で落ちたかも。」


澪は黙り込む。

一瞬、桃太郎の横顔が脳裏をよぎる。

――バイクのテールランプの赤、その光に照らされた冷たい横顔。


澪:「……やめときなよ。あの人、簡単に人を見ない。」


紗織:「ふぅん? なにそれ、まるで澪が知ってるみたいな言い方。」

澪:「……知らないよ。ただ、そんな気がしただけ。」


紗織は湯の中で澪の肩を軽くつつく。

紗織:「ねぇ……まさか澪も気になってるとかじゃないでしょうね?」


澪:「ち、違うってば!!」

顔を真っ赤にして湯をはね飛ばす。


紗織:(くすっと笑って)「ふふ……澪のそういうとこ、変わってないね。」


二人は笑いながら湯の中でじゃれ合う。

しかし――

澪の笑顔の奥には、

“何か小さなざわめき”が、確かに残っていた。



夜。

宿舎の廊下には灯りが少なく、空調の音だけが響いている。


バサラが腕を組み、廊下のベンチに腰かけていた。

静かに目を閉じ、何かを感じ取るように呼吸を整えている。


そこへ、足音。

篠塚が現れた。


篠塚:「バサラさん……ちょっと来て頂いて良いかな? 話がある。」


バサラ:「ああ……構わない。」


バサラは立ち上がり、無言で篠塚の後に続いた。

その背中を照らす蛍光灯の明かりが、ゆっくりと遠ざかっていく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る