第34話

ドリーム&ハウスドリームへ行くと、すぐに木津が笑顔で出迎えた。


そうしていつもの応接室に通される。高い買い物をしているので、待遇もそれなりにいい気がしている。


「お父様にプランのこと、訊かれましたか」


今日は珍しく木津がお茶を出し、お菓子も置いた。頂きものだけれど、高級なお菓子だからお客様に出しているのだとか。


くるみはお茶にもお菓子にも手を付けず、頷いた。


「はいプランBがいいそうです。部屋からトイレが近いほうがいいみたいですね」


「なるほど」


そう言ってパソコンを操作する。


「完成予定図はこうなりました」


そう言って見せる。するとそこには、ナチュラルな木目の玄関扉があった。


「ものすごく家にマッチしていますね」


本当に、家にすんなり溶け込んでいる。


「はい。流石都築様です。見る目が違いますね」


珍しく褒めてきた。


「いえ、それほどでも」


「いえ、購入者様の視点というのもとても大事ですので。この道のプロですが、それでも購入者様にはっとさせられることがいくつもあるんです」


「そういうものですか」


「はい。私たちも、色々な経験をさせて頂いております。では、このまま着工に入ってもよろしいでしょうか。それとも改善したい点等ございますか?」


木津ははきはきと、でも柔和な声で喋る。


「完成されたものを見られるわけではないのでなんとも。建てながら、違和感があったり変えてほしかったりしたら変えていただけるのでしょうか」


「はい。大きな枠組みは変えられませんが、小さな事なら。クロスなどは今からでも変えられますし。手すりも減らしたり増やしたりはできます。ただ、窓の位置や、部屋の位置などは着工してしまうと、もう変えられません」


これ以上あれこれ悩んでいても仕方がない。だってここは夢で……本当に夢? 


なんだか夢なのか現実なのか、もうわからなくなってきた。今まで夢だ夢だと思い込んできたけれど、貧乏なほうが夢で、金持ちのほうが本当なのかもしれない。


こちらの世界にいるとそう思えてくる。でも、ならなぜこの世界に両親はいないのだろう。


いないのに両親がいる前提で家を建てようとしている自分もなんか、変。


もともとその違和感に気づいてはいたが、いざ家を建てる段階になって、その感覚がより強くなる。


違和感のある現実。ということはやっぱり夢なのだろう。


毒されないぞ、と自分自身に言い聞かせる。ここは夢、貧乏なほうが現実。映画の主人公のように、区別がつかなくなるようにはなりたくない。だからここは夢。夢ならば、もう進めてしまおう。


「これでお願いできますか」


「かしこまりました。では、最終的な見積もりを出します」


そう言って、電卓を打つ。前に見たものと、ほぼ変わりがない。手すりを二階にもいくつかつけてもらうようにしたのと、玄関扉を変えたから、十万程度多くなっている。まあ、仕方がない。


「はい、大丈夫です」


「腕のいい職人をもう確保してあります。明日から、手を付けようかと思いますが、構いませんか」


「はい、構いません」


「では職人にご挨拶していきますか」


「お願いします」


木津は、電話で何人かの人々と連絡を取っていた。立ち上がると、応接室から出て、ドリーム&ハウスドリームの店舗の前へ待つ。


すると、作業着を着た男性が五人ほどやって来た。


「都築様、この方々が、都築様の家を建ててくれる腕のいい職人です」


五十代くらいの男性がお辞儀をする。寡黙そうな男性で、くるみが自己紹介をしてもなにも言わない。


ただ、大工としての現場監督にあたるそうで、「兼元です」と小さく言った。


あとの三人も三十代から四十代といったと頃だろうか。一人は二十代くらいで若く、よく喋った。


「俺、この仕事初めてまだ日が浅いですけど、一生懸命やらせて頂きますんで」


握手を求められた。くるみが手を差し出すと、がしっと握られる。


太く、ごつごつとした手と指がなんとなく信頼できた。


「事前に説明しておりますが、皆様には明日から奥湯で、家を建てていただきます。こちらの都築様のおうちになります。私が現場の最高責任者となります。本日は顔合わせです」


すると拍手が湧いた。木津ではなく、くるみに向かって拍手をしている。 


「では、都築様からも一言」


え、と思う。なにも言葉を用意していない。慌てて頭をフル回転させ一歩前に出る。


「ご紹介いただきました都築くるみです。あの、バリアフリーの家を建てたく、木津さんにたくさん、たくさんご助力いただきました。いい家になるよう、みんなで力を合わせて頑張って下さいますと幸いです」


お辞儀をする。すると再び拍手が湧いた。


「では顔合わせもすんだことですし、明日から皆様よろしくお願いいたします」


お願い致します、と声が聞こえてみんなそれぞれに去っていった。


「あの、大工さんたち大丈夫だったんですか。こちらに呼んで。みんなお仕事中だったのでは」


すると木津は笑った。


「明日から奥湯の土地に手を付けると決めていたんです。だから、今日一日は休んでもらっています。兼元さんなんかは一昨日まで仕事をされていましたが、その仕事も終わったそうなので」


「そうなんですね。じゃあみんな作業着で来たのは……」


「作業着は彼らにとっての制服です。購入者様と顔合わせをするためのなんと言いますかTPOみたいなものですよ。私が指示しました」


なるほど。木津は良い最高責任者になりそうだ。


「では、明日から私はどうすればいいでしょうか」


くるみは訊ねる。


「私たちにお任せして下さって構いませんが、気になるようでしたら手抜きがないかどうか見にいらして下さい。直接奥湯の現場までいらしていただきますと助かります」


「わかりました」


「完成は三か月後になると思います。それまで、楽しみにしていてください」


「あれ、土地のお清めみたいなのはしないのですか」


「はい、その点も大丈夫です」


細かい疑問は出てくるが、もう色々疲れているので任せてしまおう。


木津は先程の応接室に行くよう促した。応接室に行くと、紙の見積書と、土地の権利書を貰った。


権利書を貰っただけで、あの日の当たる広めの土地が自分のものなのだという実感がわく。それが何より嬉しくなった。三か月後に家が建つのも楽しみだ。


「本日は、これで以上となります」


「完成を楽しみにしております」


「お任せください。あとお菓子、どうぞ食べて下さい」


有名店のお菓子だと聞いたが、現実の世界にはない菓子店だ。ひねり菓子。


食べてみると柔らかく、甘く、舌で溶けた。疲れを感じていないはずの夢の中での体力も、戻ってきたような気がする。


「本当に美味しいですね、これ」


「流石に有名店なだけあると思います」


お菓子の包みを綺麗に畳むと、お辞儀をして、ドリーム&ハウスドリ―ムの店舗をみんなに見送られながら出る。


神崎が隣にいなくなった時と同じような寂しさが湧いた。


これから夢の中で、どう生活していこう。毎日見に行くのも気が引けるし。


朝は株取引をして、日中に父の介護用品でも見に行くか。


両親がいないせいか、家の中に両親のベッドはあっても介護製品は一切ないのだ。


せめて風呂椅子だけでも買っておこう。そう思って夢の中の家に着くと、くるみは布団に入った。もう、目覚めてしまおうと思った。


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