約束の付けは如何ほどか
高安たつひろ
第1話 北の大地
雲ひとつない澄み切った青空に別れを告げて、羽田発JAL519便は、千歳空港に到着した。
機内を出ると乾燥した初夏のさわやかな空気が、神野聡史(かんのさとし)を歓迎するように吹き抜ける。
汗ばんだ肌がみるみる生気を取り戻す。
やはり故郷の空気は、気持ち良いものだ。
大都会の湿度の高い空気とはまるで別物の空気のように感じられる。
鮭が故郷の川に戻ってきたら、こんな風に感じるのだろうかとインディアン水車を思い浮かべながら場違いな発想をするのだった。
北海道の大新聞社、北星新聞との会合にはゆっくり移動してもまだ十分時間があった。
札幌のホテルにチェックインしてシャワーを浴びて、隙のない服装で交渉に付いたほうが良いだろう。
今日は、地味目のラフな軽装のせいか、有名人と自覚しているのにもかかわらず、札幌に向かう列車の車内に落ち着くまで、いや、札幌駅に降り立っても、誰も声を掛けてくるものはいなかった。
たぶんそれは、有名人と認知するよりも先に、目を合わせないようにしたからであろう。
身長180センチの巨漢で、空手の達人、本人が意識していなくても河の中にある巨石の周りを水が流れていくように、人々は彼の防空識別圏内に入らないように避けて通っていたのだった。
考え事をして眉間に皺を寄せた顔貌は、マル暴か暴力団員そのものの雰囲気である。人々が目を合わせまいとするのは当然だった。
接すると本当は優しい彼なのだが、小動物が本能的に危険を避ける事は仕方のないことだった。
神野が、北海道に来たのは新聞の連載小説の契約についての最終打ち合わせのためだった。
本来それは東京でも出来ることだったが、これを機会に義理がたい神野は故郷の何人かの知人に会い挨拶をしたいと思ったからである。
北星新聞には、最近まで同郷の作家笹木禅(ささきゆずる)が『沈黙の校庭』という警察小説を連載していた。
数百冊の出版を誇る神野であったが、故郷の新聞に小説を連載するのは何時になく構想に気合が入るし楽しみでもあった。
ご当地物が良いのか広域ものがよいのかワールドワイドスケールにするのか思案しながら宿泊先のホテルへ向かった。
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