第3話 トネリ村の異常
日が傾いてきて、どの家も作業を切り上げて帰宅しようという中、村に駆け込んできた人影があった。
「ついたー!」
「ふう、なんとか日がある内に着いたな」
カイトに半ば引きずられながら、アーヤはへろへろになりつつも穏やかな農村の空気に目を輝かせていた。
「おし、日が暮れる前に村長に挨拶行くぞ」
「えっ、今から?」
「しばらく滞在したいんだろ? なら挨拶は必要だし、こういう村は宿はないから泊まる場所を紹介して貰わないとな」
「あっ、そっか、ありがと! 村長さん家ってどこだろう?」
「長の家は大体村の中心の大きめの家だ」
そう話しながら、カイトが先導してくれて村長にまず挨拶に向かう。
途中、村の中央にある広場の井戸から黒い靄のようなものが漂っているのをアーヤは感じた。空気がわずかにざらつくような、胸騒ぎを覚えながらも、今は遅れないよう小走りで追いかけた。
村の中央を進んだ先の大きめの家に辿り着いたカイトはノックをしつつ、大きめの声で声をかける。
「すみませーん!」
「はーい」
と奥から女性の声が聞こえ、パタパタとまだ若い女性が出てきてくれた。
「どちらさんですか?」
「オレはカイト冒険者で、こっちが行商人のアーヤ。何日か村に泊まりたいと思ってるから挨拶に来ました」
「まあまあ、ご丁寧に。行商人さんも冒険者さんも歓迎ですよ。
村長のお義父さんに話してもらった方が良いと思うから、上がってくださいな」
女性はどうやら村長の息子の妻のようだった。女性に案内されて居間に行くと壮年の男性と働き盛りの男性がボウガンや剣の手入れをしていた。
「お義父さん、お二人冒険者さんと行商人さんですって。しばらく村に泊まりたいそうですよ」
「ほうほう、これはよう来なすった。お主が冒険者で、お嬢さんが行商人さんかね?
二人が村にいるのは構わんが、扱うものによっては力を貸して欲しい」
「オレは依頼を受けて報告に戻る途中で、彼女と出会って、ついでに護衛している。村にいる間なら討伐とかも引き受けるぜ」
「それはありがたい、ちなみにランクは?」
「Aだ。大抵のもんはオレ一人で狩れるから安心しな」
「これは心強い。あとで息子の方から相談させて欲しい」
そう言うと、ボウガンを手入れしていた男性がにこっと笑いかけてくれた。
やはりカイトのランクAは高いようだ。
続いて村長はアーヤへと視線を向ける。
「お嬢さんが行商人だね」
「はい、主に薬と魔道具を扱っています。魔道具の修理もできるので、困っている事があれば言ってくださいね」
「それはありがたい! 実は村民に何人か病気のものがおるので、薬を処方してもらえるだろうか?」
「は、はい! では、みなさんに会って状態見させてください」
アーヤもできることがあって良かったと内心ホッとしつつ、村の中に流行っている病気調査をしなければと心にメモをとる。そして、なるべく穏やかに続ける。
「私の実家が海の共和国のミスルトゥ商会でして。実家の仕来りで商会とまだ繋がっていない地域の開拓というか、特産品とかその地域にしかない薬草とかを探してるので、何かあれば是非教えてください」
「ほう、あの有名なミスルトゥ商会の……」
「ええ、駆け出しですが必要なものがあれば相談はできます」
実家が大きすぎてある意味プレッシャーになっているアーヤは何を要求されるかドキドキしていた。思案顔をしている村長の様子を待っていると、ようやく言いにくそうに話してくれた。
「お嬢さん、井戸や農作物の状態を調べたりはできるか……?」
「はい、もちろんです! もしかして、水に異常があったりしますか?」
ビクッと目を見開く村長に、アーヤはやっぱり、と眉を下げて話をつづけた。
「実は隣国で水が汚染されている事が何ヶ所かであったんです。
魔物の暴走とか、どうも全部同じものが原因のようで、もし同じ状況であれば改善して浄化できるものを持ってきています。
もちろん追加で浄化薬を作ることも可能です!」
「なんと、そんな事が起きているのか。
お嬢さん頼む、村の中央の井戸は生命線なんだが、さっき話した病気になったものの何人かは井戸の水を飲んで倒れたんだ。子供も一人、倒れている」
辛そうに話す村長にアーヤは弾かれたように立ち上がり、鞄を持ち直す。
「急いで井戸に行きます!
隣国と同じ状況なら、お子さんには急いで薬を飲ませないと!」
「村長悪い、先に行くぞ。アーヤ荷物は俺が持つ、走れ」
カイトは言うが早いか、アーヤの手を掴んで走って行く。あまりの速さにアーヤは転びそうになりながら必死について行く。
大した距離はないはずなのに、井戸に着いた頃にはアーヤは息も絶え絶えになっていた。
「ぜーはー、しんど……」
「アーヤ、どうすればいい?」
「み、みず、……汲んで、調査……」
アーヤが話し終わるのを待たず、カイトはさっさと桶を投げ入れて、井戸の水を汲むとアーヤが小さなコップを差し出した。
カイトが水を入れると、アーヤは鞄から薄いピンク色の薬の入った細い瓶を取り出し、数滴コップに垂らす。
瞬時に水の色が鮮やかな紫へと変わる。
これは状態が良くない、とアーヤの眉間に皺が寄る。解析すると、井戸から溢れている黒いモヤというよりも、ノイズのように視界を蝕むような瘴気がハッキリと見える。
解析の内容は深刻だけど、まだ浄化できるレベルだった。
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井戸の水
瘴気汚染レベル 3
毒素レベル 1
人体への影響あり
不具合タイプ 3
影響元存在が水源にいる
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調薬の準備で、鞄から複数の道具を出して行く。手持ちの浄化薬では足りないので強化が必要だ。
瘴気汚染だけでなく毒素に発展していることから浄化薬と解毒薬、浄化を行う白い魔晶石と定着を行う紫の魔晶石を取り出す。
すり鉢に魔晶石を入れて丁寧に細かく砕いて行き、砂のようになるまですりおろす。出来上がった砂状の魔晶石と浄化薬を小さな鍋に入れ、火にかけて温めていくと、魔晶石が溶けていき淡く光りだす。
全ての魔晶石が溶け切ったのを確認してから、火からおろし粗熱を取ってからミントの香りが特徴的な解毒薬を入れると、無色透明だった薬液が綺麗な水色の薬液になった。
匂い、色、共に問題ない。ダメ押しで解析で確認する。
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浄化解毒薬R3
瘴気汚染レベル3の瘴気を浄化し、毒を分解できる
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これなら井戸の浄化と無害化が間違いなくできる、と確信が持てた。
「できた」
ふう、と息を吐き出してアーヤが顔を上げると、いつのまに大勢に囲まれているのを見て、固まった。
「アーヤ? その薬どうすんだ?
おーい、アーヤ? ……生きてるかー?」
完全に固まったアーヤの前でカイトは手を振るが、微動だにしない。
アーヤの頭の中は完全にパニックになっていて、一ミリも動けなくなっていた。
なにこれ、囲まれてる!? え、なに、私これからタコられるの?
なにが起きているの!?
肩をトントンしてくる手がうっとうしい、と思ったらデコピンされた!
「ぃいったぁ……」
「落ち着いた?」
「ありがと、落ち着いた。……けど、カイト酷いっ!」
「悪い悪い、じゃあ落ち着いたなら、何がどうなってるのか説明して」
全然悪いと思ってないカイトの態度に思うところは山のようにあるけど、確かにやるべきことをやらないとね。
「分かった。村長さん、村のみなさんも落ち着いて聞いてください。
まず、この井戸は『瘴気』と呼ばれるもので汚染されています。
この瘴気、最近色んな地域で発生していて、いろんな国が研究して薬も解毒するポーションも作られているので、安心してください。
瘴気は、ちょっと触れたくらいじゃなんともないんだけど、ずっと触れていると体が弱って、病気になります。この井戸の水の瘴気の汚染度はちょっと酷くて、レベル3。人体に影響が出始める状況。
最初に井戸の水に入れたこの薬液は瘴気に触れると紫になるの。この井戸の水ははっきりと色が出ているからもう対処が必要で、私が持ってきた薬だとレベル2までしか対応できなかったから、レベル3に対応できるように薬の効果を高めるための強化調合をしていました」
アーヤはそこで一息つくと匙で作りたての薬を掬うと、そのままバクッと飲んでしまう。流石に動揺が村民たちに広がるが、アーヤは平然と微笑んで続ける。
「見ての通り、人には無害な薬なので、これを井戸に入れてもいいでしょうか?」
「お嬢さん、それを井戸の水に入れたら、安心して飲めるようになるのかの?」
「はい、5分ほど置いたら大丈夫です。ただし、薬の効果は十日間しかありません。その間に汚染の原因を突き止めたいので、滞在させてください。お願いします!」
「分かった、ワシは構わん。みな、ええな?
冒険者さん、あんたもこの薬師の人についていくんだろう?」
カイトは苦笑しながら村長に頷くが、アーヤは「はて?」と首をかしげている。
「見ての通り、この姉さん、薬の調合始めると周りみえねーんだ。
オレはもちろん一緒に行くし、姉さんが調合している時は、村の中でも気を付けてやって欲しい」
そう言うと村人たちは、温かく笑って受け入れてくれた。それは良いのだけど、解せぬ、とアーヤひとりだけモヤつとしていたが、村長に井戸へ薬をと頼まれて、作り立ての薬の粗熱が取れていることを確認して入れた。
井戸の水は薄っすらと光り続けて、やがて収まった。
再度カイトに水を汲んでもらい、検査用の薬液を垂らしても透明のままだ。
「成功です。もう大丈夫」
とアーヤが言うとカイトがアーヤからコップを奪い取ってグイッと飲んでしまう。
「カイトさん!?」
「うん? 美味い水だぞ?」
「もう、いいけど。ありがと」
その後は村長を始め、みんな安心して飲める水に喜んでいた。
さあ、次は毒素で病気になった人達を治さないと!
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