第20章 囁くもの
赤い雨が降る。
先ほどよりもさらに“小雨”だった。
風はない。
ただ、草原の空気がどこか重たい。
シュンはただ立ち尽くしていた。
さっきまで自分がいた“病室”は、もうどこにもなかった。
「……消したのか。よくできたね」
その声は、すぐ近くから聞こえた。
振り返ると、そこに四角く切り離された“現実のような空間”があった。
どこかのアパート一室のようだ。
その中——壁にもたれかかるようにひとりの男が立っている。
若い。二十歳前後だろうか。
だが顔には年齢以上の“疲れ”が刻まれていた。
目の下に隈。だが瞳だけは、異様に澄んでいる。
「あんた、思い出に負けなかったんだ。すごいよ」
シュンは何も言わなかった。
心がまだ、自分の中に戻ってきていなかった。
シュンは男の空間に近づいていく。
赤い草が水の中のように揺れる音を立てる。
「君は一体…キューブが作り出した幻か?」
男はそれには答えず質問を返した。
「あんた、“思い出の中で“誰かに会ってたろ?」
「……娘だ」
「…そうか」
男は頷いた。
うれしそうでもあり、哀しそうでもある、奇妙な表情。
「ここに来た時、混乱しただろ。俺もそうだったよ。最初は、頭がおかしくなったのかと思った」
「ここは……どこなんだ?」
「さぁな。俺にもわからない。でもひとつ言えるのは……“思ったことが形になる”世界だってこと」
男は指を鳴らした。
するとシャボン玉が現れ、ふわりと浮かんでいった。
「な……」
「すごいだろ? 考えたものが、そのまま現れるんだ。昔の漫画で読んだ“願いの世界”みたいなもんだよ」
男は笑った。
だが、どこかその笑みには空虚さがあった。
「じゃあ……なぜ俺は、あんなものを?」
「それが不思議なんだよ」
男は言った。
「ここは俺にとって、最初からある程度、思い通りに動く世界だった。けど、あとから現れた“他の人間”たちは、なぜか皆“悲しい記憶”ばかりを再現し始めた。誰も、楽しいことは思い出さないんだ」
シュンは目を伏せた。
「キューブが見せているだけだろう。」
「キューブ?そこら中に浮かんでる赤い箱の事?」
ハッとして辺りを見渡す。
来たばかりの時は大雨で気づかなかったが、今はハッキリと見える。
「あれは悲しいことを考えてる人間にしか寄り付かないもんだと思うよ。」
確かにそこら中にキューブが浮かんでいる。
果てしなく広がる赤い草原。
地上で見た赤色空間とは明らかに違う。
そしてこの、語り掛けてくる男が立ってる、色のあるキューブ状の空間。
(この“色のある空間”……
これはもしかして…現実世界と“入れ替わった部分”なのでは……?)
「…キューブは危険だぞ。その色のある空間にいれば平気なのか?」
「ああ…でもここは雨に濡れないし、ベッドがあるからゆっくり寝れるんだよ。」
「そうか。もう少し教えてくれないか?この世界の事を」
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