第15章 残酷な世界

空気が一瞬で凍りつく。


『赤色空間、府中市南部・多摩川沿いで発生』


表示された文字を見て、二人は息を呑んだ。

だが、シュンの視線はその先の“詳細”に釘付けになる。




「……待て。ここ……」




画面の中に浮かぶ地図の赤い点。

その座標を見た瞬間、全身の血の気が引いた。




「……元自宅だ。」




ナルミがバッと振り返る。

「えっ……うそ……そんな……!」




かつてユイとリナと暮らした、あの多摩川沿いのマンション。

思い出のすべてが刻まれた場所。



そこが今、赤く染まりはじめていた。


「クソォ!!!」


怒号とともに、再び地上に向けて全力で駆け出す。



ナルミの呼ぶ声が背後から聞こえたが、耳にはもう届かない。


彼の“記憶そのもの”が汚されていくような感覚。

世界から自分が消されていくような、得体の知れない焦燥。




「もう……やめてくれ」




息を切らしながら地上へと飛び出す。

真上では赤い空が、ゆっくりと回転していた。




タクシーを見つけると、迷わずドアを叩く。


「府中市!多摩川沿いまで急いでくれ!!」

「府中!?遠すぎるだろ!」

「政府の特別許可証だ!!速度制限は免除されてる!急げッ!!」




胸ポケットから身分証を突き出す。

運転手の顔が一瞬で青ざめ、無言でアクセルを踏み込んだ。


車体が急加速する。



サイレンと赤い警告灯が交錯する夜の道路。

非常時に開放された“赤ルート”を駆け抜けながら、

シュンはただ、血のように染まる空を睨みつけていた。




「間に合え……頼むから……」




——自宅周辺は、もう赤の渦に飲まれかけていた。

野次馬の人だかり。

ざわめき、スマホを向ける群衆。



その中心で、かつて家族が暮らしたあの部屋がゆっくりと歪んでいく。




「通してくれ! 消防庁特別対策班だ!!」

制止しようとした警官が、シュンのIDを一目見て道を開ける。




(まだだ……まだ“雨”は降っていない。

広範囲型なら、降り出すまでに時間がある。間に合う——!)




シュンは防護服もつけず、

かつて家族と暮らしたマンションを目指し、再び“赤”へと足を踏み入れた。



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