第8章 赤色空間


赤色空間の消失から、二日が経った。

だが——コウタの意識は、いまだ戻らなかった。




救出されたあの男も同じだ。


ただの昏睡とは、明らかに違う。




彼らは目を開けている。

時折、微笑んだり、何かに頷いたりもする。

声を発することすらある。




だが、その視線はどこにも合わない。

まるで、誰か“別の人間”と会話しているようだった。


脳波は安定しており、身体機能に異常はない。

呼吸も脈拍も正常。

ただ——彼らの意識だけが、この現実から切り離されている。




医師たちは「覚醒状態の夢遊」「幻覚性遷延反応」などと呼んでいたが、

シュンには、もっと別の言葉がしっくりきた。




——“まだ、あの世界にいる”。




赤い空間は、あれからさらに五か所で発生した。


正式名称は「赤色空間」。



報道ではそう呼ばれていた。

だが、現場の人間たちはもっと単純に“赤”と呼ぶ。


ただの現象ではなく、生きている何かのように。




発生地点に脈絡はない。

住宅街の真ん中、駅の構内、公園の噴水。



どれも突然、音もなく現れ、周囲の景色を侵食していく。


大小は様々だが、破壊に成功したのは、今のところシュンのケースだけだった。



唯一、彼が確認した“赤いキューブ”の存在も、

他の現場では目撃されていない。


それどころか、他の赤色空間では内部構造そのものが異なっていた。



家、学校、遊園地——記憶の断片を無秩序に再現したような空間がぐちゃぐちゃに入り混じり、

探索は数分で困難になるという。




「もうキューブの捜索どころじゃない」



そう現場の一人は言った。

5か所の発生源のうち、三名がコウタと同じ症状を発症。




目を開いたまま、現実の誰とも関わらず、

ただ、誰かの名を——繰り返し呼び続けている。

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