第6章 立ち読み
「兄ちゃん。今日は新しい雑誌の発売日だよ」
「あ?ああ…雑誌…。そうか。今日は火曜日か。」
「?どうしたの?ぼーっとして」
「ああ。ごめんごめん。なんだっけ。なんか長い夢を見ていた気がして」
「へー。珍しいね。でも今日は部活も休みだし、立ち読みでもしに行こうよ」
「立ち読み? “今時”そんなことする奴、もういないだろ。」
「?何言ってるの。みんなやってるじゃん」
いつもの——弟との何気ない会話。
それなのに、耳の奥で“懐かしさ”が痛いほど響いた。
(なぜだ。なんでこんなに“懐かしい”——?)
そして——
それとは別に、何かいやな予感がしていた。
このまま書店に向かえば、何かが起こる。
「ソウタ……。もしかしたら、このまま書店に行くのは……危険かもしれない。」
ソウタが首をかしげた。
「何言ってるの。いつもの道だろ? 大丈夫だよ。」
「そ…そうだよな…」
コウタは自分の中にある不安が何なのか、わからないまま納得するしかなかった。
◇
——帰り道。
何気ない、はずの帰り道。
なのに胸の奥が、ひどく痛んだ。
呼吸のたびに、心臓が自分の意志と違うリズムで鳴っている。
田舎の商店街。
建物の背は低く、看板はどこも少し色褪せている。
電信柱が等間隔に並び、どの柱にもスピーカーが括り付けられていた。
夕暮れ前のチャイムが、風に流れている。
その音が、妙に遠く感じた。
(……)
「どうしたんだよ、さっきからキョロキョロして。置いてくぞー?」
ソウタが笑いながら歩を速める。
通学カバンの金具が揺れて、光った。
その光が——眩しすぎて、痛い。
(やめろ。そんなに急ぐな……!)
コウタは足がすくむのを感じながら、周囲を見渡す。
イヤな予感がさらに強くなる。
店のシャッターの錆、駄菓子屋の暖簾、
そして交差点の先、カーブを曲がる白いトラック。
(この光景…おれはこの光景を知っている。)
(そうだ……ここは……過去だ!!)
喉が焼ける。
歩き続けるソウタの前方のトラックが不自然に加速する。
ドライバーが胸に痛みを抑え込むように手で押さえ、うつむいているのが見えた。
「だめだ!!ソウタ!!そのまま進んじゃだめだ!」
声が掠れる。
けれど、その叫びだけは確かに世界に響いた。
「兄ちゃん?」
振り向いた弟の瞳に、夏の光が揺れる。
その一瞬、空気が裂けた。
——コウタは全力で飛び込んだ。
腕を伸ばす。
風を切る。
空間が引きちぎれるように、世界がスローモーションになる。
「ソウタぁぁっ!!」
次の瞬間、
先ほどまでソウタが立っていた場所へ、トラックが突っ込んだ。
ドガァァァンッ!!!
金属とアスファルトが悲鳴を上げ、空気が震えた。
熱風が肌を焼く。
鼓膜が破れそうな衝撃の中で、
コウタは息を詰めたまま、ソウタの身体を抱き締めていた。
「……っ!!」
息が、ある。
鼓動が、ある。
腕の中で、確かにソウタが生きている。
(た、助けられた……! 本当に——!)
ソウタは呆然としたまま、真っ白な顔で兄を見つめていた。
小刻みに震える肩。
その温もりが、あまりにも現実的だった。
「大丈夫だ! もう大丈夫!! 未来は——変わった!!」
コウタは叫びながら、弟を抱きしめた。
息が苦しいほどに。
心臓が軋み、腕が震える。
それでも離したくなかった。
世界のすべてが、この瞬間だけ正しかった。
「未来は、変わったんだ……! 今度こそ……」
声が涙に滲む。
「今度こそ……ソウタと……一緒に大人になれる……!」
赤い夕陽が、二人を包む。
まるで祝福のように——
いや、それが“祝福ではない”ことを、
このときのコウタはまだ知らなかった。
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