第6章 立ち読み

「兄ちゃん。今日は新しい雑誌の発売日だよ」


「あ?ああ…雑誌…。そうか。今日は火曜日か。」


「?どうしたの?ぼーっとして」


「ああ。ごめんごめん。なんだっけ。なんか長い夢を見ていた気がして」


「へー。珍しいね。でも今日は部活も休みだし、立ち読みでもしに行こうよ」


「立ち読み? “今時”そんなことする奴、もういないだろ。」


「?何言ってるの。みんなやってるじゃん」




いつもの——弟との何気ない会話。


それなのに、耳の奥で“懐かしさ”が痛いほど響いた。




(なぜだ。なんでこんなに“懐かしい”——?)




そして——


それとは別に、何かいやな予感がしていた。




このまま書店に向かえば、何かが起こる。




「ソウタ……。もしかしたら、このまま書店に行くのは……危険かもしれない。」


ソウタが首をかしげた。

「何言ってるの。いつもの道だろ? 大丈夫だよ。」


「そ…そうだよな…」


コウタは自分の中にある不安が何なのか、わからないまま納得するしかなかった。



——帰り道。

何気ない、はずの帰り道。


なのに胸の奥が、ひどく痛んだ。



呼吸のたびに、心臓が自分の意志と違うリズムで鳴っている。


田舎の商店街。



建物の背は低く、看板はどこも少し色褪せている。

電信柱が等間隔に並び、どの柱にもスピーカーが括り付けられていた。



夕暮れ前のチャイムが、風に流れている。

その音が、妙に遠く感じた。




(……)




「どうしたんだよ、さっきからキョロキョロして。置いてくぞー?」

ソウタが笑いながら歩を速める。



通学カバンの金具が揺れて、光った。

その光が——眩しすぎて、痛い。




(やめろ。そんなに急ぐな……!)


コウタは足がすくむのを感じながら、周囲を見渡す。

イヤな予感がさらに強くなる。



店のシャッターの錆、駄菓子屋の暖簾、

そして交差点の先、カーブを曲がる白いトラック。


(この光景…おれはこの光景を知っている。)


(そうだ……ここは……過去だ!!)


喉が焼ける。



歩き続けるソウタの前方のトラックが不自然に加速する。

ドライバーが胸に痛みを抑え込むように手で押さえ、うつむいているのが見えた。


「だめだ!!ソウタ!!そのまま進んじゃだめだ!」


声が掠れる。

けれど、その叫びだけは確かに世界に響いた。


「兄ちゃん?」


振り向いた弟の瞳に、夏の光が揺れる。

その一瞬、空気が裂けた。




——コウタは全力で飛び込んだ。




腕を伸ばす。

風を切る。

空間が引きちぎれるように、世界がスローモーションになる。




「ソウタぁぁっ!!」




次の瞬間、

先ほどまでソウタが立っていた場所へ、トラックが突っ込んだ。




ドガァァァンッ!!!




金属とアスファルトが悲鳴を上げ、空気が震えた。

熱風が肌を焼く。



鼓膜が破れそうな衝撃の中で、

コウタは息を詰めたまま、ソウタの身体を抱き締めていた。


「……っ!!」


息が、ある。

鼓動が、ある。

腕の中で、確かにソウタが生きている。




(た、助けられた……! 本当に——!)




ソウタは呆然としたまま、真っ白な顔で兄を見つめていた。

小刻みに震える肩。

その温もりが、あまりにも現実的だった。


「大丈夫だ! もう大丈夫!! 未来は——変わった!!」




コウタは叫びながら、弟を抱きしめた。

息が苦しいほどに。

心臓が軋み、腕が震える。

それでも離したくなかった。




世界のすべてが、この瞬間だけ正しかった。




「未来は、変わったんだ……! 今度こそ……」


声が涙に滲む。

「今度こそ……ソウタと……一緒に大人になれる……!」




赤い夕陽が、二人を包む。

まるで祝福のように——

いや、それが“祝福ではない”ことを、

このときのコウタはまだ知らなかった。





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