第9話:3人で初めての「家族」
金曜の放課後、16:20。 空は薄紫に染まり、駅前のイルミネーションがチカチカと点滅し始める。 私は、大きなリュックを背負い、二人を待っていた。 リュックの中には、着替えと歯ブラシ、優花からもらった栞、美咲からもらった星のピアス。 ――全部、三人で選んだもの。 ホームのベンチに腰掛け、スマホで時刻を確認する。 16:23。 まだ、時間がある。 でも、心臓は早鐘のように鳴っていた。 ――初めての、三人旅行。 学校では「美術部のスケッチ合宿」と偽ってある。 実際、スケッチブックも持ってきた。 でも、本当の目的は、もっと大切なことだった。
「あかりー! 待たせたー!」 美咲が、ジャージの上にパーカーを羽織って駆けてくる。 リュックはスポーツバッグで、肩にバスケットボールを抱えている。 「バスケ部、急遽練習試合入っちゃってさ。でも、ちゃんと抜けてきた!」 息を切らしながら、私の隣に立つ。 汗の匂いと、シャンプーの香りが混じる。 「水着、ちゃんと持ってきたよ! ビキニ! ――あかりに見せたいんだもん」 頰が少し赤い。 ――照れてる?
優花は、少し遅れて現れる。 紺のダッフルコートに、白いマフラー。 手には小さなキャリーバッグと、手作りのクッキーの缶。 「あかりさん、美咲さん……お待たせしました。 叔母のペンション、今日からお世話になります」 眼鏡の奥の瞳は、期待と不安で揺れている。 「クッキー、作りました。 ――あかりさんの好きな、チョコチップと、くるみ」 缶を差し出して、微笑む。 ――優花らしい。
三人で、改札へ。 美咲が私の右手を、優花が左手を、ぎゅっと握る。 ――初めての、三人旅行。 改札を通るとき、美咲が私の耳元で囁いた。 「ねえ、あかり。 ――ドキドキしてる?」 優花も、小声で、 「あかりさん……私も、です」 私は、二人を見て、笑った。 「うん。 ――でも、嬉しい」
電車の中。 私は真ん中、美咲が窓際、優花が通路側。 美咲が、スマホで撮った写真を見せる。 「見て! 体育祭のときの三人ショット!」 画面には、リレーでゴールした直後の私たち。 汗だくで、ハイタッチしている。 優花が、小さなノートを取り出す。 「旅のしおり、作りました。 ――朝食メニュー、散歩コース、夜の星空観察……」 ページをめくる。 手書きのイラスト付き。 ――優花の字、丁寧だ。 私は、笑う。 「二人とも、ありがとう」 窓の外、街が遠ざかる。 ――これから、海へ。
駅からバスで40分。 海沿いの小さな町。 紅葉の山と、青い海が交差する。 バスが停まると、潮の香りが窓から流れ込む。 ペンションは、白い壁に青い屋根。 玄関には、貝殻の風鈴が揺れていた。 優花の叔母・真由美さんが、笑顔で出迎える。 「優花ちゃん、久しぶり! ――で、こっちが噂のあかりちゃんと美咲ちゃん? まあ、可愛い! 三人で、ゆっくりしてってね」 真由美さんは、優花に似た優しい目元。 「部屋、3階の角部屋にしたよ。 ――海が見えるから、夜はロマンチックだよ」 三人で顔を見合わせて、頷く。
部屋は、3階の角部屋。 大きなベッドが二つ。 ――どう寝る? 美咲が、リュックを放り投げて、 「私、真ん中! あかりを挟んで、優花と左右!」 ベッドに飛び乗り、仰向けになる。 優花が、頰を赤くして、 「……私、端でも、いいです」 キャリーバッグを隅に置く。 私は、二人を見て、 「順番に、真ん中交代しよう。 ――三人で、公平に」 荷物を解きながら、笑う。 ――これが、私たちのルール。
夕食は、真由美さんの手料理。 地元の魚の煮付け、秋野菜の天ぷら、炊き立てのご飯。 三人で、テーブルを囲む。 美咲が、 「うまい! 優花の叔母さん、料理上手!」 箸を動かす手が止まらない。 優花が、 「叔母、昔、料理教室やってたんです」 少し誇らしげ。 私は、煮付けを一口。 ――出汁が効いてる。 美咲が、私の皿に天ぷらを乗せる。 「ほら、あかり。かぼちゃ!」 優花が、すぐに、 「あ、私も……」 ご飯をお代わりしてくれる。
食後、テラスで星空観察。 美咲が、双眼鏡を覗き、 「ほら、あかり! オリオン座!」 優花が、星座早見盤を広げ、 「――あれは、ペガスス座です」 私は、二人の間に座り、 「綺麗……」 海の音が、遠くで響く。 ――三人で、夜空を見上げる。
部屋の電気を消す。 ベッドは、美咲・私・優花の順。 暗闇の中、美咲が、私の耳元で囁く。 「ねえ、あかり…… 優花、寝た?」 優花が、小さな声で、 「……起きてます」 美咲が、くすっと笑って、 「じゃあ、三人で、話そう」 ――三人で、ルール作り。
美咲が、 「まず、嫉妬したら、すぐ言う。 黙ってると、爆発するから」 優花が、 「私、口下手だから…… でも、ノートに書く。 ――あかりさんに、読んでもらう」 私が、 「私は、二人を平等に愛する。 ――でも、甘えたいときは、甘える」 美咲が、私の右手を握る。 「私、甘えん坊だから、たくさん甘える」 優花が、私の左手を握る。 「私も……甘えたいです」 三人で、手を重ねる。 ――温かい。
次の朝。 三人で、モーニングコール。 美咲が、私の頰にキス。 優花が、私の額にキス。 ――朝の挨拶。 朝食後、海辺散歩。 波打ち際で、美咲が、私の手を引いて走る。 「冷たい! でも、気持ちいい!」 優花が、後ろから、 「あかりさん、転ばないで……」 紅葉の山へ。 三人で、落ち葉を拾う。 美咲が、大きな銀杏の葉を、私の髪に飾る。 「似合う!」 優花が、小さな紅葉を、私の手に乗せる。 「――記念に」 昼食は、ペンションのテラスでピクニック。 優花の手作りサンドイッチ、美咲の唐揚げ、私の卵焼き。 ――三人で、シェア。
ペンションに、貸切露天風呂。 三人で、湯船に浸かる。 ――初めての、裸の付き合い。 美咲が、私の背中に寄り添い、 「あかりの背中、綺麗……」 優花が、私の前に座り、 「あかりさんの手、細い……」 私は、二人の手を握る。 「――二人とも、大好き」 湯気の中で、三人でキス。 美咲が、私の唇に。 優花が、私の頰に。 ――三人で、初めての。
日曜の昼。 帰りの電車。 三人で、並んで座る。 美咲が、私の肩に頭を預ける。 優花が、私の膝に頭を預ける。 ――眠い。 美咲が、 「また、行こう。 ――三人で」 優花が、 「次は、冬。 雪見温泉……」 私が、 「うん。 ――三人で、ずっと」 家に帰って、ベッドに倒れ込む。 スマホを開く。 三人で、グループLINE。 『また、行こう』 『次は、スキー!』 『――雪だるま、三人で作ろう』 私は、笑って、返信する。 『約束。 ――大好き』 外の銀杏並木が、風に揺れる。 ――三人で、家族になった。
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