第8話:鏡
オーキッド国から再び大空に浮かび上がった巨大飛行船リスティス号は、次の目的地を目指してゆっくりと飛行していた。
毎日乾いた強い風が吹き、何だか空気が埃っぽいなとガートルードは感じていた。
そのせいかどうか、ヴィクトル伯爵が熱を出して寝込んでしまった。
大した事は無かったが、伯爵が妙な我が儘を言って看病をするガートルードを困らせた。
「頭がぼんやりして、髪の毛がうっとおしい。全部切って坊主にしてくれ」
「駄目です」
「別にいいだろう。私の髪だ」
「だ、め、で、す!」
ヴィクトル伯爵はぶつぶつ文句を言っていたが、やがて薬が効いて眠ってしまった。ガートルードはやれやれと溜息をついた。まあこの調子なら、すぐに元気になるだろう。
しばらくして、ガートルードは食堂に伯爵の額を冷やす為の水を取りに行った。ついでにテーブルの上に置かれたチョコ菓子を齧って息抜きをしていると、調理室からサプライズが姿を見せた。
「伯爵の具合はどうだ?」
いつものように前置き無しで無表情だが、心配はしているようだ。
「熱はほとんど下がりました。明日には回復されると思います」
サプライズは少し考えるような顔を見せた。
「わかった。食事にはミルクのスープを用意しておく」
ガートルードの返事を待たずに、サプライズは姿を消した。いつもの事だが、しかし不思議な料理人だとガートルードは考えた。
翌日、熱の下がったヴィクトル伯爵はガートルードに髪を洗わせ、展望室で乾かしつつ青空を眺めていた。伯爵の頭部は黒髪の優美な巻き毛に覆われていて、ガートルードは内心誇りに思っていた。切り落として坊主にするなどとんでもない……!
「やれやれ、やっとさっぱりした」
ヴィクトル伯爵は気持ち良さげに欠伸をした。
「体調が悪くなっても、飛行船で飛んでいれば、気楽にのんびり休むことが出来るから有難い」
ガートルードは香りの良い髪油を丁寧に擦り込みながら、小声でぼやいた。
「私はお医者様をすぐに呼べないので、心配なのですが……」
その時、展望室の窓の外で何やらチカ! チカ! と光が点滅しているのに気が付いた。何だろう? と思った時ヴィクトル伯爵が弾んだ声を上げた。
「ほお、空中管制隊の光信号だ」
「空中管制隊、ですか?」
「そうだ。大空には、飛行船以外にも色々な物が浮かんだり漂ったりしている。空中管制隊は、飛行船などが浮遊物に不用意に接近したりしないように、ああやって鏡の反射を使った光信号で、事前に注意すべき情報を教えてくれる」
ヴィクトル伯爵はしばらく光を見つめた。
「浮遊大陸が接近しているのか。それは是非近くまで行って見物しないと。ガートルード、操舵室を呼び出してくれ」
あの光の点滅の意味が読み取れるのか、と感心しつつガートルードはスイッチを入れたマイクを、伯爵の口元に差し出した。
「操舵室。あの光信号が見えたな? 浮遊大陸を見物したい。なるべく近くに寄ってくれ」
やがて、リスティス号の近くをゆっくりと通り過ぎる空中管制隊の小型飛行船が見えた。気嚢の部分は、派手な赤色と黄色に塗装され、ゴンドラはピカピカ光る板で出来ている。遠くからでも、空中管制隊だとわかるようにだろうか。
小型飛行船が見えなくなり、それからしばらくして浮遊大陸が遠くに見えてきた。初めて見るガートルードには巨大なキノコのように感じられたが、ヴィクトル伯爵は大喜びだった。
「浮遊大陸の大きさは様々だが、最大級の浮遊大陸は驚嘆すべき大きさらしい。ぜひ出会ってみたいものだ」
「そんなに大きくても、どこにあるかはわからないものなのですか?」
「常にかなりの速度で空を漂っている上に、高度の変化が激しくて空中管制隊でも追跡は難しいらしい」
ヴィクトル伯爵は、いつもの夢見るような口調で呟いた。
「大昔、天に浮かぶ世界の一部が壊れて、浮遊大陸として大空に散らばったという伝説がある。もしかしたら、その一つに黄金カボチャが存在しているかもしれないな」
巨大飛行船リスティス号は、大空に浮かぶ浮遊大陸を見下ろすしながら、ゆっくりと飛行する。
浮遊大陸は岩の塊のようで草木も何も生えていないが、それはとても神秘的な光景だった。
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