ヒガン────。
グリルチキ
第1章
第1話:──彼岸に咲く──
「私達は、選ばれし者じゃなくて──選ばれてしまった者」
この世界は、神や祝福を信じて才能や長けたものを崇拝する。
しかし、未知すぎる力を皆恐れ、排除の対象にするのだ。
まず言おう。ギフトとは、神から貰った超能力でも祝福でもない。
彼らの背負う"理不尽な現実"その物だ。
それが、毒になるか薬になるか────
:
春雨は過ぎ去り、草や葉に残る雫が、ぽたぽたと地面に落ちる。滲むように大地へ帰っていく姿を、一人の少女は黙って見つめていた。
濡れた縁側に腰を下ろし、静かで穏やかな時間を楽しんでいる。
目を閉じれば――
鳥たちの囀り、風の息、子供達が水溜まりではしゃぐ笑い声。
研ぎ澄まされた五感が春の訪れを一つ一つ教えてくれる。
「春は、あけぼの、やうやう白くなりゆく山ぎは――」
幼さが残る声。
けれども芯のある、柔らかな響き。
黒髪を揺らし、
中庭を楽しそうに眺める少女――桜さくら。
それが、この物語の核心にいる少女だった。
:
騒がしい足音が古びた屋敷に響く。
木の柱は古く軋み、風が吹けば部屋全体がギシギシと音を鳴らす。
まるで生きてるように――この屋敷は呼吸をしている。
桜の元へ忙しなく駆けつけるのは、栗色の髪をヒラヒラと靡かせて流した前髪から可愛らしい額が覗く。
名前は
「桜さん!見つけた!」
大きな声、静けさと無縁な彼女の存在はひと時の休息を楽しむ桜の目を向けた。
「凛。ココは由緒正しきヒガンの本拠地ですよ。もっと慎ましくいなさい。」
叱る時ですら美しい佇まいを崩さず、感情の起伏を感じさせぬ声。
彼女こそヒガンの時期当主と言われるに相応しい。
「そうだけど!そうなんだけど!でも会議の時間過ぎてる!」
両手を大きく動かし、時計の針を指さす。
全て完璧にみえる桜だが、少し抜けてる部分もある可愛らしい少女なのだ。
「あら、私とした事が――子鳥の囀りが気持ちよくてつい。」
目を逸らし口元に手を当てる姿はとてもお茶目である。
凛は全く、とため息混じりに桜の手を引いて会議が行われる部屋へと桜を導いた。
:
「遅くなりました!」
「ごめんなさい。遅くなったわ」
相変わらず落ち着きのない凛。
自分が暇を楽しんでいた事で進まなかった会議なのに反省の色のない桜。
「遅いぞ、会議は情報共有の場。桜お前は時期当主だろ?少しは責任感をな――」
「お説教はそこまで!とりあえず始めようぜ藍?」
イライラを隠せずに腕を組む青年。くせっ毛の目立つ赤髪を纏め、薄く白いシャツの上にブレザーを着込んでいる。着崩しを許さぬ秩序の塊――彼が
金髪を耳にかけて、前髪をアメピンで止め、指定の戦闘服を着崩しオシャレを楽しむ彼は
二人は若くしてヒガンのトップを牛耳っている。
と言っても――その中に高校生の桜と中学生の凛もいる為、年長者と言っても過言では無い。
「はぁ――じゃあ、始めようか」
藍の一声で空気は一気に緊迫する。
皆戦場で生きる者の瞳に変わるのだ。
:
ヒガンとは?それは
彼等はただ自分達の住む世界を守りたい、この世界に存在していたい。その気持ちの結晶がこの組織を作り上げてきた。
ギフトとは――100年前に起きた核戦争の末に授かった能力である。
100年前、大きな核戦争が起きた。人々は焼きただれ、貧困に喘ぎ、疫病に苦しんだ。
今でこそ普通に暮らせる世界が再構築されたものの――その副産物として"ギフト"を持つ子がまれに生まれてしまう。
この力は皆が憧れ手を伸ばしても届かない神が送った"ギフト"と呼ばれている。
だが現状は違う。優れた者を持てば卑下され妬まれる。目立てば狙われ、最悪命すらも売り買いされてしまうのだ。
そんな現状を切り抜ける為にヒガンが居る。
選ばれたからこそ救う。選ばれたこそ守る。
それがヒガンなのだ。
:
「最近、ギフト狩りが横行してる。反社の動きも大胆になりつつある。みんな用心しろ」
藍の広げた書類と死体の写真。生々しくどれも悲惨な最後を告げている。
凛は薄目でその資料と写真を見る姿はまだ普通の感覚があるのだろう。
暁は面白くないと言わんばかりに写真を拾い、一目見たあと机へ散らす。
桜は制作された資料を眺めて考えていた――
(犯行時刻、死に方、死に場所――何処か似たり寄ったりね)
必ずと言っていいほど繁華街の裏路地、首を掻っ切られ頭だけ失踪した状態の死体。
皆が皆――同じ組織とは言わないだろう、だがこの事件を裏で牛耳ってるのは同じ人物だろう。
「はぁ、俺らの仕事ってまちまちすぎん?政府とかお国のお偉いさんと戦うもんだと思ってたよ」
ぱんぱんと銃を模した手を皆に向けて遊び出す暁。
「敵は沢山いる。ヒガン自体は慈善団体に近い。小さい仕事も大きい仕事もする事で各企業と提携をできているんだ。――仕事は積み重ねだ。暁。」
藍は何処か遊びの延長で居る暁を叱咤する。
ヒガンの始まりも最初は小さい依頼の集まりだった。
それが項を生して今の大きい組織へと変貌した。
たかが数十年でここまでの成果を成したのはきっと――現当主。桜の祖父のお陰だろう。
「お爺様も言ってたわ。最初頃は子猫探しの毎日だったって」
桜は冗談めいた口調で暁を見る。だけどその瞳は鋭く暁への態度を指摘するように感じれる。
その、油断が命取りだと。
:
「そう言えば、新しい子が入って来るみたいなの。貴方たち一応ヒガンの顔なんだから挨拶と能力の説明くらいはしておきなさい。」
3人とも顔を見合せ、目を点にする。
この場に及んでもマイペースな桜に一同の大きなため息が屋敷を包んだ。
:
「は、はじめまして――」
年齢は20歳前後。世話焼きジジイで名高い桜の祖父――
彼はとても人情に厚い。それの由縁でヒガンが大きくなったのだろう。だが――教育係を担うのは桜含めた三人。凛、藍、暁なのだ。
皆、忙しい日々を送る中での新人教育は正直負担だろう。
「よっ!初めまして、俺は暁。で、そこの小さいの2人が桜と凛。」
「よろしく!」
凛と暁は持ち前の明るさで新人へと挨拶をする。
桜はただ目線を向ける新人へ優しく微笑み、藍はピリピリした様子で腕を組んでいるだけだった。
「あのピリピリしたデカイのが藍。何時も怒ってんだ、気にすんなよ。」
「暁。その説明は語弊を産む。」
相変わらず呑気な暁へ藍は軽い癇癪を起こす。
暁も暁で藍への挑発を止めず、軽い小競り合いが始まってしまった。
「ハイハイ、ストップ!とりあえず一旦軽い私たちの能力と役割説明するね!」
この場を仕切り出したのは最年少の凛。
意外としっかり者の凛は年長者の喧嘩を止めて新人への説明を始めた。
「私のギフトは目!目がいいの!遠ーい地の果てまで見える目を持ってる!人の顔を認識するのも得意なの!色々な人が居ても少し目を配れば大体の顔は把握できるし、狙った獲物を仕留めるのも得意よ!役割は狙撃と情報偵察!そして――」
藍との小競り合いを終えて少し気まずそうな顔をする暁へ指を指す。
「このチャラチャラしてる男のギフトが耳の良さ、人の足音を聞き分けれるし感情も読み取れる。敵が近付いてきた時に便利ね、基本的に私と一緒。情報偵察と敵の制圧。でこの人が――」
未だに不機嫌な様子の藍へと手を向ける。それに気がついた藍はムスッとした顔で目線を逸らす。
「この人のギフトは周波。」
「しゅう……は?」
新人は意味がわからないと首を傾げ、復唱する。
「なんか分からないんだけど、見えるんだって何かが!」
凛のトンチキな解説に皆が凍りつく。
藍の不機嫌度は底を超えてメラメラと見えるはずのない紫色のオーラーが皆の視界を制圧する。
「ごほっ……。」
怖がる新人を前に正気を取り戻した藍は仕切り直しと言わんばかりに軽い咳払いをして説明を凛から変わる。
「俺のギフトは他の人には見えない"周波"感知し、人々の考えや感情を読み取る能力だ。一応共鳴能力もある。対象の相手に触れれば俺の見えてる世界を共有することも可能だが――」
分が悪そうに目を伏せる。
共鳴自体は簡単だが共鳴した対象の精神が狂う恐れがある為安易に使えない。
そんな事を口にすればさらに新人は怯えて藍へ近づかなくなるだろう。
それに引け目を感じて口を噤むつぐ藍。
「まぁ、藍の能力は少し理解に苦しむ所はあると思うけどそれを活かして色々な取引や偵察をしてくれてるのよ。彼の役割はヒガンの歯車と言っても過言では無いわ」
見かねた桜が助け舟を出す。新人は多忙なタスクをこなす藍を見直したように目を輝かせて敬意の眼差しを送っていた。
「あんまり新人に期待させるようなこと言うな、桜。」
小っ恥ずかしそうに頬をかく藍を見て小さく微笑む桜。
藍は桜には弱く、先程の重たい空気すらも一掃するほど桜の一言で一喜一憂するのだ。
その姿を見た凛と暁は顔を見合せて、やれやれと肩を上げていた。
「あの、桜さんのギフトはなんなんですか?」
和んだ空気を読み取り受け身だった新人が桜へ質問をする。
「私は――五感が鋭いのよ空間把握能力って言って方がいいかしら?」
新人の頭にはてなマークが浮かぶ。漠然とした説明にきっと誰もが苦しむだろう。
「まぁ、この中でいったらあまり強くないって事よ。」
そそくさと会話を切りあげてしまう桜。
自分の話をしたくないのかこれ以上の説明が難しいからなのか――桜の微笑む顔に何処か恐怖を覚える新人なのだった。
:
けたたましく鳴り響く警告音。
穏やかだった時間が終わり、戦いが幕を開けるための合図。
「桜様……任務が入りました。」
力の籠った声色で桜への任務を報せる団員。
「わかったわ。直ぐに向かいます。」
桜の一声で和んだ空気は一変する。
何時も慌ただしい凛は口を閉じて桜へ目線を向ける。
幼いはずの凛はこの時ばかりは大人顔向けの穏やかでない
暁も同じく何時も凛とふざけ倒す中、凛の肩へ手を置いて殺気立った顔つきに。
漸くようやく表情が緩んだ藍も先程より険しい表情を向けていた。
慌てふためく新人を横目に桜は薄ら笑いを浮かべ、新人へと問いかける。
「さぁ、新人さん。初任務よ。その目に焼き付けなさい。これから始まる戦場を――」
ヒガンとしての任務が、戦いが――幕を開ける。
:
戦慄した現場。皆、息を飲む事すらままならない。
桜達が到着した頃には緊迫した空気が漂っていた。
辺りは騒然。この事件を起こした犯人がただの一般人だったからだ──
幼い子を抱え、チラ見せたサバイバルナイフを人質の首元へ押し付けていた。
ここで下手に動けば"殺される"、一つの動きも許されない。
新人は身をたじろぎ、ただ自体の動かない現場を見つめる事しか出来なかった。
藍は桜へ目配せを送り、周囲の状況を把握する。
彼の瞳が赤く染まる───
冷や汗と汗ばむ手が震えている。何度観ても慣れない。人の生と死の狭間。
赤い瞳はギフトを発動した明石。彼の能力で覗く実行犯の周波は歪み、この世の恨み辛みを奏でていた。
視覚、鼓膜、肌感。全て有象無象の塊。
切りつける様な周波はもう何も残らない彼が最後に全てを、皆を巻き込んで終わりにしようとする表れだろう
「誰も動くな!!!このガキの命が惜しければ、金をよこせ!もうこの際誰でもいい、俺が生きるための金を──」
幼い少女へ当てがった刃がギリギリと音を立てて首元へと押し込まれる。
人間とは思えぬ歪んだ表情。失うものがない人はここまで残酷になれるのか。まだか弱い年齢の少女を人質に、逃げきれなかった終わり、逃げきれても地獄。
どちらに転がってもこの男に月明かりは照らされない。
「寄越せ!!!」
ただ、ギフトを授かっただけの少女を自分の私利私欲の為に巻き込んで命まで奪おうとしている、この世界の大人は狂っている。
自分さえ良ければそれでいいのか?なら、この世界の為に戦う子供達は何なのだろう───
「そんな、金ある訳ないでしょ。現実を見なさい。」
ギリッ、と踏み込んだ足元を強く跳ね除けて男の元へ舞い降りる。
月影に照らされる黒髪は、いつもより艶と美しさが増して見えた。
桜の抜いた刀は男の首元へ突き出す。
「選んで、命を選択するか金を喰らうか」
力強い声と凛とした声色。
彼女は戦場では、少女としての面影は消え失せる。
圧倒的強者。自分じゃ叶うわけもない。
そう悟った男は全てを投げ出して走り出す。
「凛」
その一言で凛の瞳も赤く変化していく。
逃げ出した男を射止めず、それでもギリギリの位置を狙い───発砲する。
夜の裏路地に乾いた銃声が響く。
逃げ惑う男の足元を掠める銃弾。
腰を抜かし、足が縺れる男を暁と藍が2人がかりで抑える。
「はい〜動かないでね」
暁は小型のナイフを実行犯へ向け、藍も無言で銃口をこめかみに押し付ける。
「人質救出!犯人確保!」
一気に緊張感が解け、現場捜索と人質の身体検査が始まる。
今回も死者無し。皆無事に帰れる。だけどこの油断が大敵なのだ。
戦場は帰るまでが戦闘。一時の隙を与えれば────
パァンッ!!
団員の頭を貫く銃弾。鮮血は空を舞う。
生気を失う仲間。全員の瞳孔が揺れ動く。逆立つ皮膚と煩いうるさい耳鳴り。全身が凍りつくような悪寒を感じて反射的に上を向く桜。
「……役立たず。」
フードを深く被り月バックに浮遊する。それは、まるで重力を意図もしない。軽やかな動きだった。
「全員動くな!!動けば撃たれる!」
藍の怒鳴り声が静かな夜を侵食してく。
命の灯火は簡単に消える。気を許す事で敵の掌でゆっくりと潰されていく。
叫ぶ藍へ向けられる銃口。次の獲物を捉え、引き金を下ろす指先は、やけにゆっくりだった。
桜の黒髪が藍の瞳に映り込む。
間一髪で刃を盾に銃弾を防いだ。珍しく表情を崩す彼女も余裕が無いのだろう。
金属同士がぶつかって響く音が今は藍にとって生きてる事を実感させる。
「……防げるの?やばっ」
小さく呟いた声は何処かあどけない。変声期が終わりかけていない少年の声。
その幼さが残酷で人の死をハエや虫を殺す事変わらない温度感に桜は目を凝らした。
「まぁいいやそいつ回収するね。」
拘束の緩んだ実行犯へ目を向ける。少年の後ろからゆっくりと現れた別の得体。
肥満体型の中年男性をいとも容易く持ち上げ、すぐ様退散してしまった。
「また会おうね。ヒガン」
楽しそうな声色で屋根上を速やかに移動し、夜空の下へ消えていくフードの少年。
あたりは静まり返り、コンクリートに滲む血潮だけが今起きた事が現実だと呼び戻した。
腰を抜かし、立ち上がれない凛。仲間の死体弔う様に見つめる暁。自分自身が死の淵に立った実感が湧かず脱力していた。
「救護班を呼んでちょうだい。」
月を見上げ静かに呟く桜の後ろ姿。夜風に靡かれた黒髪は桜の表情隠すように激しく揺らいでいた。
────ヒガンの花が、咲き乱れ始める。
アルファポリスにて続きを連載してます。
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